魔法科高校の劣等生 来訪者編の音楽はいかにして「さすが」なのか
こんにちは、クレスウェアの奥野賢太郎です。今回は久々の評論文となります。これまでに『大乱闘スマッシュブラザーズ SPECIAL』、『ゼルダの伝説 夢をみる島』、『十三機兵防衛圏』(前・後)と評論記事を書いてきましたが、いずれも好評で読者の皆さまには感謝しています。
今回の題材は、2020年12月27日に最終回を迎えたばかりのテレビアニメ『魔法科高校の劣等生 来訪者編』についてです。このブログがあまりアニメを題材にしないのは、性質上、手っ取り早く音楽の実物を紹介できず、文字に起こしても伝わりづらいためなのですが、今回はそういった問題を上回るモチベーションに恵まれたので、こうやって紹介記事を書くことにしました。
ヘッダ画像は『魔法科高校の劣等生 来訪者編 オリジナルサウンドトラック』より引用。©2019 佐島 勤/KADOKAWA/魔法科高校2製作委員会
魔法科高校の劣等生とは
おそらくこの記事に辿り着いた方の大半はご存知の上だと思いますので、簡単に紹介します。『魔法科高校の劣等生』は佐島勤氏によるライトノベルのシリーズで、シリーズ累計発行部数は1500万部を超える人気シリーズです。西暦2095年の東京で、魔法が使える高校生たちが通う魔法科高校を舞台に話が進む、SFジュブナイルとなっています。
主人公の司波達也(しば・たつや)が持つ圧倒的な技術や、兄・達也の技量をひたすら褒めちぎる妹・司波深雪(しば・みゆき)とのシスコン描写などから「さすがはお兄様です」という妹のセリフを略して、このシリーズ自体を「さすおに」と呼ぶファンも存在します。
アニメ魔法科シリーズを担当した岩崎琢氏とは
2008年から連載されたこの作品は、2014年4月にアニメ化されました。全26話、音楽は岩崎琢氏、音響監督は本山哲氏です。これがシリーズとしては第一期となります。
音楽担当の岩崎琢氏はTVシリーズのアニメ劇伴制作を中心に、劇場版アニメ、テレビドラマ、ゲームなど劇伴・BGMの制作を幅広くこなす作曲家です。担当作品は、特にバトルアクションにこだわりの強いアニメ作品が多めな傾向にあります。
岩崎氏の音楽制作に対する意気込みとしては、岩崎氏の2007年に書かれたご本人のブログからもわかる通り、音楽制作そのものに対するポリシーが並大抵のものではなく、どの作品でも細部まで心血注がれているのが特徴です。以下はそのブログの引用です。
こういった映像音楽の場合、適当に扱いやすい曲を、大量に生産するほうが効率がよいのは明らかで、音楽として面白味があるものや、雰囲気の説明に終始せず、画と対話したり、刺激しあったり、「物語」の裏に隠れているコンテクストを想起させるような音楽を提供するのは、 制作に時間がかかって効率が悪いばかりか、逆に敬遠されて、当たり障りの無い部分ばかり使いまわされて終わる(略)。映像と音楽が、[出会う]瞬間を信じて、ハイリスクな音楽を作り続けるのか?
このポリシーに基づいてこれまでに生み出されたサウンドトラックの数々は、そのどれもが音楽作品として単体でも成立しており(あまりこういう聴き方をする人は少ないとは思いますが)アニメを観ずにサウンドトラックのみを鑑賞しても、十分に楽しめるものとなっています。
2014年にアニメ『魔法科高校の劣等生』の案件を請けられた際、岩崎氏はプロデューサーから「魔法で戦うサイバーな作品」との説明を聞いたが実際は学園モノだった、とのことです。(※1)
※1: 劇場版 魔法科高校の劣等生 星を呼ぶ少女 オリジナルサウンドトラック ブックレットより
学園モノ、日常シーン、説明シーンといった「映像と音楽が出会う瞬間に欠ける」風景が続く場合、当たり障りのない音楽が当たり障りなく流れておわり、となってしまいがちです。岩崎氏はどうやって「量販店で売られているもの」ではなく「特注の一点物」を提供するかに努められました。
変幻自在の曲調とその使われ方
岩崎氏が手掛ける音楽は、多種多様です。筆者はサントラをほぼすべて所有している結果、1000曲以上の岩崎氏が作編曲した音楽を聴いてきましたが、ロマン派のアリアからハードなDub step、アゲアゲのEDMに、テクニカルなAcid jazzと、本当に同じ人が作ったのかと思うほどの制作ジャンルの広さに驚かされるばかりでした。その中でも、一貫して「既存ジャンルの類似曲の模倣」ではなく「圧倒的多ジャンル知識を活かしたアニメ劇伴としての特注一点物」というポリシーを崩していないところが特筆すべきです。
2020年の今でこそ、だいぶ大衆的になってきたと思われる「アニメでラップを流す」というのも、岩崎氏が採り入れ始めた当初は特異だったと思われ、天元突破グレンラガン (2007) の”“Libera Me” From Hell”はラップ + アリア + オーケストラ + 最終決戦用音楽という組み合わせで、これを抜きにグレンラガンを語ることができないほど、もはやファンの間では伝説的なサウンドトラックとなっています。
ところがです。これだけ非常に音楽性の高い特徴的な一点物劇伴というのは、MAが難しい。MAというのはMulti Audio(和製英語)の頭文字をとったアクロニムで、簡単にいうとアニメ映像に音声、効果音、BGMを割り当てる仕上げ作業のことをいいます。音楽性が高く独立して鑑賞に堪えうる音楽は、言い換えるとカットのしにくい、カットをすると成立できない音楽になるリスクが伴います。
しかしアニメ劇伴というのは、基本的に映像制作と音楽制作が別で進行するため、作られた音楽が毎回すべての場面と合致する可能性は奇跡的となります。ましてや学園モノ・日常シーンなどであれば「登校シーン」「下校シーン」のような場面の記号的説明に終始することが多くなります。この場合、頭から再生された音楽が、都合の良いところでカットされてエンディングに進み、場面転換に合わせて曲が終わるというカットのされ方がとても多いです。こういった話題については天休ひさし氏による『劇伴音楽の作り方』という記事がとても面白かったので、興味のある方は参照してみてください。
アニメ1クール、2クールで頻繁に使用される当たり障りのない汎用音楽という性質から、一点物は対極に位置することになるため「一点モノ性」に注力すればするほど、全シーンのために一点物を必要数だけ用意することになり、それは制作負担の観点ではとても負荷が上がります。そして、学園モノ、日常モノで占められたアニメでこのスタンスを取ろうとすると「あらゆる日常シーンのために汎用性を下げた一点物を多数用意し続ける」ということになってしまいます。
岩崎氏が学園モノや日常シーンで占められるアニメ作品に対して一定の距離を取っているのは、こういった性質によるものだろうと推測します。逆に戦闘シーン、アクションシーンであれば、長めに作った曲をシーンごとにうまく間引きつつ充てるということが可能になります。これは日常シーンなどに比べると、動と静という映像的なメリハリと音楽性を高めるために必要な属性が共通して含まれやすいためです。
劇伴ステムと音響監督の存在
劇伴について話す上で、欠かせない要素がステムです。ステムとは、ボーカルのみ、ギターのみ、ドラムのみといった、音楽の構成要素をそれぞれまとめあげたファイルのことです。劇伴はサントラがすべてではなく、あくまでもその曲の全てのステムが有効になっているときの完全体として収録されているにすぎないのです。
なぜサントラのようなステレオ2MIXではなく、ステムで納品されるのか。それは最終的なアニメ作品としての品質をより追求するためにあります。たとえば、音楽としてはひと続きに流したいけど、どうしてもこのシーンは音楽を静かにさせたい、そういった場面では打楽器全般を抜くことで曲が静かになり劇伴にメリハリを出すことができる。他にも、このシーンはセリフと音楽が被るので特定のステムだけ音響調整をしたい、だったり、2MIXでカットすると音声の断面が目立つところをステム単位で切ることで、楽器の余韻などの断面が目立たないように繋ぐ、だったりが挙げられます。こういった音声編集はステレオ2MIXになってしまうと自由が効かなくなってしまい、そのために複数のステムでの納品が一般的となっています。
岩崎氏は、Twitterでの過去の発言によるとステムを快く思っていなかった時期もあったようで、ステムを部分的に使用することを「手足をもぎとったような、顔をもぎとったような扱い」と表現されていました。実際、2020年現在においても岩崎氏が担当されたアニメでは何度もステムの部分的使用がされているため、これらの処理を判断した方々が、手足をもぎとろうという意思で臨まれているとは思っていませんし、現在の岩崎氏が当時と比べて考えがどう変わっているのかも図りかねるのですが、なるべく提供した音楽の全要素を流して欲しいという岩崎氏の意欲は、一点物にこだわってきた態度との一貫性があります。
となると、受け取ったステムデータをどのように使って映像に充てていくかという音響監督の力量は、アニメ作品の音響的価値にとって非常に重要となってくるわけです。ここでは実際にステムデータを編集する担当者と音響監督が同一人物かどうかは抜きにして、音響監督と作曲家という2ロールに焦点を当てて述べていきます。業界内情ではなく、あくまでもファン目線の表面的な評論として捉えてください。
アニメ音響監督の業務は、アニメ制作における音全般として多岐に渡ります。声優への演技指導、脚本からのM表(アニメに必要と思われる音楽リスト)の作成、効果音などの管理、納品された劇伴をどこで使用するかの選曲、録音したセリフ・効果音と劇伴を映像に割り当てるMAなどです。実際はアニメ、ドラマ、映画などの媒体や性質によって関わる人数は変わり、選曲担当者や音声編集エンジニアが別人となるケースも多く、音響監督一人ですべてをこなすケースのほうが稀と思われます。
岩崎氏の担当されたアニメ作品に関わっている音響監督は、もちろんアニメ作品の数だけおられるのですが、複数年に渡り、何度も岩崎氏と担当作品を共にするという音響監督もおられます。魔法科シリーズもその例のひとつです。
複数回の共作というのは、筆者の推測ではある程度重要であると思っており、岩崎氏がどういうポリシーで劇伴音楽を制作するかという傾向の把握と、逆に音響監督はどういった選曲とステム編集とカットを施すのかという傾向の把握という、互いへの共感が、より効果的な編集による音楽演出に繋がると考えています。この推測の裏付けのひとつとしては、2020年の魔法科高校の劣等生 来訪者編のインタビューからも窺い知ることができます。
本山さんとは「魔法科」をずっと一緒にやって来て、最近ほかの作品も組ませていただいたので、こういうシーンでこういう音楽の使い方をする人だなというのは、ある程度、肌で感じているんです。今回はまずメニューに沿って音楽を作り、それに加えて、こういう音楽を作っておいたほうが本山さんの選曲のバリエーションが増えるだろうな、使い勝手がいいだろうなということを考慮して、勝手に曲数を増やしたりしました。
魔法科高校の劣等生 来訪者編の音楽、選曲、MA
さて、ここまで岩崎氏の制作スタイルやポリシーの紹介を織り交ぜながら、アニメ劇伴制作諸般における事情を説明しました。今回の題材である『魔法科高校の劣等生 来訪者編』(以下、来訪者編)の音楽演出について紹介し評論するためには、まず読者諸氏にこの前提を共有してもらう必要があると考えたからです。
つまり、来訪者編は音楽、選曲、MAという三要素が非常に高度に絡み合い、どれかひとつだけの品質が高かったとしても到達できないクオリティの高みに達しており、それを紹介するためには、まずその事情を知ってもらう必要があったのです。
ここからはシリーズの愛称「さすおに」にちなんで、作曲、選曲、MAがどう「さすがだったのか」を4つのパートに分けて紹介していきます。本稿は来訪者編第1話から最終回第13話までにおける、印象的だったシーンや楽曲を取り上げながら、その音楽効果について述べていきます。話数に併記される再生時間については、dアニメストアでの再生時間に基づきます。アキバ総研のインタビューにて岩崎氏が言及されている部分も絡めながらの紹介となりますので、事前に読まれておくと、なお理解が深まることと思います。
1. さすがは謎BGMです
来訪者編第1話が放送された夜、Twitterでは数々の「謎BGM」というコメントが並びました。
実はこれ、来訪者編に限ってのことではなく2014年の第一期『魔法科高校の劣等生』においても定番だったコメントで、当時は”code break”という曲が劇中で使用された際に寄せられたものでした。”code break”はサンバのリズムやホイッスルのイントロに続いてEDM調のビートとヴォコーダーによるボーカルが流れ出すというもので、これは岩崎氏の作曲傾向をよく把握していると面白さのひとつに繋がるのですが、おおよそ「なぜかサンバとEDM」という印象に受け取られ「謎BGM」として定着しました。「この曲が流れたら魔法科」という象徴的な曲となったと考えられます。
話を来訪者編に戻すと、魔法科シリーズ鑑賞においてアニメ視聴中の実況で特徴的な音楽を見つけ出し、それを「謎BGM」として取り上げるのは一種の儀式となっていたのです。来訪者編第1話には都合よく、そんな曲が2曲ありました。
ひとつは第1話02:44〜03:17のクリスマスパーティのシーンで流れるクリスマスソング。スレイベルのシャンシャンとしたイントロに、ド定番のベルのメロディ。どうやら後日のツイートにて、アリモノではなく一点物だったことが分かりました。
なおこの曲は、第11話03:22〜03:59にて卒業式のBGMとしても使われており、クリスマス風イントロはカットされたものの、曲の大部分が充てられています。この回もTwitterでは「謎BGM」とのコメントが並びました。作曲したのは岩崎氏でありながらも、この卒業式のシーンでどんな選曲をするかは音響監督の仕事。その選曲の妙ともいえるシーンです。
謎BGMとしてもう一曲は、第1話10:23〜11:38にて流れるtr.2 ”mikamik amore”です。
アメリカから留学でやってきたリーナ、その実、軍最強クラスの魔法師であり軍人である側面を持ちながら、その正体を隠して留学生として魔法科高校に出入りする金髪の少女……そんなキャラクターのための曲です。しかし実際はとてもポンコツなキャラクターであり、そのポンコツさを音楽上ではTrapで表現されています。子供が歌うサンプリング素材をカットアップし並べたり、非常に細かいハイハットが左右にパンする中、とても間延びするシンセブラスのメロディが、そのポンコツさを強調しています。相撲太鼓的な和風な音色が使われているのは「留学で浅草や両国などの日本文化に親しんだ」という要素へのメタファーかと思われます。
また、本稿では割愛しますが、バレンタインデー用の楽曲”Fearful valentine”も非常にクセの強いものとなっており、この楽曲の制作についてはインタビューで述べられているので、ぜひ読んでみてください。
このように、岩崎氏の劇伴を隅から隅まで聴いていたら、ひとつひとつ「あれは何」と分かっていくのですが、アニメ単体を視聴している側からすると「クリスマスソングとレゲエ」とか「Trapなんだけどダメダメ感」といった複数の音楽要素による化学反応が「謎BGM」のように映るのです。これこそが魔法科シリーズの醍醐味でもあり、岩崎氏の作品を楽しむ上での定番要素となってきます。
2. さすがは徹底した画合わせです
魔法科シリーズといえば、魔法を使った敵との戦闘シーンも魅力のひとつです。
特に来訪者編では、アメリカからやってきた未知の存在・パラサイトと戦うというテーマがあり、これまでのシリーズに比べてシリアスなシーンやアクションシーンが豊富です。この節で取り上げるのは、サントラにてtr.12 ”Grab it”として収録されている曲です。
”Grab it”は来訪者編のアクションシーンで特に汎用的に使われた曲で、第3, 4, 5, 8, 10, 12話にて使用されました。そのため聴き覚えのある方も多い曲ではないかと思います。この再利用性はある意味「劇伴らしい」ものであり、一点物ではないように見えます。しかし、画に合わせるための曲作りと、曲を画に合わせ続けるというMAのこだわりによって、汎用曲でありながらそれぞれ毎回一点物として機能するという芸の細かさが成立しました。代表例として第3話、第4話でのMAを取り上げましょう。
第3話では09:24〜11:50にかけてこの曲が流れ、第4話ではアバンの00:00から01:20にかけて流れました。どちらも主人公サイドのキャラクターと、敵サイドのキャラクターが戦うシーンにて使われています。第3話では2分26秒間、第4話では1分20秒間と使用される時間が異なります。
さて、まずは”Grab it”がどういう曲なのか見ていきましょう。テンポは137、サントラ上では2分59秒の曲です。不穏な空気から始まり、グリッチノイズ、チェロのトレモロ、歪んだギターが細かく刻まれる緊迫感ある曲となっています。以下がこの曲の構成図です。画像中の上の数字は拍数で、その下の数字は経過時間です。
黄色の部分が不穏で静かなイントロまたは間奏、青は導入部分、緑は打楽器の消えたギター主体の部分、赤は連打されるスネアによる圧力の高まる部分、紫が総括です。次の画像では、第3話でこの曲のどの部分が使用されたかを示します。
白く塗りつぶした箇所がカットされた部分です。見てみると、原曲の大部分が使用されていることがわかります。
緑のセクションが6小節だったり、間奏の黄色のセクションが50拍という半端な数字(4小節×3+4分の2拍子1小節)になっているのは、第3話の映像に沿わせるためのように感じられます。おそらく楽曲制作時に、絵コンテなど映像の時間割が判別できる資料が既に存在したのではないかなと推測しています。クール序盤である1〜3話程度であれば音楽制作と並行してこういった資料が揃う場合もあるようです。
ここから分かることとして、汎用的に使われる可能性も含めてカット前提で長めに制作しつつ、特定の映像に緻密に合わせるといった作曲手法をとっているように見受けられます。ただ、ここですごいのは作曲だけに留まらず、MAの面でも芸が細かいところ。
例えば最初の赤の部分が再生される際、前半4小節はサントラ通りですが、後半4小節はステム利用となっています。ギターがすべてミュートになり、スネアを中心とした打楽器とエフェクト音のみになります。また、赤が明けたあとの青セクション(画像中1:07の箇所)でも5小節目〜8小節目はステム利用となっており、非常に細かいのですがユニゾンされているトレモロのチェロのみが残り、ギターはミュートとなっています。
もうひとつMAの妙が楽しめるのは第4話です。同様に使用された箇所を示します。
第3話とは大きく異なります。まずイントロがすべてカットされており、最初の青に入るアウフタクト(手前の部分)から開始しています。また、青の部分も最初4小節と最後1小節が使われ、緑に進みます。これらはすべて映像の展開と同期しています。
緑部分は面白く、第3話とサントラでは6小節のところが、第4話では8小節。つまり無い部分が足されています。音楽が原曲よりも伸ばされるというのは、無くはないですがアニメ1クールに1度あるかどうかくらいで、かなりこだわりを持っていると感じます。これが実際どういったデータで納品されたかは知る由もありませんが、サントラを正とするのであれば、足す編集がされていることになります。
そして、赤部分は前半2小節がカットされています。これによってサントラ版4小節目3, 4拍目のフックと、劇中で敵が投げる2本のナイフの動きが完全に同期しており、さらにそのパンの方向まで完全に一致しています。この点については岩崎氏もTwitterにて言及しています。
なお、第3話で一部ステムミュートがされていた箇所は第4話では全てフルで使用されています。第3話では大部分がカットだった2回目の赤セクションが、第4話では後ろ半分で採用されているという編集の違いにも注目です。2回目の赤セクションは、後半にギターのアドリブソロが加わるのですが、そこから2回目の黄色に抜けていく部分を、第4話では締めとして使っています。この黄色部分、第3話では間奏として扱われています。
このようにカット次第での曲の終わらせ方にバリエーションを持たせておくと、汎用曲でありながら、さも特注曲かのように聴かせることができます。どこでカットしても動きと同期するという作曲手法は、近年ではゲームのインタラクティブ・ミュージックにもよく見受けられ、アニメ劇伴でも今後さらに重視される要素ではないかなと感じます。
このように、間奏で勢いを一気に落とすことや、曲中に終わりともとれるブレイクを設けるのは、岩崎氏の劇伴では従来からよく見られる手法です。ちなみに筆者は、第3, 4話での”Grab it”のMA技術を受けて、今回の魔法科はとんでもない音響クオリティだと確信することとなりました。
3. さすがは濃い音色です
来訪者編の劇伴は、他の曲も逐一画合わせがされているため、それをひとつひとつを図解で紹介していくには時間が許さないのですが、画合わせされているのは当たり前として続いての紹介をしましょう。続いて紹介する曲はtr.1 “Vibrant”とtr.22 “Miyuki 2.0”です。
2曲とも起伏がしっかりとついており、それぞれの起伏について時間が余裕を持ってとられているため、音楽的必然性を維持しながらも劇伴としてのカットしやすさに重点が置かれているように感じます。これは前節で紹介した”Grab it”と同様の傾向です。特に第9, 10話では、全長3分28秒の”Vibrant”がどちらも2分強使用されていますが、どちらもカット傾向が違い、それぞれのシーンの展開と曲の展開がきっちりと一致するように割り当てられており、見応えがあります。
アニメ作品全体で同じ曲が2分以上流れ続けること自体がまあまあ珍しい方で、そもそも作曲家が2分以上の曲を制作しないと根本的にこうはならないため、岩崎氏が2007年のブログからこだわり続けている「1分半劇伴を作らない」というポリシーは、こういったところで輝くわけです。
”Vibrant”は第5, 7, 9, 10話で使用されました。サントラの顔である1曲目であることからも分かる通り、来訪者編で最も華やかな戦闘シーン用劇伴となっています。ヴォコーダーボイスのイントロから、分厚いベースリードのEDMトラック、Lotus Juice氏のクールなラップ、囁くようなボイスとベースのうねり、起伏が大きくつきながらも全体的にアゲアゲなトラックと仕上がっています。
第10話、06:45から流れ始める”Vibrant”は、08:11から2コーラス目に入ります。岩崎氏担当の数々の作品でも、1コーラスがほぼフルに使われて2コーラス目に差し掛かるケースは、なかなか珍しい方といえます。特筆すべきなのは2コーラス目のラップは、ステムによってミュートされている点。ここが魔法科シリーズ最大の特徴と重なるのですが、このシリーズはなんといっても戦闘中の達也の解説が魅力。激しいアクションが続く戦闘中であっても、達也が淡々と状況を解説し、相手の特性を分析し、自分の魔法について思考するのです。つまり”Vibrant”のようなアゲアゲなトラックが流れている戦闘中であっても、達也はお構いなしに語り始めるのです。さすがはお兄様です。
達也の語りの間はラップがミュートとなり、語りが終わると同時に曲が次のセクションに進み、Lotus Juice氏のラップが復活します。達也の語りの長さが”Vibrant”のほぼ8小節分で一致しているというのも、神懸かった計算を感じます。
もう一曲、“Miyuki 2.0”について。これは2014年の魔法科第一期で”Miyuki”という曲が存在しており、同曲のアレンジというわけではないですが、同じ系譜を継いだ曲調となっています。サウンドは、ヴォコーダーボイス、分厚いシンセベース、きらびやかなシンセアルペジオ、重厚なメタルギター、ノイジーなリード、デスボイス、Wobble baseといった仕上げ。ほぼ第4話専用に制作されたと思われ、第13話でも一部が使われています。妹・深雪の戦闘シーンの曲ですが、クールな女性ヴォコーダーボイスに反してメタル調Dub stepでかなりマッチョな音になっているのが、このキャラクターの性格や本質に迫っているというか「氷魔法の使い手である美少女」といった、表面的属性から抽出した要素だけで曲を構築していないことがよくわかります。
こちらの使われ方も魔法科シリーズらしさとして、キャラクターがほぼ身動きを取らずに、その場で魔法を発動し続けて戦うという場面に充てられています。過激なアクションよりは画面に広がる魔法のエフェクトや、その勢い、そしてキャラクターたちの独白を楽しむという、他作品の戦闘とは少し違う楽しみ方ができるのが特徴なのです。なので、骨太なデスメタルDub stepという曲調がキャラクターの動きと相性がいいのですね。
第4話10:18で戦闘相手のリーナがナイフを投げる瞬間とドラムのフィルインが完全に一致していたり、次の攻撃の発動とヴォコーダーボイスの発声タイミングが一致するなど、かなり緻密に画合わせがされています。また、深雪の独白シーンとリーナの独白シーンで鳴る音色の傾向に差が付けられていることから、この曲についても第4話の脚本の流れに合わせて「この辺は深雪、この辺はリーナ」と使われ方を意図して制作されている可能性が窺えます。
ここまでの2曲の特徴として、戦闘中でもよく喋る、戦闘中なのにアクションをしないという魔法科シリーズの傾向に沿った音作りがされているように聴こえます。アキバ総研のインタビューを引用すると、次のような発言がありました。
ひとつは音の派手さですね。どうやって自分の納得する派手さを出すかというのはずっと考えていたポイントで、それができるようになった感触がありました。
これは長年、岩崎氏が劇伴を担当したアニメを観てきた筆者としても「今回はいつもと違う」と感じた要素でした。音作りの傾向が従来と変えてきたような印象を受けています。それは、細かなアクションや映像の動きに逐一音を付けていったり、様々な音色を異なる音価で組み合わせて空間を作っていくような従来の岩崎氏の作品に比べて、今回は随分とシャープな音であるところから感じました。
”Vibrant”, “Miyuki 2.0”の特徴はイントロのヴォコーダーボイス。どちらも元サンプリングは別人なので仕上がりも異なりますが、一つのサンプリングをヴォコーダーに通して流すだけではなく、異なる音階で多重になっており、さらにリバースエフェクトやパンエフェクトが追加されています。曲が始まってからのシンセベースリードも”Vibrant”, “Miyuki 2.0”の2曲とも、とても分厚い、倍音が多く含まれつつも低域が痩せていない太い音が使われています。打楽器についても、2拍目のスネアと4拍目のスネア+クラップに変化が付けられていたり、出てくるスネア・サンプリングも1種類ではなく5種類ほどが曲の展開に応じて使い分けられていることだったり。ベースラインも、音価が32分音符レベルで細かく使い分けられていて、それが間延びしないシャープなグルーヴに繋がっていたり。とまあ、普通にアニメを観ていては、まず気付かないだろう細かいトラックメイクの技法が徹底的に施されているのです。ひとつの音色に込められた説得力が違います。
さて、これほどまでに1音色、1パートについての音作りが緻密であると何が起こるか。それは「音楽が場面を説明しすぎない」ことにあると筆者は考えています。音楽を豪華に魅せる手法として、音色を増やし、パートを増やすことで、アニメの画とセリフが説明しきれていない空間を音楽で埋めるということができます。
ところが、魔法科シリーズではそうしない方がむしろよい。お兄様は戦闘中ずっと喋っているし、魔法の発動音や衝撃音には音程感のある「音楽的な効果音」が割り当てられる。こういった魔法科シリーズ特有の音響特性の中で、音色豊かな楽曲はかえって相殺し合ってしまう。つまり相殺しない、かつリッチである音楽が求められ、それが来訪者編の劇伴では完璧なまでに提供されているのです。そしてその音楽は痩せた音ではなく「隙間は作ってあるけど鳴っている音は濃密」という状態を保っているのです。
実際にアニメのOAとサントラを聴き比べて分かる通り、OAで感じた印象と、サントラの印象が一致します。多くのケースでは、サントラを聴いて初めて「実はこんな音が鳴っていたのか」という感想を持つことが多いのですが、今作はOAで聴こえている音がその曲のすべてであり、そこに効果音やセリフが伴って来訪者編の音響が完成していることがわかります。少ないパート数のひとつひとつが濃密でセリフや効果音と絡み合うというのも、今作の特徴です。
4. さすがはお兄様専用曲です
最後のパートとなりました。ここで紹介する曲はtr.21 ”Tatsuya 2.0”とtr.16 ”The final hit”です。
来訪者編は第1話から第11話Aパートまでが原作小説の来訪者編のアニメ化、第11話Bパートから第13話までがアニメオリジナルの展開です。第10話、第13話にそれぞれの展開におけるクライマックスが用意されました。この話題についてもインタビューで触れられていますが、どうやら岩崎氏の厚意によって2回の異なるクライマックス用音楽が制作されたようです。この楽曲群も、これまでの例に漏れず徹底した画合わせがされているのですが、これまでと異なる点を紹介しましょう。
まずは最終回第13話用の”Tatsuya 2.0”について。シンセベースのアルペジオに重厚な金管のサウンド、シネマティックなホルンにヒロイックな弦楽器と、第一期や劇場版の流れを汲んだ「魔法科シリーズの王道」とも言える仕上がり。テロリストによって高層ビルが爆破され、そのビルの倒壊を達也が阻止する、というシーンで使われます。サントラでは3分53秒収録のうち、OAでは16:24〜18:46と2分22秒間たっぷりと使われています。
前半は、ビルが倒壊するという緊迫した状況の中、達也がそれを食い止めるための魔法発動の準備を進めるというシーンで流れます。音楽的にはト短調なのですが、より正確にはG Aeorian, G Dorian, G Mixolydianと、わずかながらその3度と6度の色彩をじわじわと変えつつ進みます。魔法発動の準備が進み、少しずつ晴れていく様子を感じます。もし音楽理論に詳しいファンがいらっしゃれば、この辺の旋律の色彩が変化していく様子と映像のスケールが広がる様子の同期を楽しむのも一興かと思います。
魔法発動の準備が整っていざ発動する箇所がこの曲の肝。第13話OA17:55、サントラ2:09からの展開です。そこまで4拍子だったところから6拍子(3拍子かもしれませんが、筆者には6拍子に聴こえました)の堂々たる展開となり、緊迫から成功を見守る心境へと進みます。この6拍子部分は、あとはもうビルの倒壊が防がれるのをただ見守るのみのシーンです。魔法科シリーズはお兄様の圧倒的すぎる能力で、すべての困難が解決するという「お約束」の展開が決まっています。そのため「成功するか失敗するか」というハラハラよりは、確実に成功するのは分かっているけどそれを見届ける、というところにカタルシスがあります。今回”Tatsuya 2.0”では6拍子進行になってから途中に一度、半音転調という技法を仕掛けてきます。高揚感の象徴、アニソンの王道中の王道というド定番な手法ですが「さすがはお兄様」の魔法の前では、あえてのド定番こそが安定感に繋がっていると感じます。
なお、劇伴で一度半音転調をしてしまうと戻るのが非常に大変ということであまり採用されないのですが、今回は用途が確実であるために、転調をしたまま曲の終わりを迎えることができています。こういったアニメ劇伴での転調技法と、そのカットのされかたにも注目ですね。
劇伴音楽の面からカタルシスを提供する一例としては、岩崎氏担当の『劇場版シティーハンター 新宿プライベート・アイズ』 (2019) での収録曲”7.6.5.4.3.2.1”が挙げられ、テレビシリーズや劇場版を数多く手がけられた岩崎氏の経験の奥深さが垣間見えます。
次が最後の紹介です。最後は”The final hit”、第10話使用曲であるこの曲が”Tatsuya 2.0”の紹介より後になったことには理由があります。
この曲は未知の存在・パラサイトの最終形態と戦って撃破するというクライマックスで使用されます。先のインタビューでも述べられたように、この曲は発注には含まれていなかったようで、OAではきちんと採用されていました。岩崎氏も思い残すことがないとのことで、喜ばしいことです。
この”The final hit”は第10話11:37〜16:16まで長時間に渡り流され続け、最終決戦を盛り上げます。パラサイトの不気味さ、精神的に追いやられた状況、対抗する魔法、そして撃破という様々なシーンの波に音楽が充てられます。フィナーレでは低音Cに対するトランペットAbの音が短6度的にも増5度的にも響くという、かなり刺激的な和音となっているのが特徴で、撃破の勢いはありつつも”Tatsuya 2.0”の爽快感とは別種の「異様さ」が音楽的に強調されています。
ところでこのシーン、よく覚えてからサントラを聴くとちょっと違うことに気付きます。実は、OA 13:39〜14:25までは”The final hit”ではなく”Tatsuya 2.0”の冒頭が選曲されています。さらに、達也が深雪に視覚能力を授ける場面ではサントラ3:01からの8小節が、弦のみをミュートしたステムとして使用されており、尺を倍に稼いでいます。つまり”The final hit”、”Tatsuya 2.0”、”The final hit”ステム、”The final hit”という順番で使用されているわけです。
ここがもう、選曲の真骨頂というか、最高のステム使用法とでもいうか……どれだけ凝った劇伴を制作しても、選曲する側にこだわり抜く精神がないとここまでできない芸当となるわけです。第10話はこれだけではなく”Vibrant”のカットのされ方も非常に芸が細かく、全体を通して劇伴音楽的に、とてつもなく完成度が高い回であったという事実を強調します。
魔法科高校の劣等生 来訪者編は制作者もさすがである
ここまで『魔法科高校の劣等生 来訪者編』が劇伴作曲、選曲、MAの観点でいかにさすがであるか、詳細に解説しました。今作品の芸術的価値の高さは、筆者が言語化しなければ細かすぎて伝わることはないと感じ、今回このように評論を述べるに至ったわけです。
もちろん、今作品以外がどうというわけではなく、それぞれの作品に、それぞれのこだわりが存在しています。劇伴やMAという観点でアニメを鑑賞することは、中々やらないことかもしれませんが、本稿を通じてこういった側面からもアニメ制作のこだわりを感じることができたならば幸いです。