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Sonic Youthの軌跡を辿る⑥ 『Washing Machine』全曲レビュー (中期 pt.3)

Sonic Youth(以下、適宜SY)について、主要アルバム16枚(+α)を振りかえる企画記事。前回、「中期アルバムレビュー(中編)」はこちらから。企画の趣旨は「プロローグ」をどうぞ。

今回は「中期」その3、『Experimental Jet Set, Trash and No Star』の後から。特に注釈のない引用は本伝記参照



前段

まずはいつも通り前作リリース後の足取りを……といっても、このころは激動の時期ではない。1994年のSonic Youthは既に成熟したバンドであり、グランジの大波も過ぎ去り、レーベルからのセールスプレッシャーもそれ程なかった。彼らは在籍するだけでNirvana, Hole, Beck, Teenage Funclubをもたらしたのだ。取り上げるなら、ロラパルーザ'95でヘッドライナーを務めたことだろうか。この頃のポスターを下に並べてみたが、一時代を感じる出演陣で圧倒されてしまう。ライブ告知ポスターの歴史的意義がよく理解る。まぁここでは、この時のロラパルーザでThe Jesus Lizardのヨーが陰部を露出し逮捕されたことくらいを書き留めておこう。

在りし日の"1995"
R.E.M.とのドリームマッチ。
伝記によるとR.E.M.ファンからの評判は良くなかったらしい──セトリをみたら心から納得した。


この頃のSYで書きたいのは「シーンにおける位置づけ」や「歴史語り」ではない。実際メインシーンからは浮いていたといっていいし、だから取り上げられることも少ない。しかし自分はこの時期の作品群にこそ純度100%の「Sonic Youth」があると思っている。SYという"個"がこの時期に詰まっている。

すこし話を広げると、ここ数年は音楽サブスクの普及とともに「ディスクガイド」への注目が増している。それ自体は非常に好ましいことだが、ガイドは「一定以上の公約数」を網羅しなくてはならないし、文字数制限上1枚に深入りはできない。この時期のSYは取り上げられず、やってることのややこしさも語りきれないだろう。だが間違いなく濃密でユニークな、語りがいのある作品である。個人ブログとして、ガイドのこうした外堀を埋めたい。

だから今回は「全曲レビュー」の形で、この個、SYを浮かびあげようと思う。

あと単純に、SYを各曲レベルでちゃんと言葉にする人は少ない気がするのだ。SYを聴いて「難しい」「よく分からない」とか「いやコレ好きって言ってるやつは何を思って聴いてんの?」という人も多いと思うので、あるファンの聴こえ方の一例を挙げたい。

ディスクガイドというヨコ、個を聴きこむタテ、どちらも面白いはず


前段が長くなった。

書き出すまえに勢いづけておこう。自分はこれから傑作を取り上げる。その名は『Washing Machine』という。音楽史上に名を残すだろう"名盤"ではない。初めて聴く人にも絶対オススメしない。だが、このバンド以外誰も作ろうとしなかっただろう、"あるバンドが極まってるタイプの傑作"だ。


『Washing Machine』('95)

割と有名な「洗濯機」ジャケ

まず本作は、大半の曲が「ベースレスのトリプルギター」という異常編成で制作されたアルバムである。

流れを追っておこう。シーンから離れて一息ついた彼らは、よくある流れとしてソロ活動に足を広げた。各位のソロワークスはいつか別記事にまとめたいのでここでは割愛するが、重要なのはキム・ゴードンが「作曲」と「ギター演奏」に取り組み始めたことだ。そのフィードバックは即座にSonic Youth本体に反映された。ベーシストを長年務めたキムは、ある日「私もギターを弾く」と言い出した。そのパート変更は了承された。そしてこのバンドはシェリー以外ヤバい奴らしかいないので、ベーシストを追加するという判断は下されなかった。

こうして結成約15年、Sonic Youthは突如ベースレス・トリプルギター編成のバンドとなった。さすがにベースの役割は適宜ギターで行われているのだが、普通に考えて判断がおかしい。伝記でもシェリーとエンジニアは困った…くらいでサラッと流されており恐怖を感じる。プロローグで「Swansが重低音の反復なら、SYは中高音の展開」と書いたが、そんな音意識が(良くも悪くも)よく現れた編成変更である。

その結果、本作の楽曲は低域の安定感に乏しく、なんとなく全ての音が空中に宙づりで舞っているような独特の浮遊感と不安定さ、気持ち悪さと美しさを携えている。ついでにグルーヴもダルくなっており、居心地の悪さも際立っている。


その点を踏まえて再生してみよう。
Songlink(各種配信サイトに飛べます)

■1. Becuz 4:43

本作は1曲目から最悪である。

イントロはギターに持ち替えたキムから始まる。まずこのトーンが妙にクセが強くて気色悪い。そして両サイドからサーストンとリーが最悪を上乗せする。このリフからセッションしようとしてギタリストに両側からこの音を放られたら、自分なら即日でバンドを解散する。しかしキムは何事もなく歌い出す。正気か??チューニングの狂ったTAKUYAが2人いるJudy and Maryみたいなカオス。そのバンドサウンドは、気味が悪い、顔色が悪いと、いくらでも負の形容が浮かんでくる。逆に「サイケデリック」なんて言葉も浮かんでくるが、明らかに腐ったドラッグでキメている。

アルバム1曲目名曲打率の王者たるDinosaur Jr.や、『Daydream Nation』をちゃんと「Teen Age Riot」で始めたバンドを見習った方が良い。

しかしSYは見事な弧を描きだす。聴きどころは間奏からの流れ(1:50~)だ。

まず、キムがベースラインを"D"に固定する。これによって散漫だったツインギターの緊張感が膨れあがっていき、次に"C#"に動かした時スリリングなコードのテンションが鳴り響きだす。反復した後に"G#"に向かい、飽和寸前まで達したところから、ブリッジ部でB7sus4へと着地、調和する。間奏あけ、キムの歌い出しに合わせて一瞬間をおいてからリズムを落ち着けるシェリーと、ここまでの流れが本当に素晴らしい。

サーストンのフィードバックノイズがサイレンのように鳴り唸る。腐った和音に立ち戻り、キム・ゴードンが呪言のように繰り返す。

「Becuz of you…Bucuz of you….」
(あなたのせいで・・・あなたのせいで・・・)

まるでサイコ・サスペンスだ。
バンド全体の呼吸の掛け合い、無二の楽曲展開。名曲。


■「アンチ・グッド」の世界

「Becuz」で聴けるこうした不協和音の響きを、今の自分は「面白い」「楽しい」と感じる。Sonic Youthを聴いて耳を広げられたことのひとつに、「アンチ・グッド」の面白さがある。

そもそも"グッド”ソングって何だよって話だが、ここでは超漠然と「大多数が良いねと言いそうな曲」とか「カッコいい曲」としよう。それはビートルズ「Let It Be」でもNirvanaでも何でもいい。例えばSYの「Green Light」を聴いて真顔で「良い曲だね」という人はいないだろう。Sonic Youthは作曲において必ずしも「グッド」を目指していない。

これは「方向性」の話だ。多くのひとは「グッド」の方向を目指して創作を進めるが、無限に広がっている「音楽」の地平は、グッドでない方向にも当然フィールドがある。SYはそうした方向、場所で遊んでいるのだ。その姿勢は、初期で取り上げたように、既存の音楽観をとにかく破壊しようとした「ノーウェーヴ」の思想である。評価の方向性が違うのだ。変な例えだが、人間ドラマに感動するのと、ホラー映画の演出に唸ることくらい違う。Becuzのような和音を自分は他に聴いたことがないし、その響きを面白いと、「気持ち悪いは、気持ち良い」みたいな反転の方向で「グッド」だと思う。


■Sonic Youthは中途半端なのか

ここで面倒くさいのが、じゃあSonic Youthがアンチ・グッドを極める求道者かというと、そうではないのだ。彼らは、往年の音楽を破壊せんとするノーウェーヴを生きたサブカル青年でありながら、往年のロックンロールやパンクを心から愛する純朴なロック少年である。下のリストをみればよく理解る。

つまり、「壊したいけどちゃんと曲にもしたい」のである。だからSonic Youthの音楽は、リスナーが†破壊†を求めるなら楽曲的すぎるし、グッドソングを期待するならグッド成分に欠ける(ことが多い)のだ。それが中途半端と言われるのは理解る。

でもその立ち位置は、どっちつかずな「中途半端」よりむしろ、普通両立しないものを両立させようとする「緊張感」と捉えられるべきものだ。「AだけどAでない」。そういう折衷の創造が、批評性が、面白さがある。その集大成が本作である。ここではロックが脱構築されている。

アルバムを聴き進めてみよう。




02. Junkie's Promise 4:02

パワーコードリフで押すよくあるロックチューンだが、3小節目でかなり濁ったコードがくる。ブルーズとハードロックにはないオルタナの音感覚だ。有識者のTabをうかがうに「F(+11)」。+11は珍しいテンションノーツなので補足すると、Fに対するB、つまり完全五度のCに半音でぶつかる……要は濁った響きをわざわざ作っている意外なことにKing Krule「Alone, Omen 3」で似た響きが聴ける。自分がよくKing KruleにSYっぽいと書くのは、こうしたテンションノーツ感覚の類似に理由がある。

力強いノイズで押しこむコーラス部は、ポストハードコアとも共振する。ラモーンズのエイトビートをノーウェーブ作法で爆走するアウトロもカッコイイ。


03. Saucer-Like 4:25
乱暴に言えばロックとは「パワーコード」(完全四度、五度)だ。硬質で安定した響き。ゆえにJack Whiteはロックである。前の曲もパワーコードを用いてる点はロックだった。が、本曲。一転して、ロックとして完全に終わっている不協和音で始まり、「陰湿」の形容すら相応しい生理的に不快なリードギターが耳を蹂躙する。ギタリスト3人が同時に音を鳴らして普通こうはならない。悪意の全会一致が必要だ。コイツらはそれを15年やってきた。SYがSYたる所以が良くも悪くも詰まっとる開始30秒。

だが、そこから普通にクールな曲になるのでスキップしないでほしい。広がる無機質な7sus4の世界。このコード感を高速アルペジオで弾くとナンバーガールになる。

しかし2:35、思い出したようにイントロの汚濁に立ち戻ってしまう。毅然と歩いていたら突如マンホールに落っこちたくらいの落差。しかしトリプルギター3人全員が、やはり何故かここから気合を入れて汚染作業を進めていく。このような下水道の光景を見れるのがSonic Youthの楽しみ(?)のひとつだ。変な言い方をすると、toeの美意識から最も遠い曲。


■04. Washing Machine 9:33 - 2000年代SYの萌芽

自分はSYの大ファンだが、このへんの曲を続けて聴くたび、あまりの「キモいイントロ、聴かせたりますよ」ドヤ感に、自分の中のギターポップ少年が「ええ加減にせえよ」となる。俺がレーベルの人間なら契約解除を言いわたす。このリフで歌い(語り)だせるキムはやっぱり非音楽型の異才だと思う。

しかし実は重要な曲である。2:20くらい、それこそ洗濯でも始まるようにスゥーーッ…と波が引いてからの演奏を聴いてほしい。2000年代の後期SY『Murray Street』、「Rain on Tin」あたりのバンドサウンドの萌芽がここにある。自分が大好きなやつ。三度の調性感を曖昧にしてミクソリディアンスケール風に骨格を展開していくギターの絡みあい。これをここまで長尺で展開したものは本曲が初出といっていい。

5:00くらいからギター音が"持続"の方向に向かうのだが、このノイズ音の広げ方、収束、霧散までの扱い方が本当に素晴らしい。ひとによっては「シューゲイザー」の原始を見出すだろう。SYにはこうした確かな「美」もある。イントロのことは水に流そう。後期SYの萌芽とSYの美学が詰まった名曲。




「グッド」もある、この曲を見逃さないでくれ(Unwind、Little Trouble Girl)

身も蓋もない見出しだが、SYはキモい曲ばっか書くと思われたくないので強調する。SYは「グッドソング」も書ける(むしろ後期のサーストン & リーはマジメ過ぎるくらい「グッドソング」ばかり書いている)。


05. Unwind 6:02

今までの曲が嘘のように、穏やかで牧歌的なグッドメロディが優しく奏で歌われる。「Laugh in the midday light…」のところのハーモニーがとても危うくてロマンチックだ。これはポップスで用いられる同主調からの借用音(サブドミナントマイナーや三度メジャーの音)を利用している。ポップス好きなサーストンから自然に湧き出たメロディなのだろう。伝記では「子供が産まれたこと」がこの曲のモチーフとされている。こ こ ろ か

何ともノスタルジックで幻惑的な響きは変則チューニングの効果も強い。この頃の彼らは複数弦を同じ音にする変則チューニング(例:GGDDD#D#)をよく採用していた。彼らの師匠Glenn Brancaのアプローチだ(初期記事を参照!)。この倍音は発明だなぁと感じる。


06. Little Trouble Girl
悪夢への序奏みたいなイントロで始まるが、歌いだしまで聴いてほしい。子守歌のような、SY史上最もポップでキュートなメロディが聞こえてくるはずだ。

あまりにシンプル良い曲だがカバーではない。The BreedersのKim Deal(ex. Pixies)が参加していることがこの奇跡を生んだのだろう。

歌詞に登場する「Little Trouble Girl」は決して清純な良い子ではない。恋に身を捧げたい、あなたを愛しているし愛されたい、でもあなたは私を理解できはしないわ──そんなよくいる、思春期には当たり前のリトル・トラブル・ガール。ふたりのキムによる60年代ガールズポップスへのチャーミングなアイロニーだろう。

もっとカバーされていい曲だと思う。Faye Websterにスローなラウンジ調で弾いてほしい……。




後半、再び暗黒排水溝へ……

せっかく良い流れが来ていたが、ここでまた「良くないSonic Youth」が舞い戻ってしまう。

07. No Queen Blues 4:35
聴覚をイラつかせるキモいコード進行の上、リードギターは「Saucer-Like」同様リーで、今度はクロマチックスケールで不協和を煽る。SY以外で光ることのない職人芸だよ。独房の囚人に対する拷問とかにも使えると思う。3人の変則チューニングを記しておこう。

Kim: BEGDBB
Thurston: GGDDD#D#
Lee: GGCGCD

キ、キモすぎる……。

余談だが、個人的にBlankey Jet City「CAMARO」Aメロは似た発想でイカれたリードギターを弾いたと思っている。が、どっちもマイナーな曲すぎて通じない。以前「BlurのSwanp SongはFugaziのF/dの影響下にある」と書いたら確固たる反応をもらえた(嬉しかった)ので通じてほしい。


08. Panty Lies 4:15
このへん良くも悪くもロックバンドとしてヤバい。何故アルバム本編に採用したのかって「何とも言えないギターフレーズ」(以下「こんなフレーズ」とする)に、こじつけのようなボーカルを乗せた、典型的な中期SY & キム・ゴードン曲。

こうした「こんなフレーズ」をどう思うかで中期SYへの評価が決まる気がする。自分としては「こんなフレーズ」を1曲4分こねくり回そうと試みるロックバンド自体が(奇行)希少種すぎて、例えるならスーパーマリオ64 目隠しRTA」みたいな謎の営為、面白さを感じる(?)。

何が凄いって、「ポスト・パンク」ですらない所だ。何をやりたかったかは分からないが、何かも分からないものを生めている。出来上がったものに興味を持てるか、好きになれるかはともかく。


09. Becuz Coda 2:49
レコード会社から「1曲目から7分あるのはちょっと……」ということで「Becuz」から分離したインスト曲。ツッコむべき点はもっと他にあるだろと思わずにはいられないが、ココでアルバムの円環が閉じるような流れがあり、結果的にかなりナイスな指摘だったと思う。


10. Skip Tracer 3:48

非常に不安定な響きのアルペジオに、このへんでもう「ホンマええ加減にせえよ」までいく……が、その不安定さをスリリングに乗りこなした、かなり熱い曲である。Radioheadの面々も好きなんじゃないだろうか?この曲はちゃんとベースで弾かれており、ツインギターとの絡みも面白い。

2:20から終盤にかけて直線的なビートで勢いよく展開を畳みかけていく様はDaydream Nationのバイブスすらある。最終盤、ワンコードに至ってから「Hello 2015!!」の号令はアンセムの風格だ。前曲で閉じた円環から、未来へ突き進むような勢いがあって、曲順もカッコイイ。実質的にクロージングナンバーと言っていいし、個人的にリー曲TOP5には並べたい佳曲


あらためて書き出していって、やっぱりかなり濃密なアルバムだと感じる。こんなキモい、面白い、かつ美しさとカッコ良さもある作品はそうないだろう。「Sonic Youthしか作ろうとしなかったアルバム」なのは納得してもらえたはずだ。



最終曲

そしてアルバムはカーテンフォールを迎える。自分が本作を傑作と呼ぶのは、最後がこの曲だからでもある。

名曲は静かに、エピローグのように始まる。

「The Diamond Sea」

(続)

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