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タイトル:**帰りを待つ足跡**


病院の窓から見える景色は、毎日同じだった。良一(りょういち)は、心臓の病気で長期間の入院生活を送っていた。いつも賑やかだった彼の日常が突然奪われ、病室での孤独な日々が続く中で、良一はだんだんと笑顔を失っていった。


彼の一日の楽しみといえば、窓の外に広がる公園の風景を眺めることだった。特に夕方の時間になると、彼の心は少しだけ弾んだ。というのも、その時間帯になると、公園の入り口近くに一匹の犬が姿を現すのだ。その犬は、毎日同じ場所に立ち、じっと何かを待っているようだった。


「今日も来たね、ハチ。」


良一はその犬を「ハチ」と名付けた。昔話で聞いた、主人を待ち続けた犬の名前から取ったものだ。ハチはいつも夕方の決まった時間に現れ、しばらくその場に立ったあと、静かに去っていく。その姿はどこか寂しげで、何かを探しているようにも見えた。


ある日、良一はハチのことが気になり、看護師に尋ねてみた。「あの犬、毎日ここに来るんですか?」


「ええ、もう半年くらいになりますね。」看護師は答えた。「誰かを待っているように見えますよね。でも、飼い主が迎えに来ることはないみたいです。」


「そうですか…」良一は窓の外のハチを見つめながら考えた。きっとハチは、誰か大切な人を待っているのだろう。彼もまた、病室で家族や友人が訪れてくれるのを待ち続ける日々だった。二人には通じ合うものがあるように感じられた。


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ある日、主治医から驚くべき知らせがあった。「良一さん、今の治療がうまくいけば、少しずつリハビリを始めて、外出も可能になるかもしれませんよ。」


その言葉に良一の心は弾んだ。病院の外に出られるかもしれない。それなら、ハチに会いに行くことができる。そう思うと、治療への意欲が湧いてきた。


それからの良一は、リハビリに一生懸命取り組んだ。歩行訓練や軽い運動を少しずつ続け、体力を取り戻していった。彼の回復は驚くほど順調で、数週間後には車椅子で外に出る許可が下りた。


看護師の手を借りて、良一は公園へと向かった。夕方の空気は冷たく、秋の香りが漂っていた。そして、いつもの場所にはハチの姿があった。良一の姿を見つけたハチは、こちらをじっと見つめたまま動かない。


「ハチ…」


良一は車椅子から手を伸ばし、ハチを呼んだ。ハチはゆっくりと近づいてきて、良一の手の中に頭を預けた。その瞬間、良一の胸に込み上げてくるものがあった。涙が自然と頬を伝い落ちた。


「君、ずっと待っていてくれたんだね…」


ハチの温もりが、良一の心にじんわりと広がっていく。この犬が毎日自分を待ってくれていたと思うと、言葉では言い表せない感情がこみ上げてきた。病気で孤独だった日々に、この犬がどれほど励ましを与えてくれたのだろう。


その日から、良一とハチの交流が始まった。良一は毎日少しずつ外に出て、ハチと過ごす時間を楽しみにするようになった。ハチもまた、良一が公園に来るのを待ち続けていた。二人の絆は日に日に深まっていった。


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ある日、良一はハチのことをもっと知りたいと思い、近所の人々に話を聞くことにした。すると、あるおばあさんがこう教えてくれた。


「あの犬はね、以前ここに住んでいたおじいさんの犬なのよ。そのおじいさんは毎日この公園に来て、ハチと一緒に散歩していたの。でも、おじいさんが突然亡くなってしまってから、ハチはずっとここで待ち続けているの。」


良一はその話を聞いて胸が痛んだ。ハチはずっと、もう戻らない主人を待っていたのだ。しかし、ハチは自分を待ってくれているようにも感じた。ハチは、良一がその孤独から抜け出すきっかけとなってくれたのだ。


その後、良一はハチを自分の家で引き取ることを決めた。病院を退院し、新しい生活を始めるにあたり、ハチは良一にとってかけがえのない存在になっていた。ハチもまた、良一と一緒に暮らすことで、もう一度家族の温もりを感じることができた。


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