Shion Kakizaki

代沢のレストラン、Salmon &Troutの中のひと。

Shion Kakizaki

代沢のレストラン、Salmon &Troutの中のひと。

最近の記事

カブトムシ、昆虫採集、プールサール、少年時代

息子が長い夏休み中なので、昼間の業務試飲会に一緒に出掛けることが多い(関係者の皆さん受け入れてくださりいつもありがとうございます)。そんな過日の試飲会で遭遇したワインがこれ。   液体に鼻を近づけると、夏の森の香りがした。菌類によって泡立った樹液の香り。そこにはいつもカブトムシやらクワガタやらカナブンやらスズメガやらスズメバチやらがいて昆虫少年のバラダイス。会場の端で持参した本を読んでいた息子にも嗅がせてみると目をむいて「あ!カブトムシの!」。   個人的にはカブトムシ香はい

    • ナイジェリア、レストラン、原罪、アートフォーム、未来の食

      誤解を恐れずに言えば、僕はすべての飲食業が飲食サービス業や小売業である必要はないと思っている。 ナイジェリア駐在中、かつてない振れ幅のさまざまな食べ物を食べ歩いたことが、僕のうまいもの修業におけるコペルニクス的転回だったわけだが、そこで「美味しくて安全なものはもちろんだが、美味しくなくても、不味くても、時に人体に危険なものであっても、それによって自分が今いる世界をリアルに知覚することができるなら、それは口に入れて味わう価値がある」というアイディアが生まれた。そのアイディアと

      • 風土、有機物、文化圏、分解、酒精、レトロネーザル、モンスーン

        有機物が自然の菌叢によって分解されていく過程で様々な香りが発生する。その中には不快なものもあるけれど、良い香りは人間の食べ物に選択的に利用されている。 選択されなかった香りの中には、自然の中やそれに紐付いた生活の中に広く無意識的に存在するものがある。それは第三者には、ある文化圏に特有の香りとして認知されている。わたしはそれを風土と認識する。生活が清潔になり、世界が相対的に小さくなり均質化していく中で、そういった香りはどんどん希薄になってきた。 奄美に通い始めた頃、ある老篤

        • ペアリングアーカイブ2023年1月

          毎月のコースから個人的に気に入ったペアリングご紹介。   野鯉(在来型)の炭火焼と麦100%味噌、醤油粕、自家製白梅酢、わさび菜の皿に、イタリア・カンパーニャ州のカルトワイン、Ognostroの2007年。   冬の野鯉は、あらゆる魚種の中でもトップクラスに美味しいと思う。野生種特有の絶妙な脂の乗り、ダレない身質、皮の高貴な淡水の香り…。そこに樹齢100年のアリアニコの味わいが合うというセレンディピティ。このワインを造っているのは友人のマルコだ。日本未輸入の素晴らしいアリアニ

        カブトムシ、昆虫採集、プールサール、少年時代

          ミニマリズム、エイヘンバウム、ペアリング、ワラビ、コーヒー、世界認知

          サモトラには、わたしが勝手に「ミニマルな皿」と呼んでいる一群の料理がある。が、それは巷間で言われているような意味ではない。 一般的にミニマルとされる料理は、視覚的要素と思考レベルがミニマルなだけで、そのための技術はマキシマム、食材の質(≒価格)もマキシマムで、味わいについても『美味しさ』がマキシマムである場合が多い。それを面白さ、ファインダイニングらしさ(つまり高付加価値)と称揚する人は多いが、それは表層的なパッケージングの問題にすぎない。 わたしが今話しているミニマルさと

          ミニマリズム、エイヘンバウム、ペアリング、ワラビ、コーヒー、世界認知

          イノベーティヴ、クリエイティヴ、インヴェンティヴ、テクノロジー、新しい認識

          何かの目新しい制作物に指して、それがcreativeであるとかinnovativeであるとか、わりとその言葉を考えずに使うことは多い気がしている。僕は実は言葉を扱う仕事の社会人経験が一番長いので、その言葉の意味するところや、言葉同士の違いにはわりと敏感な方だ。   Creation、Innovation、Problem solvingといった一連の類語の違いについて、そして特に現在の仕事である料理や飲み物の分野におけるそれらの無邪気な濫用については、前から気になってはいた(自

          イノベーティヴ、クリエイティヴ、インヴェンティヴ、テクノロジー、新しい認識

          食べること、不安、恐怖、美味しさ、優先的選択、抵抗

          「食べる」という行為は、「肉体の最も原始的、かつ繊細な感覚を通じて、『世界』に触れること」だと考えています。   人間は自己の内面世界の充実のために、外界を拡げていく生き物です。内側の世界と外側の世界を隔てるもの。それは「未知なるもの」に対する不安と恐怖です。   不安と恐怖を乗り越えて世界(認知)を拡げようとするとき、わたしたちを押してくれる魔法の一つが「おいしさ」だと思うのです。魔法ですから、目には見えません。誰でも使えるわけではありません。誰にでも効果があるわけではあり

          食べること、不安、恐怖、美味しさ、優先的選択、抵抗