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インドアカレー【短編小説】
電車が事故で止まってるらしい。
僕は帰るのを諦めて、なにかしら適当なものを食べて、ネットカフェにでも泊まってしまおうかと考えていた。
タクシー待ちの人の列。
改札に溜まる人混み。
とにかく駅から離れる。
しばらくすると、人の気配もなくなり、街灯の光すら弱い静かな道へと出た。
ふと、カレーの匂い。
少し先に、カレー屋の看板が見えた。
簡易的な看板。A4ぐらいの大きさで、丸文字の手書きで「インドアカレー」と書かれている。インドカレーと、インドアをかけたのかしら。
小さな店。
入り口のガラス扉から店内を覗くと、お客さんも見えなかった。
「……」
僕は、まあカレーでいいかなと、軽い気持ちで店に入る。
「いらっしゃいませ」
と、中年の女性店員が僕に声をかける。
「ん」
店内は1席。狭い。
外からはわからなかったけど、むちゃくちゃ狭い。
女性店員がドアを開け、看板をひっくり返す。
「1席埋まると、満席の札にするんです」
と、言った。
「はあ」
なんか、怖い。
けど、まあ、いいか。
「メニューは、インドアカレーだけになります。ナンかライスが選べます。トッピングで唐揚げをつけることができます」
メニューは、文庫サイズの紙をラミネート加工したものに手書きの丸文字でインドアカレー1000円。唐揚げ200円。ライスorナンと、書かれていた。
「インドアカレーは、インドカレーと違うのですか?」
「基本的には、インドカレーのつもりなのですが、インドアなわたしが、その日の気分で味に変化を加えているので、そこを考慮していただくために、インドアカレーと名付けました」
「ほう」
「売り切ったら、そのカレーは幻になります」
「なるほど」
なんか、変わった店らしい。
けど、別に悪い気はしない。
静かな店も、狭い場所も好き。
「では、ナンにして、唐揚げつきで」
「かしこまりました」
中年の女性店員が厨房へと引っ込んだ。
趣味で始めたお店なのかしら。
売上とか、効率とか、あまり関係なさそう。
店内は木目調の壁紙を貼り付けている感じで、灯りはオレンジ色の関節照明。
オルゴール調の音楽が流れている。
居心地の良いトイレみたい。
カレーが運ばれてきた。
お皿からはみ出した大きなナンに、小皿にカレーと唐揚げ。シンプル。
ナンをカレーにつけて口に入れる。
それほど辛くない。けれどスパイスは効いてて、美味しい。
「……」
ふと、小さい頃、子供キャンプで作ったカレーのことが頭を過る。
味は全く似ていない。というか、そのときの味は覚えてなかったが、それを食べていたときのことが鮮明に蘇る。また、母親が作ったカレー、給食のカレー、新宿のレストラン、一人で作ったカレー、友達の家のカレーと、今まで食べてきたカレーの記憶が頭をかけ巡る。
「……」
記憶は曖昧で、今にしたら実際にあったことかどうかすら、整理もつかない。
人生の中で、僕はこんなにもカレーを食べ、またその周辺の記憶では、何気ない日常と、ささやかな喜びが、味と一緒に結びついている。
幸せだ。
帰り際、お金を払いながら、
「美味しかったです。なんか、色々なカレーを思い出しました」
「ありがとうございます。カレーには沢山のスパイスが混じり合ってますから」
「また来ます」
「次はまた別のカレーになってますから、ぜひ」
幻のカレー。
女性店員の声が浅香唯に似ていた。
記憶が活性化されてる。
カレーと人生の記憶。
色々あったけれど、カレーを食べているときはいつも幸せな気がする。
駅に戻ると電車は運行を始め、僕は家へ帰るために電車に乗った。
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