人材版伊藤レポートに関する雑感
CHRO設置を語る前に踏まなければならないプロセス
2014年に伊藤レポートが初めて出たときは、多くの企業・投資家が「ROE!ROE!」と必死に叫んだり、少し勉強をしたIR担当者がROEから株主資本コストを差し引いて「エクイティ・スプレッドがプラスじゃないと企業価値がうみだされない!」などと話題になっていた。
それに比べると人材版伊藤レポートは、もちろん世間から多少の反応はあったかもしれないが、あの時と比べるとだいぶ冷めている印象もある。内容が抽象的という側面もあると思うが、個人的には人材版伊藤レポートの内容が受け入れられるほど日本企業のガバナンスが成熟していないからなのでは、と考えている。
人材版伊藤レポートでは、最高人事責任者CHRO(Chief Human Resource Officer)の下で人材戦略を策定し、その戦略をCEOやCFOなどのメンバーが実行していくことが必要だと述べられている。
そこで問題になるのが、そもそもCFOやCOO(Chief Organization Officer)などのCxOを設置している企業の割合が現時点で少ないのではないか、という点である。たとえばCFOを設置していない企業がいきなりCHROを設置することは考えづらい。そしてCxOを設置する場合、取締役と執行役員を兼務するマネジメント型のガバナンスからの変革を意識する必要もあり、一部の先進企業を除く大半の企業にとっては取り組むべきステップを何個か飛び越しているような印象を持つのではなかろうか。もちろん、理想像としては素晴らしいとは思うのだが・・・
従業員エンゲージメント強化の行き着く先
人材に絡んだ話として、新型コロナウイルス禍で従業員の保護を企業にエンゲージメントしましょう、という流れはPRI、ICGNをはじめとして多くの機関投資家イニシアティブが打ち出している。ただ、コロナの前からコーポレートガバナンスの世界において従業員エンゲージメントを意識する流れは存在した。英国のコーポレートがバンス・コードの改訂において従業員エンゲージメントが盛り込まれたのは2018年であるし、それ以前からドイツやフランスでは従業員代表が取締役のメンバーに入ることが義務付けられている。英国でもコロナの前くらいから従業員代表を取締役に入れる動きが一部の企業で出てきた。
日本でも人材活用が意識される過程で、従業員と取締役会のコミュニケーションを深めることを目的に従業員代表が取締役会に入るようになる未来もあるかもしれない。CHROの導入すら乗り越える壁が大きい現状で従業員代表が取締役会に入る未来はなかなか想像しがたいものがあるが・・・