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【生き方】老害と言われるのだけはイヤだなと思う
みなさん こんにちは おりばーです。
noteへの投稿も、すっかり定着してきました。
ここ数年、巷では「老害」という言葉が飛び交っています。
今日のテーマは、この老害について書き綴っていこうと思います。
「老害」ってかなり迷惑
まず、老害の定義からです。
老害
読み方:ろうがい
老害とは、おおむね「自己中心的な行動で周囲に迷惑をかけたり不愉快な気持ちにさせたりする老人」といった意味で用いられる、通俗的な、罵りまじりの表現。
「迷惑」「不快」の基準は発話者の主観によるものであり、特に客観的な判断基準があるわけではないが、一般的には、他人を毒づいたり大声で罵倒したり、周囲の人間を顧みない視野狭窄的な行為に及んだりする人が「老害」と呼ばれやすい。
僕は、色々な会社で働いた経験があるのですが、どこの会社でもいるんですよね。 こういう「老害」に陥って幅きかせているオッサン、オバサンって…
以前僕がブログで書いた、「働かないおじさん」に似ているところがあります。
https://oliverssite.com/work/uncle-want-to-work
上記の定義通りの問題行動を繰り返し、周囲や働き盛りの中堅社員や新入社員を困惑させ、生産性をとことんまで崩落させる厄介な存在です。
・自分より下の世代を「なってない」と扱き下ろす
・色々な会議で勝手にしゃしゃり出てきて、的外れなことをいう
・自分の経験や知識や考えが絶対だと思って、耳を傾けない
・意見を言ったり、誤りを指摘すると不機嫌になる
他人に毒づいて、その場の雰囲気に悪影響を及ぼし、士気を下げまくるだけで、大した有益な意見も出さない。
止めろと言っているのにいうことを聞かず、年齢が年齢だけに、それなりの年収を会社からもらっている…
ハッキリ言ってしまうと、こういう言動を繰り返すオッサン、オバサンは、会社の生産性を著しく下げる、犯罪者だとすら僕は思っています。
こういう人たちってら中途半端に役職やマネージャーポジションを与えられていることも多く、発言権と諸々の権限があるので、凶器をもって街中で振り回しているのと何ら変わりません。
「老害」になってしまう人って、どんな人なのか
人間、誰しも年を取っていきます。これはみな平等です
ですが、年を取った時に「老害」になってしまう人、そうはならない人がはっきりと分かれてしまうのは何故なんでしょうか?
僕が思うに、老害になってしまう人は、下記のような状態になっているのではないかと思っています。
①その世界しか知らず、永くそこに居続けてる人
⓶本当は自分に自信が無く、満たされず虚勢を張っている
まず、老害になる人ってその世界(会社)しか知らず、そこで永く働きすぎていて、自分の考えや経験が絶対だと思っているんです。
例えば、プロパー入社で、何十年も同じ仕事をしてきた人ですね。
もちろん、そこでの長年の経験というのは大事だし、賞賛されるべきもの。すべてのプロパー社員の方が老害になるわけじゃない。
ですが、その会社での経験が長すぎて、やり方が絶対だと思ってる(逆に他を知らないから)人の割合が多いと感じます。
世の中が目まぐるしいスピードで変わっていく中、同じやり方や考えが普遍的にいつでも通用するわけがないんですよね。 その時その時で最適解も違いますし。
そして、それなりに年を取って職位が上がってくごとに、段々と間違っても注意する人間もいなくなる。
「オレはこれでやってきたから」とか「下の世代は頼りない」からと、「今」や「新しいこと」から学ぶこともしなくなります。
それから、「老害」になっている人を見ると、ほとんどの人はただ虚勢を張っていたり、ホントは自分に自信がなくて満たされていなかったり…そんな気がするんです。
・人の意見が聞けないのは、自分の経験が絶対だと思いたいから
・人に意見を言われて激高してしまうのは、自分が否定されたと思ってそれに耐えられないから
・エラそうにふるまうのは、その世界でしか自分を誇示できないから
会社の仕事以外、世界をもってないから会社で自分の存在をを誇示するしかない。自分の今までの経験を肯定してほしい。もっと自分を見てほしい…
そういう心の歪や願望が、人を「老害化」させるのかもしれませんね。
逆に、「老害」になりにくい人は、視野が広く、色々な世界を知っている人。
色々な意見や考え方があることが分かっているので、人の意見にも耳を傾けようとします。 そして会社はあくまで自分の世界の一つに過ぎないので、エラそうに振う必要性が無い。
「老害」にならないためには、視野を広く持って世界をいくつも持っておくこと。 今いる会社以外の世界も経験し、いつでも謙虚にどんな人からでも(年代が下の人からでも)学ぼうとする姿勢が大切だと言えそうです。
僕は、転職して色々な会社で働いたことがあり、入社後「一番の下っ端になる」という経験を幾度となくしてきました。
だからこそ言えるのですが、やり方や考え方が会社や組織ごとに色々であり、自分より一回り以上違う年下の人から、色々と教えてもらうことがたくさんあります。
「自分のこれまでの経験や考えは、絶対じゃないんだ」と都度都度思わされますね。
転職をすることの副次効果として、組織に対してフラットな考えになれ、自分の経験を絶対視しなくなるので、謙虚な姿勢でいられるというのがあるかもしれません。
「老害化防止」に一役買ってくれそうです。
どうせなら、「老害」ではなくカッコいい年寄りになりたい
誰しもいつかは年をとり、オッサンやオバサンになります。
そして、やがて爺さん&婆さんになります。
それは僕も例外ではなく、いつかは爺さんになるんです。
その時に『おりばーさんって、完璧老害だよな』って鼻つまみモノにされるのは、ホントに避けたい事態です。
どうせなるなら、老害ではなくカッコいい年寄りになりたい。
僕が二十代のころに、職場にホントに尊敬できる初老の方がいました。
その人は、管理職ではなく一般のごく平凡な社員さん。
いつも穏やかで謙虚で、周りにえらそうにすることなく、わからないことは頭を下げて、若い人からも学ぼうとする人でした。
そして、自分の過去の経験や失敗談は惜しみなく若い世代に伝え、教えてくれました。
でも時折、長年の経験や色々な紆余曲折をくぐり抜けてきた『凄み』みたいのがにじみ出てて、その姿がとてもカッコ良かった。
僕はこの初老の人を『おやっさん』と呼んで慕っていましたが、どうせ年を取るなら、このおやっさんみたいなカッコいい年寄りになりたいと思っています。
結局、「老害」になるかどうかの境目って、こういうカッコいいお手本(ロールモデル)がいて、自分の行いを省みる機会があるかどうかなんだと思います。
良いモデルケースがいて、僕はとても幸運かもしれません。
日々気を付けて、年を重ねていきたいものですね!