私が旅先で「紙」を持ち帰る理由:京都で見つけたノート屋さんとの再会
私は旅行に出かけると、行く先々で、パンフレットやリーフレット、チラシやポストカード、ショップカードなど、あらゆる「紙」を持ち帰る癖がある。
その時は内容もほとんど見ない。デザインがおしゃれだな思ったものや、写真やキーワードが気になったものを、ほとんど反射的に鞄に押し込むのだ。
部屋の片付けをしていたら、昨秋、京都に行ったときに立ち寄った"ノート屋"さん「lleno」のリーフレットが出てきた。
その時は、友達との待ち合わせ前で急いでいて、ちょっとお店を覗いただけ。
素敵なノートがたくさんあったけど、値段も高めで、ゆっくり見る時間もなかったので、何も買わずに入り口に置いてあったリーフレットだけ、いつものごとく鞄に突っ込んでお店を出たのだった。
こんなお店があったということも、このリーフレットを見つけるまでは忘れていた。
片付けのため、捨てようかどうしようかと改めて読み返すと、そのリーフレットには商品の説明だけでなく、
・「llenoからのご提案~想いの綴り方、伝え方~」(ノートにこんなことを書いてみてはというアイデア)
・社長さんが「ノート屋を始めたワケ」
が書いてあった。
この社長さんのノートに関する考えがなんとも素敵で、特にnoteの中の皆さんに伝えたいなと思ったので、部屋の片付けの手を止めてこの記事を書いている。
それはこんな内容。
ただ日々を綴るだけでも書き残した言葉がいつか誰かを励まし、支えになるのだと気付きました。
言葉で伝えることができれば手っ取り早いかもしれません。しかし多くの人にとって面と向かってその想いのすべてを言葉にするのは難しいことです。
また受け取る側にも時期があるのだと思います。若い頃には理解できなかったことが、ある年齢になって急に腑に落ちることがあります。
誰かのためでなくても自分の書いた言葉に自分が励まされる日があります。
僕は創業時、アイデアを一生懸命ノートに書いていました。それを見返すと20年前の若き日の自分がいます。人脈も経験も知識もお金もなかった僕はそれでも自分の未来をまっすぐに信じていました。そのことが今の僕を励ましてくれます。あれから20年が過ぎた今の僕が何を恐れることがあるだろうか、と。
今の悲しみや悔しさ、悩みや怒りさえもノートはそれを静かに受け止め、美しい思い出に変えてくれます。
ノートは特別な文具だと思います。
(lleno Web shop「創業の想い」より一部抜粋)
あのとき、とっさにリーフレットを持ち帰っていなかったら、出会えなかった言葉たち。
私の場合、旅先では目の前の景色や物、音や味など感覚で味わうことが先行する。
時間をおいて、改めて記憶をたどりながら持ち帰った「紙」たちを見返すことで気付くことがある。
たがら、私はついついかさばる「紙」を持ち帰ってしまうのだ。
最近、考えすぎてnoteへの投稿の手が止まりがちだったけど、気負いすぎずに気ままに綴る日もあってもよいのだろう。
このノート屋さんとの再会がそんなふうに思わせてくれた。