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仕草に愛 君は美しい 見た目以上にその全てが

先日参戦した二十祭ライブで、久しぶりにこのフレーズを歌う大倉くんを見ました。
色とりどりのペンライトに照らされた広いドームに、彼の歌声だけが響いた瞬間を、私は絶対に忘れない。

仕草に愛
君は美しい 見た目以上にその全てが

大倉くんほど、この歌詞を歌うにふさわしいアイドルがこの世に居るだろうか。

10代の頃からずっと、大倉くんが好き。
この一文を書いただけで、涙が零れそうになってしまって、自分の情緒にゾッとしつつも、たった一度きりの人生で、それくらい好きになれる人に出会えて良かったなぁ〜とも思います。
私にとって、大倉くんはいつまでも世界一のアイドルです。
これから歳を重ねて、いつかドラムが叩けなくなっても、歌が歌えなくなっても、ダンスが踊れなくなっても、もし表舞台から退く日が来たとしても、それは一生変わらないと断言できる。

大倉くんを好きになったのは、高校生の頃。
元eighterで元ライブの相方で、20年来の親友でもあるMちゃんがきっかけだった。
(色々あって「元」と付けなければならないことがすごく寂しい)
休憩時間に「絶対知らないよ〜!」と言いながら渋々見せてくれた携帯の待受に居たのが、関ジャニ∞の錦戸くん。
その頃の私は、V系バンドの界隈に居たので、確かに錦戸くんの顔も名前も、関ジャニ∞というグループ名すら知らなかったけれど「え!かっこいいじゃん!!こういう感じの人が好きなんだね!!」って褒めちぎったことを覚えてる。
正直に言うと関ジャニに興味が沸いたというより、半ば強引に聞き出したとはいえ、なかなか自分の事を話したがらない友達のパーソナルな部分が知れたことが、嬉しかったのかもしれない。
それから、彼女は少しずつだけど錦戸君の話をしてくれるようになった。
ちょうど「好きやねん、大阪」リリースの時期だった。
「今日Mステに関ジャニ∞出るよ、良かったら見て」と書かれたガラケーのメール画面を、茶髪金メッシュの大倉くんを見て恋に落ちた瞬間を、今でも鮮明に思い出す。
当時の大倉くんは、まだ他のメンバーに比べて目立つ方ではなかったけれど、長身小顔なスタイルの良さと、何よりもビジュアルが刺さりすぎて、こんな人が世に居るのかと驚いた。
翌日どころかMステの出番終わってすぐに「あのかっこいい人誰!!?」って鼻息荒めに連絡した。
『関ジャニ∞の大倉忠義くん』
当時は「推し」なんて言葉は存在していなかったけど、「一生涯の推し」誕生の瞬間である。
V系バンドしか興味が無かった女、初めて本気でアイドルを好きになるの巻。
仮に自分の年表を作るとしたら、このエピソードは外せないな。
その日以降、ライブが発表される度に声を掛けてくれるようになって、高校を卒業した後も、お互い社会人になってからも、毎年関ジャニ∞のライブに行くのが、私達の恒例行事になった。
一年に一度、おそろいの服を着て、それぞれが緑と黄色の小物を身に付けて、プリクラ撮って、時には大阪や鹿児島まで遠征した。
大阪の長居で朝から物販に並んで法被ゲットしたことも、鹿児島でタクシーのお姉さんに、遠くから歩いてくるのが見えてたよ~なんで同じ服着てるの~?目立つね~!ってめちゃくちゃ質問されたことも、全部忘れられない思い出で、すぐに取り出せる場所にある。
私にとって、あの日々は青春そのものだった。
そんな何物にも代えがたい宝物を一緒に作ってくれたMちゃんと、私達を繋いでくれた大倉くんには感謝しかない。
私達が一年経つごとに大人になって、化粧やライブに着ていく服の系統も変わっていったように、大倉くんも、一年どころか日ごとにアイドルとして開花していった。
好きになった当時は、あまり自分から言葉を発さずに、賑やかな兄達の一歩後ろでニコニコしていた大倉くんが、岩茸採りで弱音ばかり吐いてヒナちゃんに怒られてたヘタレな大倉くんが、初めて迎えた五大ドームツアーの頃には、グループでも一二を争うレベルのファン数を抱えるようなトップアイドルになっていた。
今も勿論世界一かっこいいけど、当時の大倉くんのかっこよさといったら、追随を許さなかったよね。
事務所のイケメン枠として知名度も上がる一方だった。
当時の私は大倉くんのガチ恋勢だったので、傷付くことも多くて、その度に涙を流したりもしたけれど、どんなに悲しくても怒ってても、季節が巡り、またライブで大倉くんを見たら全部チャラになるの繰り返しだったなぁ。
会えばいつも消え去ってしまう胸の痛みも……なんてもう二十代の自分と大倉くんのテーマソング、MISIA先輩の「Everything」にした方がいいかもしれん。(自分のnoteだからってさすがにおこがまし過ぎる)
今までの人生を振り返ると、20年も変わらずに好きで居られたのは、大倉くんだけだった。
そんな大好きでかけがえのない大倉くんと、一度だけお別れをした時期がある。
あの日、どんなことにも永遠なんてないんだ、と絶望して、仕事だというのに起き上がれず、ベッドの中で大泣きした。
どうしても信じたくなかった。全員同じ位置にほくろがあることを「俺らやっぱり兄弟やねんて!」と嬉しそうに話していた人の声が、もう二度と聴けないなんて受け入れられなくて、同じ気持ちを抱えたMちゃんと沢山相談して、沢山悩んで、新体制初のライブには行かないことを決めた。
関ジャニ∞を好きになって、初めて一度もライブに行かなかった年、私達は揃ってそのまま界隈を離れた。
離れている間も、大倉くんの情報は時々チェックしていたけれど、関ジャニ∞としての活動は一切見れていない。
当時は見れなくて、完全に出戻りした今だからこそ見れる映像や聴ける音楽が沢山ある。
見る度に、あの時、信じられなくてごめん。一緒に背負えなくてごめんと思う。
当時の自分の心を守ったことに後悔はないけれど、この罪悪感は一生抱えたままなんだろうな。

離れて3年ほど経った時、ひょんなことをきっかけに、もう一度関ジャニ∞の曲を聞きたくなった。
今なら、聞けるかもしれないと思った。
善は急げと友達にも背中を押してもらって、ドーム公演のチケットを取った。
ステージに立つ関ジャニ∞を見て、自然と涙が零れた。
帰る場所を守ってくれてありがとう。
アイドルを続けてくれてありがとう。
心の中には、5人への感謝の気持ちしかなかった。
とても都合がいいかもしれないけれど、もう一度5人の関ジャニ∞を信じたいと思った。
それから、楽しいことだけじゃなく、不条理なことが沢山起きて、改名を余儀なくされてしまったけれど、それでも彼らは明るく振舞ってくれた。いつだって、希望を与え続けてくれた。
折れそうなのは、私達よりも彼らのはずだったのに。
あの時、諦めずに居てくれて本当に良かった。

ドームツアー二十祭の初日、最後の挨拶で大倉くんは「悔しかった」「やっと関ジャニ∞が成仏出来た」と話しながら涙を零した。
まさか、あの大倉くんが泣くなんてと驚いたけれど、そりゃそうだよね。悔しいに決まってるし、改名なんてしたくなかったよね。
永遠に関ジャニ∞として生きたかったよね。
涙を零した後すぐに「ハッハッハ!」と上を向いて笑って切り替える彼を見て、あぁ、この人は今までもこうやって何度泣きそうになっても我慢してきたんだろうなと気付いた。
グループの事だけじゃない、プロデューサーとしても、彼の人生を生きる上で色々と。
世間は、アイドルである彼らに優しくない。いつだって足を引っ張ってやろうと手ぐすねを引いている。
頑張り屋さんで、気遣い屋さんで、いつも自分より他人を優先してしまう優しい性格の大倉くんは、そんな醜い世界で、誰にも言えない傷をたくさん負いながら、それでもファンの為にアイドルを続けてくれている。
いつの間にか、後輩グループのファンの子達から大倉Pなんて呼ばれて、慕われることもあれば、お門違いないちゃもんをつけられることもあるのに、全部飲み込んで、彼は綺麗に笑うんだよね。
そんな大倉くんが好き、でも、無理しないでほしいとも思ってしまうよ。
たまには、お兄ちゃん達にめいっぱい愛されて、甘やかされて、自由な末っ子のまま振る舞ってもいいのに、大人になるって楽しいけどしんどいね。
「まもりたい」はこちらのセリフなんだよ。ありとあらゆる厄災から、あなたを守りたい。

どこまでも気遣い屋の大倉くんは、ファンに対しても同じだ。
うちわの文字に上手く返せなくてごめんね、と言う。
未だに、自分の事なんて誰も待っていないんじゃないかって不安を抱えると言う。
そんなこと気にしなくていいのに。
私達は、大倉くんが今日も幸せで、笑顔で、ステージに立ってくれるだけでいいんだよ。
あなたがアイドルでいてくれることが、一番だよ。
でも、大倉くんはそういう風に丁寧に物事を考える人だから、私は想いを少しでも返せるファンでいたい。
大好きなことが伝わって欲しい、とうちわも作るし、声も力の限り出すし、緑のペンラも手もめいっぱい振るようにしている。
私一人の力じゃどうにもならないけど、それでも、あなたの味方はここにいるんだってことを伝えたい。
大倉くんの力強いドラムが好き。
大倉くんの低くて甘い歌声が好き。
大倉くんの軸がブレないダンスが好き。
手を叩いて派手に笑う時の笑顔が好き。
いつも、私達Eighterの為に動いてくれて、温かな言葉をくれる優しいあなたのことが大好き。
この先何があっても、あなたについていきたい。
大倉くんが私の誇りだ。
大倉くんを好きになって良かった。
大倉くんに出会えて良かった。
大倉くんのおかげで、私の人生は今日も輝いている。

今年の二十祭、二日ともMちゃんが一緒に入ってくれた。
彼女は私よりもブランクがあるはずなのに、振りもコールも完璧で、その姿に私は隣でずっと泣きそうだった。
「私の中学からの数年間も成仏できたよ」
帰り際、彼女はそう言って笑った。
清々しい表情をしていた。
彼女には彼女の生きる人生がある。
この先も、私のように出戻りはしないだろう。
でも、節目には、またエイトに会いに来て欲しい。
同じような青春は取り戻せなくても、エイトの大事な瞬間には、やっぱりMちゃんが隣にいて欲しいから。

最後になりますが、SUPER EIGHT20周年おめでとうございます。
もう一度、最高の景色を見せてくれてありがとう。
「関ジャニ∞が好きです。でも、SUPER EIGHTはもっと好きです」
私も今ならそう言えるよ。
横山くんの言葉の通り、5人の永遠を信じるよ。
これからも一緒に生きていこうね。

SUPER EIGHT / INFINITY RECORDS(@Infinity_rJP)さん / X
SUPER EIGHT(@super_eight_official) • Instagram写真と動画


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