Mr. Children 『I LOVE U』 - 桜井和寿の去勢 深海から市民プールへ
音楽ファンにとって、Mr. Childrenもとい「ミスチル」はどんなイメージを持たれているだろうか。
特に興味を持たれていないか。妙な壮大さを押し付けてくる奴らか。桜井和寿のくしゃっとした笑顔か。ロックバンドか、ポップバンドか。昔は好きだったが今は聴いていない、最新作まで愛聴している――いろいろな層、曖昧・明確なイメージがあるんじゃないか。
ただその中でも、売上全盛期に放った『深海』は、その重さや内容から一定の評価を得ているように思う。ヒットチャートの喧騒から"深海"に沈み、自身を「シーラカンス」になぞらえ「連れてってくれないか 連れ出してくれないか 僕を」と大衆に叫んだ一作。Pink Floydを携え、不愛想で骨太な海外レコーディングで仕上げられたコンセプトアルバム。
そこで、Mr. Childrenには『深海』以外にも「水中」に関わる曲があるのをご存知だろうか。それは深海に沈んでから約10年後、桜井和寿が30半ばとなった『I LOVE U』(I ♡ U)に浮かんでいる。そこには『深海』にも劣らない、SSW桜井和寿の真髄というべき少しゾッとするくらいの表現がある……今回はそんな、Mr. Children『I LOVE U』の感想・解釈、レビューもどき。
注:Mr. Childrenは紛れもなく「桜井和寿」「田原健一」「中川敬輔」「鈴木英哉」の4人からなるバンドですが、本記事ではMr. Children ≒ 「桜井和寿」とフォーカスして書きます。
前段:Mr. Childrenアルバム史概略(1999-2005)
まずは『深海』に沈んだあと、『BOLERO』、活動休止を経て、ミスチル……もとい桜井和寿がどうなったのかを簡単に追おう。
『DISCOVERY』('99)は、U2を携え、Radioheadに始まり、明らかに不慣れなハードロックやファンクにも突っこみ、無理やり自身を拡張するような内容で『終わりなき旅』を謳った挑戦作だ。ラストの「楽しく生きていくImageを膨らまして暮らそうよ」には、喧騒から日常に回帰せんとする姿が浮かんでいる。
しかし『Q』('00)では、ヤケクソ気味に「あぁ世界は素晴らしい」と歌いだし、ひたすら自己完結を繰り返してしまった。「自己」にこもった歌詞と、制御不能な楽曲といい、非常に不安定な一作である※1。
その状態から『蘇生』を掲げ、歌詞の視界を「周囲」に広げなおし、ちゃんと世界の清濁を飲み込んだうえで確信を持って名付けられたのが『It's a wonderful world』('02, 大名作)。ここでは同時代のエレクトロニカが取り込まれており、その宣言を華やかに祝福した。
ここには音楽的挑戦と、SSW桜井和寿の心境や視線の変遷が刻まれている。異常な喧噪とともに"世界"(深海)に沈んだ男が、曲がりくねった道をゆき、改めて世界の素晴らしさを歌いなおす(It's a wonderful world)。そのディスコグラフィをちょっとした物語として見たとき、ここで一区切りついたと纏めてもいいだろう。
じゃあそこからどんな話が続くかというと、自己やバンドを離れ、「子供」、「家庭」の存在が浮き上がってくるのである。『シフクノオト』は『タガタメ』『HERO』と子供への視線が伺える作品だ。そして話は今回の主役『I LOVE U』('05)にたどりつく。
『I LOVE U』は最高傑作なのか
『I LOVE U』は、シングル売上年間2位『Sign』、同年間3位『四次元 Four Dimensions』を収録し、CD不況もどこ吹く風と、当然のようにミリオンセラーを記録した大ヒットアルバムだ。
本作の有名なエピソードとして、”桜井和寿が「最高傑作」と発言したらしい"※2というのがある。しかし多くのファンは「いや、そこまでは……」と首を傾げた。決して内容が酷いわけではなく、ファン公認の名曲・ライブ常連曲もしっかりある。しかし、どうにも収まりが悪い、名盤とするには完璧さが足りないというのが昔からの印象だった。だけど自分も人生を15年を生きてきて本作への見方が変わったので、今更ながら振り返る。桜井和寿、当時35歳。20代の全てを音楽業界の荒波で過ごした男の底しれぬ感情図がココにある。
余談として自分の各曲好き度はこんな感じ。全曲書きたいけども(特に「靴ひも」の雰囲気が好きなんだ……)、それはまたいつか。
今回はテーマにそって大きく4曲取り上げていきたい。
■『Worlds End』から落ちていく構成
アルバムはMr. Children史の中でも屈指の全能感をもった『Worlds End』で幕を開ける。本作を代表するリードトラックで、ファンの誰もが認める名曲。これがシングルじゃないのがミスチルの脅威だ。
曲想は、GLAY『Beautiful Dreamer』同様、The Smashing Pumpkins『Tonight, Tonight』というイデアを元にしたと思われる。半音テンションを多用した緊張感あふれる田原健一のギター、駆けまわる鈴木英哉のドラミングに、桜井和寿の作詞的運動神経が加速していく。「飲み込んで吐き出すだけの単純作業繰り返す自動販売機みたいにこの街にボーっと突っ立って」の長文をサビにはめこんでいく様は圧巻。言葉とメロディが互いに追い抜きあうような桜井和寿節は、カラオケで歌うとより凄みがわかる。
…………………………
しかしてこの圧倒的な全能感はブツ切りで強制終了する。つづくのは何とも言えずおどろおどろしい『Monster』という、誰もが「そうはならんやろ」と思う曲順。『Sign』→『Door』、『跳べ』→『隔たり』も同じくだ。この辺の妙な浮き沈みが最高傑作に頷けない一端じゃないだろうか。
ただ、ともすれば"悪意"みたいなこの流れには、多分こんな意図がある。それは本作が、一人の若者が抱いていた全能感が社会の中で自然に失われるーー去勢されていくーーまでを辿ったアルバムだからだ。ロックバンドならふつう逆だが……。その過程を『I LOVE U』の語でまとめたのがSSW桜井和寿の巨大である。と、本記事は訴えてみる。見ていこう。
■『CANDY』にみるラブソングの成熟
語気を強めて「去勢」なんて書いたけど、正しくは「成熟」に近い。本作は思春期の恋愛像では描かれないような、ラブソングの多様な描写に唸るものが多い。つまりは視線が「恋愛」というより「愛」に近いのだ。こんな恥ずかしい文打つとは思わなかったがマジでそうなんだ。
その粋が『CANDY』にある。甘酸っぱさや若々しさを"キャンディ"とするのはよくある比喩だが、「タブレット(錠剤)」といった用語が対比で並ぶことで、「大人がふと思い返す幼心」、そんなイメージがより鮮明に表現されている。ここでの"キャンディ"は言い換えれば"蒼い気持ち"だろう。君といるとそんな気持ちが沸きあがってくる、それを「君が食べておくれ」(激ヤバフレーズ)と結ぶこの詩情。いぜん取り上げたスピッツや星野源にはない、共犯的なアプローチだ。
20代だった『Atomic Heart』のころには書けなかった味わいを持つ詩だと思う。桜井和寿はなんとなく「永遠の少年」「超ポジティヴ」「爽やか」「偽善者」って適当なイメージを持たれている気がするが、ことラブソングに関して、加齢にともなったその視座の成熟は、本気で評価されてほしい気持ちである。この記事では割愛したが『Sign』も素晴らしい。大人になって読み返すとマジで理解る。
■『隔たり』を歌うSSW
前項につづけて。もし「成熟」をある種の加齢にともなうものとするなら、ひとつ大きな分岐となるのが「子供」の存在である。本曲は「コンドーム」をテーマにしている。このテーマ自体は少なくないSSWが歌っているだろう。だが桜井和寿は、「相手との関係性の変化の象徴」として描いている。歌いだしはこうだ。
たった0.05ミリ 合成ゴムの隔たりを
その日君は嫌がった 僕はそれに応じる
パートナーから「それを外すこと」を問われ、自分が「それに応じる」こと」。これは物凄く生々しく根源的な話だ。つらつら書こうとしたが、図らずもヤフー知恵袋にほぼすべてが既に書いてあったので(マジかよ)筆をゆずる。突然のDISだが、ART-SCHOOLの木下理樹には描けない境地のラブソングだと思う。
楽曲的には、まるでThe Beatles『The Long And Winding Road』のような流麗なストリングスワークが印象的だ。""あのころ小林武史""のフルバーストだが、この曲はこれでたぶん正しい。歌詞のシチュエーションの生々しさを、耽美的なアレンジが綺麗に払っていて、ただ「狂おしさ」だけが浮かび上がっている。サビ終わりの「落ちていくんだ あぁ」で同主調のコードが浮かんで一時転調するあたりも音楽表現がすごい。頭の悪い感想だが、聴いてて「これは落ちていったな……」と納得させられる。
ジョジョばりの「人生賛歌」だと思うし、本当に美しい楽曲だと感じる。ということで、「LOVE」をテーマにするにあたってこれ以上ない1曲があらわれたが、アルバムはとんだエピローグを映しはじめる。
■巨大虚無『潜水』
前曲の壮大さから一転して、『潜水』は気の抜けた炭酸のようなイントロで始まる。この感覚は隔たりをふまえて脱力した後の日常か。不思議な浮遊感をもったバンドサウンドは本作でも白眉で、中川敬輔のベースラインも特筆したいところ。だが、妙に生気のない、いつもの歌心を忘れたような声で桜井和寿は歌いだす。
バラバラに散らばったパズルが床でふて寝している
恨めしそうだけれどどうしようもない
どれが元通りの形かは もはや知りたくもない
これはこれで結構芸術だ
そうだ 冷えたビールを飲もう
金と黒のラベル選んで 出来るだけ一息で
あぁ あぁ あぁ あぁ
生きてるって感じ
「そうだ 冷えたビールを飲もう」。『Worlds End』の「何に縛られるでもなく僕らはどこにでも行ける この確かな思いを連れて」とかけ離れた生活スケールの歌詞。これは次作『HOME』につらなる"日常"の取り上げだ、が、この曲はなんだか様子がおかしい。「あぁ あぁ あぁ あぁ」と呻いて「生きてるって感じ」とつぶやく声には、日常と言うにはあんまりな、なにか限界から零れ落ちたような感情がこもっている。仕切りなおすように2番に入って「君」が登場すると、さらに切実なメッセージがあらわれる。
ピアノ叩いても音しか出ない
君に届くはずない
何気なく歌われるが、これはミュージシャンにとってかなり重いフレーズだ。いつものミスチルなら「だけど〇〇していかなくちゃ~」とかポジティヴに結びなおすだろう断絶。だけど『潜水』はこう繋ぐ。
そうだ 明日プールへ行こう
どうするでもなく、「君に届くはずない」を放置する。そして水の中を潜水で泳いでいく苦しさに、ただ「生きてる」ことを感じようとする。聴いてほしいが、ここの「あぁ あぁ」の呻きは生理的にかなりキていて辛い。
澄んだ水の中 潜水で泳いで
苦しくたって 出来るだけ 出来るだけ遠くまで
あぁ あぁ あぁ
あぁ 生きてるって感じ
あぁ 生きてるって感じ
楽曲はここから「Hey Jude」のように盛大なフィナーレに突入し、桜井和寿は言葉を失い「ラララ」とハミングする。何一つ解決してないのにただ音だけが壮大に鳴らされるその光景に、巨大な虚無を感じてしまう。それこそ「音しかでない 君に届くはずない」ような乖離だ。自分はその虚無感にたまらなく惹かれるんだけども、それは置いといて。
『Worlds End』で音楽の全能感をまとった一人のミュージシャンは、そのエンディングにて、『隔たり』すら超えた「君」に対して、音楽で何かを伝えることを諦める。
『I LOVE U』に込められているもの
改めてアートワークを見てみる。「LOVE」(♡)は、食物――生きていくうえで摂取すべきもの――をムリヤリ潰した、かなり歪な形で表現されている。そこには、元の形をつぶしたことで漏れたものが生々しく映しだされている。
『潜水』の歌いだし、「バラバラに散らばったパズルが床でふて寝している 恨めしそうだけれどどうしようもない どれが元通りの形かはもはや知りたくもない」が響いてくる。そして『CANDY』の「君が食べておくれ」が思い出される。
自分は……そのムリヤリ潰した、あるいは潰された様に、『潜水』に漏れていた呻きや虚無を感じとる。同時に、歪であってもその形がハートであることに、『CANDY』や『隔たり』にあった愛情、二人の関係性の価値も確かに感じる。
「I love you」はありふれた言葉だが、そこには各人の人生をもってした万感が詰まる。そして本作は、桜井和寿にとっての「その語」の意味あいが確かに表現されている。幾多のラブソングを書いてきた桜井にとって、本作の表現はたしかに「最高傑作」と呼べるものだったのかもしれない。
…………………………
これは明らかに「何かが終わった」アルバムだ。それは愛、あるいは生活のもと、ひとりの人生における半ば必然的な終わりを描いている。絵に描くような「深海」より、果てしなく逃れようのないものとして「プール」がただ常にあり、桜井和寿はもう「連れてって」と歌うことはなくなった。ただその中を潜水し、その苦しさに「生きてるって感じ」を確かめるだけになった※3。
大げさに語ったけども、これは大人としてはまぁまぁ当然の(そして苛烈な)世界認識である。今の自分は、『潜水』に圧倒的な虚無を感じつつ、そこにある「淡々とただ延々続く日常のリズム」のようなものも自然に感じられる。『I LOVE U』はたしかに終わりを描いているが、そこには成熟した愛があり、そこから「日常」に続いていくアルバムなのである。
エピローグ:『HOME』の怖さ
ただ、怖いのは、こうして「プール」にたどり着いた桜井和寿が次に提出してきたものである。知っての通りそれは『HOME』と名付けられ大ヒットした。今までの話をふまえてアートワークを見てみる。
家系図にそって、老若男女のすべてが笑顔で「プール」に沈められている。歪んだ見方かもしれないが、先に書いた「プール」への認識をふまえて、自分はこのアートワークが"怖い"。絵が怖いというより、『潜水』の次にこう提示してくる感覚にゾッとする※4。ミヒャエル・ハネケ『ハッピーエンド』みたいな直感の違和である。それは本当に幸福なのか……?
ともかく、Mr. Childrenは「音楽の全能感」から「日常」に回帰した。そしてこのあと「虚構」について自覚的に歌いだすようになる。その軌跡もまた面白いのだけど、今回はこの辺で。
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引用・注釈・関連作など
※1. 『Q』はJapanese Alternative Rock / Popの名作です(断言)。
※2. ファンの9割が認識している話だけども、今回元となる出典記事や雑誌に至れませんでした。きちんと断言したいので、情報求ム!!
※3. 別解的な関連作として、『隔たり』から『潜水』におちた……つまり全能感を失った男性描写の類例に、ミシェル・ウエルベックの『ある島の可能性』を挙げたい。ただこちらでは、それに耐えきれず、限界男性の物語はSFに飛翔する。桜井和寿はその虚無を『I LOVE U』とし越えた。ならばウエルベックは……?
映画ではマーティン・スコセッシ監督作『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』のエンディングもそこそこ近い。これはブルーズ的な帰着をみせる。というかこの監督は大体そうか……。あとこの頃のウィノナ・ライダーは最強。ART-SCHOOLの木下理樹もとりあげてる。
※4. アートディレクターは森本千絵。インタビュー記事によると「洗礼」のモチーフがあるらしい。なんかなぜ自分がこう感じたか少しわかった。
音楽的な関連作ではThe Smashing Pumpkins『メロンコリーそして終りのない悲しみ』。Mr. Childrenもそうだが、音楽的にも精神的にも1996 - 2005年代前後のJ-POP(J-ROCK)の礎を間接的に築いた作品といっていい。自分はアルバムなら『Gish』、曲なら「Mayonaise」「 Ava Adore」推しですが……。
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