ジョーカー怖い!夢と笑いを与えてきた道化師が恐怖の象徴となるまで
こんにちは、芸能事務所トゥインクル・コーポレーション所属のパントマイムアーティスト 織辺真智子です。
ここまで数回、クラウンの特徴や歴史についてお話ししてきました。
長い間人々を楽しませる役割を担ってきたクラウン。その派手な衣装、面白おかしい振る舞い、そして子供たちの笑顔を引き出す能力は、多くの人々に親しまれてきました・・・けども、皆様、クラウンでイメージするものにもう一つ別の側面ございませんか?
「怖い」
「ホラー映画にいるやつ」
「ジョーカー」
そう、なぜか道化師って、笑いだけでなく恐怖を喚起する存在としても認識されていますよね。
この変化は、単なる偶然ではありません。文化、メディア、そして社会心理学的な要因が複雑に絡み合い、道化師を恐怖の象徴へと変貌させていったのです。
パントマイムアーティストであり、道化師のお友達をたくさん持ち、たまにクラウンとしてもお仕事する私としては非常に複雑ですが(笑)道化師が恐怖の対象となった経緯を追いながら、なぜ彼らが人々の心に深い印象を残し続けているのかを探っていきます。
クラウンが恐怖の象徴になった起源
道化師が恐怖の象徴となった起源は、なななんと、19世紀後半にまで遡ります。1874年にカタル・メンデスの小説「La femme de Tabarin」や、1892年にルジェロ・レオンカヴァッロのオペラ「パリアッチ」が発表され、これらの作品では殺人を犯す道化師が登場しました。これらは、道化師を単なる笑いの提供者ではなく、複雑な感情や暗い側面を持つ存在として描いた先駆的な例と言えます。
しかし、道化師が広く恐怖の対象として認識されるようになったのは、20世紀後半になってからです。
1978年に逮捕されたアメリカの連続殺人犯ジョン・ウェイン・ゲイシーの存在が、この認識を決定的なものにしました。ゲイシーは事業家として成功後、「ポゴ」というピエロに扮し子供たちに人気を集めました。一方で、1972年から1978年の間に10代の少年を中心に33人を誘拐・性的暴行・殺害。多くの遺体を自宅床下に埋め、1994年に死刑執行されています。
この衝撃的な事件がアメリカ社会に衝撃を与え「キラー・クラウン(殺人道化師)」の異名がつきました。彼の事件は、道化師の笑顔の裏に潜む恐怖を人々に強く印象付けることとなりました。
そんなことに道化師を使うなんて、とっても迷惑・・・
映画、そして不気味なピエロ事件
ゲイシー事件以降、道化師は映画やテレビドラマの中で恐怖を象徴する存在として頻繁に登場するようになりました。1982年の映画「ポルターガイスト」では、不気味な道化師の人形が登場し、観客に恐怖を与えました。
1986年には、スティーヴン・キングの小説「IT」が発表され、その主要な敵役である「ペニーワイズ」というピエロは、道化師恐怖症(コウロフォビア)を一般に広めるきっかけとなりました。
1989年には、ティム・バートン監督の映画「バットマン」でジャック・ニコルソンが演じたジョーカーが登場しました。滑稽さと狂気を併せ持つその姿はトランプのジョーカーカードを彷彿とさせ、明晰な頭脳と残虐性のあるキャラクターは観客に道化師の恐ろしさを更に印象付けました。これらの作品は、道化師を単なるコメディアンではなく、予測不可能で危険な存在として描き、その影響は現代にまで及んでいます。
また、2016年にはアメリカで「不気味なピエロ」の目撃情報が相次ぎ、社会的パニックを引き起こしました。
サウスカロライナ州から始まり、約12州に広がった現象では、子供を誘惑したり、武器を持つピエロが報告されました。社会的には「ピエロ恐怖症」が広がり、ソーシャルメディアでも話題となりました。警察や学校は安全対策を強化し、FBIも介入する事態に・・・!!
この騒動は、スティーヴン・キングの小説『IT』の影響も指摘され、ハロウィンシーズンと重なったことで、人々に恐怖と興奮をもたらしました。
これらの目撃情報の多くは、映画やテレビの影響を受けたいたずらや誤報であったとされています、、。
ただ、道化師に対する恐怖心を一層強める結果となりました。
映画「ジョーカー」の二面性
2019年に公開された映画「ジョーカー」は、道化師の二面性を極めて深く描いた作品として注目を集めました。主人公アーサー・フレックは、当初は人々を楽しませようとする善良な道化師でしたが、社会の冷酷さや自身の精神的問題により、次第に狂気に陥っていきます。
この作品は、道化師が単なる恐怖の対象ではなく、社会の歪みや人間の内なる闇を映し出す鏡でもあることを示しました。
アーサーの変貌は、観客に恐怖を与えると同時に、彼の苦しみへの共感も呼び起こします。この複雑な感情の交錯こそが、道化師が人々の心に深く刻まれる理由の一つと言えるでしょう。
怖いものみたさ!?ピエロの心理学
ピエロ恐怖症(コウロフォビア)は意外なほど一般的です。サウスウェールズ大学の研究によれば、64カ国の18歳から77歳までの987人を対象とした調査で、半数以上(53.5%)が一定以上の「ピエロ恐怖」を感じ、5%が「非常に怖い」と回答しました。では、なぜこれほど多くの人がピエロを恐れるのでしょうか?
その理由の一つに「不気味の谷」現象があります。これは、人間に似ているがわずかに異なる存在に対して強い不快感を覚える心理を指します。道化師の白塗りの顔や大きく誇張された表情は、まさにこの現象を引き起こす要素となっています。
心理学者のジークムント・フロイトは、この現象に関連する「不気味なもの」という概念を1919年に提唱しました。これは、馴染み深いはずのものが何らかの理由で異質に感じられる現象を指し、抑圧された感情や記憶が再浮上することで生じる複雑な感情だと説明しています。
さらにフロイトは、1926年に「安全な恐怖」理論を展開しました。これは、実際には危険がない状況でも恐怖を感じる心理メカニズムを説明するもので、無意識的な抑圧や過去の経験から生じるとされています。
興味深いことに、人間は恐怖を感じる対象に対して同時に興味や好奇心も抱きます。この「怖いもの見たさ」の心理は、「安全な恐怖」理論と密接に関連しています。道化師は笑いを誘う存在でありながら不気味さも併せ持つため、観客は恐れを感じつつも興味を抱き、結果として刺激や快感、さらにはカタルシスさえ得ることができるのです。
このように、「怖い道化師」は人間の複雑な心理メカニズムを映し出す鏡となっています。フロイトの理論は、この現象を通じて人間の内面的な葛藤や不安を理解する手がかりを提供し、現代社会の文化現象やメディア表現にも大きな影響を与えています。恐怖と魅力が共存する「怖いピエロ」の存在は、私たちの心の奥深くに潜む複雑な感情を浮き彫りにする、興味深い心理学的テーマなのです。
本当の道化師の嘆き
一方で、プロの道化師たちは、自分たちの職業が恐怖の象徴となることに困惑し、嘆きの声を上げています。2014年には、「Clowns of America International」という団体が、メディアでの道化師の否定的な描写に対して抗議しました。彼らは、道化師が本来持つ楽しさや喜びを伝えることの重要性を訴え、恐怖の象徴としてのイメージを払拭しようと努力しています。
多くのプロの道化師たちは、自分たちの仕事が子供たちに笑顔と喜びをもたらすものふであり、決して恐怖を与えるものではないと主張しています。彼らにとって、メディアによって作られた「怖い道化師」のイメージは、長年培ってきた職業の価値を損なうものなのです。
笑いと恐怖の赤い鼻
道化師は、笑いと恐怖という相反する感情を同時に喚起する、極めて複雑な存在へと進化してきました。その起源は19世紀にまで遡り、実際の犯罪事件や映画、テレビなどのメディアを通じて、恐怖の象徴としての地位を確立していきました。
しかし、道化師の魅力は単なる恐怖にあるのではありません。彼らは社会の歪みを映し出す鏡であり、人間の内なる闇や葛藤を体現する存在でもあります。また、「安全な恐怖」を提供することで、人々にカタルシスをもたらす役割も果たしています。
一方で、本物の道化師たちは、自分たちの職業が持つ本来の価値―笑いと喜びをもたらすこと―を主張し続けています。
道化師は現代社会において、恐怖と笑い、不気味さと親しみやすさという相反する要素を併せ持つ、極めて印象深い存在となっているのです。
彼らの存在は、私たちに恐怖と同時に、人間性の複雑さについても深い洞察を与えてくれるのかもしれません。
最後に、不気味なピエロ事件が起きた時のスティーブンキング氏のツイートを貼り付けておきますね。
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