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T.T 1話-7「看護師さん緊急募集中!^-^」

野勢診療所 午後

四万十バーガーの数は十分にあったし、結局つる先生は食べなかったので、代わりと言ってはなんだが千尋は三つも食べた。

食後、千尋が澄江さん、直美さんとおしゃべりをしていたらつる先生が話し始めた。
「みんなごめんなさい。ちょっと僕ら話があるんで……」
そう言って詩織先生と貴子さんと三人で診察室に入って行った。

その意味が分からず千尋が ボー っと三人の後ろ姿を目で追っていたら、澄江さんが「こっちへ……」と言う感じで千尋の袖を引っ張った。


そういえば私の財布、どこへ行っちゃったんだろう。

千尋は、昨晩先生が眠ったであろう時刻になってコッソリと起き出し、朔日庵の中でそれらしい場所を色々探したが見つからなかった。
最初、先生の白いワンボックスの中かと思ったが、今朝診療所に来るときに確認したので違う。
あとは弁当屋もしくはバス停?
それとも誰かに盗まれたのか?
もしかして私を引き止めるためにつる先生が隠した?
いや流石に聖職者である医師がそんなことをするわけがないか……。
じゃあ仲良し三人娘かあの男の子? 
いやまさか うーん。


突然診察室の扉が開いてつる先生、詩織先生、貴子さんが出てきた。

「皆さん。本日、田辺 貴子さんの最終出勤日ということでご挨拶を…… タカさん どうぞ!」
「えっえっえっ ちょっと待ってください。引き継ぎはコレだけですか? ってほとんど引き継ぎもやってませんし。 いやいやいや、つる先生言ったじゃないですか引き継ぎは今日一日って、それでも短すぎるんだけど、コレじゃあ半日になっちゃうじゃないですか?」
千尋がそう言うと、貴子さんが困った顔をした。
「千尋さん。ごめんなさいね。千尋さんには感謝しても仕切れん。げにありがとう」

「いえ 貴子さんが謝る話でもなくって……」

「千尋さん、私からもごめんなさい」
そう言ったのは詩織先生だった。
「もう あまり時間が無いのよ」
「……」

その後、貴子さんの挨拶があったが、あんまり耳に入ってこなかったし、千尋には何も言えなかった。

今朝、嗅いだ匂いの意味がようやく分かったから……。


「みなさん、今お湯を沸かしゆーきお茶でも飲みましょう」
「そうね。さっき塩けんぴも買ってきたから、みんなで食べましょう」

そう言って、つる先生が給湯室へ行ってお茶を入れ戻ってきた。
お盆には白い茶碗が六つ、綺麗な緑色のお茶が入れられていた。
「綺麗な色!」
「これ四万十町で獲れたお茶なんです。昨日いただいて来たばかりの新茶です」

そう言えば四万十川沿いの山の斜面に美しい新緑色の茶畑があった。
まるであの綺麗な新緑をそのままこの茶碗に映し取ったようだ。
そう思いながら千尋はその美しいお茶を口に含んだ。

濃厚だけど爽やかさを感じる。渋みもしっかりとあるがそれより旨味の方が強いようだ。千尋の頭の中には、まるで茶畑の新芽そのものを楽しんでいるようなイメージが湧き上がってくる。

「美味しい」

「緑茶はカテキンが豊富で、本当は夏に摘む二番茶・三番茶の方がカテキンが多いそうやけんど、折角出来たてホヤホヤの新茶が手に入ったき、今日はそれをみんなあに味おうて欲しゅうて」

「つる先生、ありがとうございます」
「あと、これ恥ずかしいけど僕が撮った写真です」
そう言ってつる先生は額に入った白い花の写真を貴子さんに渡した。

千尋はその花を見た覚えがあるなとは思ったが、詳しくないので良くはわからなかった。

「僕ら、貴子さんがおらん間もちゃんと診療所を守って行くき……」
「はい。 頼むね。つる先生」

そう言って貴子さんは笑った。
つる先生も笑っていた。
でもただ一人、詩織先生だけが少し難しそうな顔をしていたように千尋は感じていた。


みんなでお茶を楽しんだ後、詩織先生は貴子さんを車に乗せてそのまま診療所を後にした。
二人の行き先を何となく想像できた千尋だったが、それをつる先生に聞く勇気はなかった。

(つづく)


1話-7「看護師さん緊急募集中!^-^」
『T.T (ティー.ティー)』© 2025 Hayase Yoshio


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