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サウンドスケープと路上観察と

外で音に耳をすますと、様々な音が聞こえてくる
サウンドスケープ的にはそのまま音を楽しめば良いのかもしれないが、音楽の耳に囚われていると音楽的な聴き方をしようとする瞬間がある

車で信号右折待ち
ウィンカーのリズムに耳を傾けていると、前の車とその前の車のウィンカーが目に入る
音が聞こえてくるわけではないが同じようにリズムを刻んでいるように見える
それが微妙にズレてくる
ズレていくが、だんだんとまた合う
合ってはズレ、合ってはズレ、そうこうしているうちに車は進み出す

ハンガリーの作曲家・リゲティの「100台のメトロノームのためのポエム・サンフォニック」みたいで楽しい

こういう瞬間が何気ない日常の中にたくさんあり、耳をすまして歩くと楽しいものである
赤瀬川原平氏の路上観察のようで、ある意味では音楽の路上観察なのかもしれない

サウンドスケープや路上観察を知ると何気ない日常の世界が違って見える
ちょっとしたことに意識が向く

サウンドスケープとは「音風景」
路上観察は路上に現れる風景を観察するもの

二つに共通することは、何でもない日常の一部を切り取って芸術という概念に押し込んでしまうこと
ネガティブな意味ではなく、どんなものでも自分の心次第で何とでもとらえることができるということを教えてくれているように僕は思うのだ

日々、スマホの画面から流れてくる情報に閉ざされ気味だが、僕らの世界はささいなリアルで作られていることを改めて感じる

新しいプロジェクトの始まりにそんなことを考える
我々は当たり前の日常を当たり前に過ごしているからこそ、虚構を作ることができるのだ

音も同じ
さて、どんなことができようか

ポエム・サンフォニック貼っとこ


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