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短編小説ショートショート『飲みたくないコーヒー』

 「そろそろ帰るね!」

二日分の荷物を車に積んだ所で、靴を履くとコタツがある居間に向かって言った。まぁ車で一時間も走ると自宅に帰れる程度の隣町。名残惜しさってもんは無い。

「これ持って帰らんね」

そう言って母が居間の方から出てくると、我が家で育てた米をくれた。

「いつもありがとう。助かる」

最近は米の価格も上がり昔みたいに容易く「米くれろ」と言いずらくなっていたので、快く頂戴した。

 エンジンをかけて車を走らせた。そのまましばらく県道を走ると交差点に差し掛かる。この信号を右折するとそのまま自宅方面となる。

「・・・」

私は、ハンドルを左に切った。

誰かに会いたかった。
そして、話したかったからだ。

何でもない様な日だとこのまま帰ってもよかったけど、正月となれば特別な感情にでもなるのかな?誰かしらと会うような不確かな予感がした。

そしてそのまま、特に飲みたくもなかったコーヒーを買いにコンビニへと寄った。レジで支払いを終えて車へと乗り込んだ。

すると隣に一台の車がタイミングよく乗りつけた。運転席から視線を感じたので目を細めると男性と目が合った。

「タクヤ!久しぶりね。元気にしてた?」

同級生だった。

「元気よ!何処に行きよると?」

「子供が新年早々インフルエンザでさ、今から病院」

「あらー」

他愛のない会話だったけど、会えて話せたのが嬉しかった。

気を良くした私は、次に最近オープンしたというカフェへと足を運んだ。

特に飲みたくはない。

店内に入ると挽きたての豆のいい匂いと、ガラスのショーケースには美味しそうなバスクチーズケーキが出迎えてくれる。成る程、口コミの良さは本当の様だ。

コーヒーを注文した所で、支払いを済ませようとするとカウンター越しに男性が声を掛けてくれた。

「タクヤ君、久しぶり!誰かわかる?」

サッカー部の後輩だった。

お洒落メガネのその向こうには、あの頃のクシャっとした笑顔があった。

そのままコーヒーを受け取り車に乗ると、車内のドリンクホルダーには先程コンビニで買った缶コーヒーがあった。

飲みたくもないコーヒーが二つも並ぶという奇妙な現象。

合計700円。
悪くない。

ーーーおわり



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