ごはんに還りたくなる料理エッセイ その名も『 ごはんに還る 』著:勝見洋一
ぬか漬けが好きだ。
はい、いま、ぬか漬けと聞いた瞬間に、ブラウザバックしようとした、あなた、すこしお待ちになってくださいな。
ぬか床を維持するなんて、むずかしそう、めんどくさい、テマヒマがかかる。
そのように思われたことでしょう。
ぬか床なんて、むずかしいことありまへん。
かんたんなもんですわ。
冷蔵庫にしまえる容器を用意します。
百均のプラスチックの容器でも、ホーロー製の容器、陶器の容器などなど、お好みのものでかまいません。
ぬかを用意します。
新鮮なぬかがのぞましいとよく書かれていますが、手にいれられるぬかを用意しましょう。
なんなら、透明な袋から容器にいれるだけで、ぬか床になる商品も売られています。
わたしもその商品を買いぬか床をつくりました。
楽に作れるなら、楽に作るべきだと思います。
ぬか床はお手入れがたいへん。
よく聞きます。
1日に1回は、底からかき混ぜないとだめ。
そんなことはありません。
冷蔵庫にいれたぬか床は、3~5日ほどはかき混ぜなくても問題ありません。
野菜をいれなければ長期旅行にもたえられるんです、ぬか床は。
ただ、どうしても野菜から水分がでてきてぬか床がベチャベチャとゆるんできます。
そんなときは、水分をなんとかしなければいけません。
塩をぬか床にいれる。
ぬかと塩をぬか床にいれる。
もしくは、水分を容器のそとに排出する。
わたしは、排出したぬか床の水分に味噌をくわえ熱湯をそそぎいれ味噌汁として飲んでいます。
ぬか床をキープするコツとしては、塩をおおめにいれる、これにつきると思います。
すこし塩辛くなりますが、それが好きなんです。塩辛さがいいんです。
あとは、昆布や陳皮、山椒、唐辛子などなどお好みの具材をいれ理想のぬか床の味を探求する旅がはじまります。
ぬか床のお手入れは、和辛子の粉末を1ヶ月に1回、生の梅1年に1回だけぬか床にくわえるだけです。
ぬか床の味わいが弱いとかんじたときは、乾燥昆布と干しシイタケをいれ味を調整します。
江戸煩い(わずらい)という病気が、江戸時代のお江戸ではやりました。
それは、白米ばかりを食べていたひとがかかる病でした。
病の正体は脚気(かっけ)です。
ビタミンBなどが不足することでわずらう病です。
ぬか床につけた野菜を食べたら、脚気がなおったという話もあります。
白米をよく食べる現代人にぬか床はぴったりだとは思いませんか。
思いますよね。
つまり、白いごはんを健康的に、さらに美味しく食べるには、ぬか床につけた野菜が最適なのです。
『 ごはんに還る 』には、ぬか床につけた野菜。
それも、つけてから1週間以上たったようなひねた野菜をつかうレシピが書かれています。
そのレシピを食べているおかげで、わたしは夏バテを知らず、そして、毎晩おいしいお酒のアテを手早く作れるのです。
さらに、元はつけものです。冷蔵庫で1週間ほど保存できます。作り置きにも最適なレシピです。
そのレシピを紹介するまえに、著者の勝見洋一について書かせてもらいます。
いわく、ミシュランの調査員だった。
パリや北京の大学で教鞭をとっていた。
川端康成から万年筆をもらった。
数々の伝説と謎につつまれた人物です。
料理エッセイに書かれている料理は、ヨーロッパの料理から中華料理、さらに実家が古美術商だったので京都の料理にまで精通している人物です。
『 恐ろしい味 』では、小説のようなエッセイのような虚構と現実をたくみに混ぜあわせた文章を愉しめます。
文字からつたわる恐ろしさからか、文章からわきたつ色気からか、おもわずノドがごくりとなる一冊です。
『 匂い立つ美味 』は、臭いは美味い、をつきつけめたエッセイです。
世界中にある臭いといわれている料理を集めています。
トイレに置くのにピッタリなエッセイといえるかもしれません。
文章の行間から、目や鼻の粘膜にツーンとくる匂いがたちのぼってきます。
けれども、文章を読んでいるうちに匂いは、美味に変化するのです。
匂いに適当するのは、老化なのか、はたまた舌がアダルトになった結果なのか、それは永遠の謎です。
臭い料理を食べるまえに、読んでもらいたい一冊です。
臭いが美味にかわる魔術をかけられます。
そんな世界を食べに食べ、美味について美辞麗句、すばらしい形容にあふれた勝見洋一が書いた『 ごはんに還る 』は、素朴な文章なのです。
開高健や丸谷才一に匹敵するほど料理について書ける勝見洋一が、『 ごはんに還る 』だけは、ごはんとごはんのお供、みそ汁について単純な文章にて書きつらねています。
バターと醤油、梅干、塩鮭、ぽつぽつと料理名を配置しているだけです。
日本人の舌に、鼻に、心にきざまれた味覚をよみがえらせるために、技巧をこらさずに、あえて形容詞をけずった、そのように思えるのです。
世界を食べてつくした男が書いた『 ごはんに還る 』をよみ、おてがるに作ることができ、ごはんを食べるのが楽しくなり、食生活にかかせなくなった三品をご紹介させてもらいます。
三品中、二品は、ぬか床の古漬けをつかいます。ぬか床の作り方はバッチリでしょう、バッチリですよね。
まず一品目は、古漬けのきゅうりをうすく切ります。
そして、きゅうりの水分を手や布にいれしぼります。
ぬか床をベチャベチャにするきゅうりです。また、こんなに水分がのこっているのかとビックリさせられます。
あとは、すりおろしたしょうがの汁と混ぜるだけです。
貧乏性のわたしは、しょうがの果肉もきゅうりと混ぜあわせています。
チューブのしょうがを使ってもらってもかまいません。
古漬けのきゅうりのひなびた風味と、鮮烈ともいえるしょうがの香りの衝突。
若いきゅうりだと、しょうがの香りが爽やかになりすぎるんです。
ひなびてふところの深い古漬けのきゅうりと、やんちゃな坊主ともいえる元気なしょうがの香りと辛さを混ぜあわせることで味わい深く、それでいて爽やかな一品になるのです。
豆腐にのせると、しょうがの辛味、きゅうりの食感、熟成された澄んだ塩分が淡泊な豆腐にしみいりいい塩梅です。
冷たい辛口の日本酒とね、いっしょに口にふくんでね、ほてった胸元に団扇で風をおくる日本の夏。
きゅうりとしょうが、豆腐を白いごはんにブっかけます。
温かくても、冷たくてもどちらのごはんでもよいです。
にぼしなどの濃い出汁をかけると即席冷汁にもなります。
きゅうりの酸味としょうがの辛味、豆腐の淡泊、さらさらと口中にはいりこみます。
つぎに紹介するのは、たくあんのおかか和え。
たくあんじゃないだろ、という声がきこえました。
そのとおりでございます。ただ、もうね、いまね、真っ当につくられたたくあんを手にいれるのは大変なんです、ほんとうに。
乾燥させた大根をぬか床に長くつけておくと、まるで真っ当につくられたたくあんのような味わいになるのです。
たくあんという漬物をかんがえてみましょう。たくあんは、大根とぬかで造られています。
つまり、乾燥させた大根でつくった大根のぬか漬けは、かぎりなくたくあんにちかいのです。
作り方は、ぬか漬けのだいこんを食べやすい大きさにきり、おかかと炒りごま、七味唐辛子と混ぜあわせるだけです。
そして、お好みでおろし生姜と醤油をくわえます。
たくあんを越えた、たくあんといいたくなる味わいです。
牧歌的なひなたのにほいと、おかかと炒りごまの陽気な香りが混ざりあい、しょうがの辛味がピッときいている、ごはんだけでなく、お酒までもがすすみます。
いや、お酒がすすみすぎるともいえます。
火をつかわないので、暑い日でもサッと作れる乙な一品です。
おむすびにしてもよい、と書かれています。
まちがいありません。
やわい白米のなかに、ガリッと音が反響する旨味がしこまれています。
お茶よりも、日本酒がほしくなるほどに味わいが深いです。
チャーハンの具にもよいです。
だいこんに火をとおすと、すこし酸っぱい風味になります。
こうばしくなったおかかとゴマの風味がチャーハンの味わいを深くしています。
三品目は、海苔の佃煮です。
ぬか床をつかわずに、ご家庭にある海苔と醤油、日本酒でつくれます。
勝見洋一は、化学調味料が好きです。科学を否定しないグルマンです。
けれども、海苔の佃煮だけは、化学調味料をいれてはいけないと書いています。
そのとおりだとおもいました。
化学調味料をいれると、海苔の黒い旨味がゆるむ、そのように感じるのです。
みりんや砂糖などの甘味もいれないほうがよいと思いました。
醤油は化学調味料をいれていないものをいれましょう。
日本酒もできれば材料は米だけのもの、砂糖などがはいっていないものいれるとよいでしょう。
海苔と醤油、日本酒の割合は書かれていません。
海苔はピンからキリまで売られています。
かたいものから、とけるように柔らかいものまで、お好みの海苔をつかってください。
海苔の佃煮にかんしては、お高い海苔をつかっても後悔しません。
海苔のちぎりかたもお好みで。
醤油と日本酒をくわえます。わたしは、醤油と日本酒はおなじ割合です。
ひたひたになるまでくわえます。
すこし味の濃い佃煮になります。味の濃い佃煮は、白いごはんとの相性が滅法界よいのです。
あとは、焦げないように弱火でトロトロと煮つめるだけです。
焦がしてしまうど、苦くなります。海苔と醤油にかすかにある、バニラのような芳香がかき消えるのです。
ほんのちょびっと焦げたぐらいであれば、うなぎのように香りがよくなりますが、焦げすぎると苦くなりすぎます。
うなぎのかば焼きではありませんが、海苔を煮ているだけでごはんを食べられるほどの日本人をひきつけてやまない強い香りです。
海苔の花粉のような黒い微粒子が飛びまわっています。
海苔の大輪の花が咲きみだれ、黒い香りが飛びまわっています。
そのご飯を温かいごはんにのせると、黒い火の鳥が蘇り、香りの鶴翼をひろげ、海が日本列島をつつむように、黒い海苔の香りが、あなたを包みこむでしょう。
海苔だけでなく、醤油の香りとあわせることで、豪壮にして深淵、気品たかく奥行のある味わいになるのです。
蕎麦との相性もよき。
自家製海苔の佃煮の材料は、海苔と醤油、日本酒です。
冷蔵庫にいれておけば、長いあいだ海苔の香りと風味をたのしめます。
ひまなときに佃煮をつくっておけば、長いあいだ妙味ともいえる海苔の佃煮を愉しめます。
いちど海苔の佃煮をつくり食べてしまえば、市販品の佃煮はとてもとても。
『 ごはんに還る 』で紹介されている三品を紹介させてもらいました。
三品に共通すること、それは保存がきき、すばやく料理をつくれることです。
日本の過去の料理は、パパッとつくれる料理がおおいです。
ごはんを食べるのがたのしくなります。
すべての料理を紹介するには、一生をささげる必要がある、それほど膨大なレシピが書かれています。
すこしでも興味をもたれたかたは『 ごはんに還る 』をよみ、あなたの人生をゆたかにするごはんのお供を見つけてください。
そして、ごはんに還りましょう。