見えるけれど見えないようにしているけれど、それもまた、見えない。
町全体を見渡せる高台に、いつもズボンの上から股間を掻いているおじさんが立っていた。
通学中の子供も、通勤中の人も、みんな、おじさんのことは見えていたが、見えない振りをしていた。
勿論、子供達には股間おじさんとか、あだ名されていた。
少し、痛いことをして、自分を見えない振りをする人の前に、逆に目立つようにアピールする人。
嫌がらせにも似た心理。
関わったりしても、何も得をしないということは誰もが分かっていた。
おじさんは今日も高台に立ち、股間を掻いている。
とろんとした目つき、汚い恰好、どこに住んでるのか誰も分からない。
そんなある日、大地震が起き、そして、唐突な嵐と竜巻が襲う。
人々はパニック!
「逃げろ!」
「安全なところに避難するんだ!」
そんななか、豪風と暴雨のなか、あのおじさんは高台で股間を掻いていた。
「あんたも逃げろ!」
町人もさすがに無視できない。
でも、おじさんは股間を掻くのを止めない。
一人の勇気ある町人がおじさんへ駆け寄る。
「ここは危ない、逃げるんだ!」
「やめろ!」おじさんが叫んだ、「この日のために、俺はいたんだ」
「は?」
おじさんは、いつもより激しく股間を掻いた。
「ほれ見ろ!」
竜巻が激しく竜のように天に上り、そこから雲に穴があいた。
光が差し込む。
「一気に行くぞ!」
おじさんは、股間の右側を、見えないぐらいの速さで掻き始める。
「うぉぉぉぉぉっっ」
風がおじさんを襲う。が、
「鎮まれ!」
との叫びとともに、嵐が収まった。
「あ、あんたは何をしていたんだ……」と、晴れ渡った街並みに驚きながら町人が訊いた。
「俺はただ股間を掻いていただけさ」
そう言って、おじさんは立ち去っていった。
あの日から、おじさんを見かけたものは誰もいない。
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