ファイナンシャル・インディペンデンス
先日のメルマガ対談、ゲストの「エノテカ オルチャ」のオーナーシェフ富田泰正さんから、「ファイナンシャル・インディペンデンス」というキーワードが出ました。
「このぐらいあれば、もうお金のことであくせくしたり不安になったりしない、そのぐらいの資産を築き上げた状態ですね。だから、仕事をしながら自分もそういう状態になれればいいなという意識は常に持っていました」(富田さん)
じつは最近流行の「FIRE」は「Financial Independence, Retire Early」の略。FI=ファイナンシャル・インディペンデンス、RE=リタイアメント・アーリーです。
とても幸せに日々を過ごされているように思えた富田さん。お金のことにあくせくしない暮らしは誰もが憧れる状態です(詳しく過去メルマガをご覧ください)。
では、どうすればファイナンシャル・インディペンデンスを実現し、リタイアメント・アーリーで穏やかな暮らしを実現することができるのでしょうか。 今回はまさにこれからキャリアを築き上げ、資産を形成していく年代にいる若手FPの松本さんが、経験豊富な小屋さんと寺島さんとともにファイナンシャル・インディペンデンスの作り方と流行のFIREについて考えました。
●支出切り詰め型の「ギリギリFIRE」は、ファイナンシャル・インディペンデンスを実現している?
松本:最近は20代や30代から「FIRE」を目指しながら働いています…という人が増えているようです。以前は経済的自立と早期退職と言うと、まさに富田さんのように50代、60代で十分なキャリアを築いた人が早めに退職し、豊かに好きなことをして暮らしていくイメージだったと思います。最近のFIREブームについて小屋さん、寺島さんはどう見ていますか?
寺島:この間、NHKの「ねほりんぱほりん」という番組で「ギリギリFIRE」の特集があったんですよ(初回放送日:2022年10月14日)。登場したのは2人で、1人が3000万円の金融資産でFIREした30代後半の男性、もう1人が900万円の金融資産で会社を辞めた20代後半の男性。それぞれ、そこから3%の配当や株主優待を当てに、衣食住の支出を切り詰めて働かないで生きていく姿が描かれていたんですね。
まさにタイトル通り「ギリギリ」の節約生活で、土手に生えている野草を鍋に入れて食べるシーンもあったりして、完全な支出切り詰め型生活。でも、たしかにリタイアメント・アーリーで、働かずに予算内で暮らすという意味ではファイナンシャル・インディペンデンスなんですよね。
じゃあ、この形のFIREに憧れますか?と言うと、どうですか?
松本:極端な例ですけど、「働きたくない!」「やりたくないことは絶対にしたくない!」が最大目標なら、ありかもしれないですね。ただ、個人的には逆にお金に縛られている状態にも感じます。
寺島:日々の人付き合いはもちろん、結婚、子どもを持つなど、人生のイベント事のすべてに金銭的な制約がつきまとうことになります。だから、ギリギリFIREの場合、人生のボラティリティがなくなる可能性が高いと思うんですよね。そう考えると、お金に思考が縛られた状態でずっと生きてくことになるので、インディペンデンスな人生なのかどうか。「働きたくない」が目標のFIREが幸せなのかは考えてしまいますよね。
※編集部注:ボラティリティ(Volatility)とは、証券用語で株価や為替などの金融資産の価格変動率の大きさのこと。ここでは変化を指している。
小屋:マネーライフプランニングでコンサルティングをするときには、必ず「人的資本」の話をします。FIREを考えるとき、人的資本がしっかりと構築できている人は、仮に資産の計画が崩れても困らないんですよね。1億円の
金融資産を作ってFIREをして、仮にそれがなくなったとしても、「自分の能力ならもう一度稼げる」と自信を持てれば、不安はありません。つまり、いつでも自分でFIREを卒業できるわけです。
僕はこの状態が、本当の意味でのファイナンシャル・インディペンデンスだと思うんですよね。いくら貯めたではなく、何歳だとしても作った資産の築き方に再現性があれば、経済的に自立していると言えます。
松本:実際、富田さんは外資系IT企業でのキャリアがあって、人的資本も金融資本も充実されていましたし、たしかに納得ではあるんですけど……。たとえば、僕と同世代で30歳・年収400万円のサラリーマンからすると、小屋さんの言うファイナンシャル・インディペンデンスは遠いなぁという気もします。ゴールが見えないというか、何から始めたら、現実的なFIREにたどり着くのかな……と。
寺島:やっぱりギリギリFIREをするほどの割り切りがなければ、ベースとなる人的資本、金融資本も必要になりますよね。ただ、ファイナンシャル・インディペンデンスは特別な人だけが実現できるわけではなくて、20代、30代から準備していけば実現できる状態だと思います。具体例として、僕のお客さんにこんな方がいます。
技術がある40代のマネジメント職のエンジニアの方で、家族で佐渡島に住んで、民宿をやっている。
松本:民宿ですか?
寺島:僕が彼に出会ったのは4、5年前、お金の運用の相談を受けた当時はサラリーマンでした。今の会社が辛くて辞めたい。奥さんも市役所で働いていたんですが、人間関係がイヤで辞めたい、と。都会で働き、しんどいけど、子どもがいるし、動けない。そんな状態だったんですね。でも、旦那さんは2年後に独立。社外に出ても評価される技術があったので、リモートで働き始めたら年収が上がり、今は都会の人のための故郷になるというコンセプトで民宿を始めるために家族で故郷の佐渡島に移住しています。リタイアメント・アーリーではないけれど、人生の満足度はあがり、経済的に自立して、自由に暮らしているんですね。
ポイントは、働き方を変えても同じように稼げるポータル(持ち運び可能な)な人的資本があり、家族で動けるだけの蓄えもあったこと。それはやっぱり20代、30代で積み上げた基盤なんですよね。
●20代、30代からファイナンシャル・インディペンデンスを目指すための具体的な3つのステップ
小屋:生活コストが低く、支出が抑えられる地方へ行くというのは、ファイナンシャル・インディペンデンスを実現する上で大きな要素です。とはいえ、先ほどのギリギリFIREではないですが、若い人が年収200万、300万円という稼ぐ力が弱い状態で地方でのFIREを目指すのは破綻するリスクが高い。
年収1000万、2000万とは言わないですが、20代、30代のうちに年間400万~500万円は作り出せる人的資本を養うこと。それがファイナンシャル・インディペンデンスにつながるステップの1つだと思います。
寺島:稼げるスキルを磨く一方で、FPの立場からアドバイスしたいのは家計のバランスシートの管理です。簡単に言うと、支出を抑えた家計にしていくこと。シンプルな話ですが、入ってくるお金よりも出ていくお金を少なくすれば、自然とお金は貯まりますから。
カツカツになるまで節約するという意味ではなく、ライフイベントごとの支出の計画を立てて準備する意識があるだけで10年後、20年後の資産の状況は変わってきます。
小屋:また、家計の固定費と変動費についてもチェックして、無駄な支出を抑えること。管理がうまくいっている家計は資産が増えやすいですし、うまくいっていない家計は収入が増えるのに合わせて支出も増える傾向があります。こうした家計のコントロールが2つ目のステップだとすると、3つ目は資産運用の経験を積むことです。
松本:運用の経験ですか?
小屋:たとえば、株式投資で運用すると、年間5~10%で回ります。仮に退職金も合わせて60歳で1億円の資産があるとして、5%でも年間500万円のリターンがあります。支出を500万円に抑えればこの1億円は減らないですよね。でも、僕のクライアントさんでもっと多くの資産を持っている方でも将来のお金については「不安」だと言います。何が不安かと言えば、運用の確かさに実感が持てないから。
つまり、運用の経験を積んでいないと資産額が多くても不安は消えないわけです。
寺島:たしかに、自分で作った資産が運用によって増えていく経験は、ファイナンシャル・インディペンデンスな状態に欠かせないですよね。
小屋:サラリーマンとして働き詰めできて、退職金でぽんと大きな額をもらいました、ここからFIREを考えます……では、その額が潤沢だったとしても自分で貯め、運用して増えたお金ではないから自信が持てないと思うんですね。だから、松本さんみたいな若い人たちが支出を抑えて作った貯金で、20代、30代から積み立て投資をやっていくことには大きな意味があります。
松本:ここまでをまとめると、30代のサラリーマンが将来ファイナンシャル・インディペンデンスを実現し、リタイアメント・アーリーを目指すなら、まず人的資本を高める努力をしつつ、支出を抑える方向で家計を管理すること。そして貯めたお金を運用して、長期的に見ると「運用したら増えていく」という経験を積むことですね。
寺島:シンプルに言うと、その3つのステップになりますね。30代で始めたとしたら、15年後の40代半ばくらいには「お金のことであくせくしたり不安になったりしない」ファイナンシャル・インディペンデンスの感覚に近づけていると思います。
小屋:この3つの中だと、運用の効果に確信を持つことが一番難易度として高いのかな。
寺島:難易度というか時間ですよね。経験を積むのに時間がかかる分、若いうちからスタートしたい。
小屋:そうですね。あとは市場全体が下がるような波を一波、二波経験しておきたい。そうすると、長期的に市場は成長し、運用の効果は時間とともに発揮されることに対して確信に近いものを持てるようになると思います。
●ファイナンシャル・インディペンデンスは1つの通過点。人生のゴールはその先に
寺島:また富田さんの話に少し戻ると、一番素敵だなと思ったのは、本人がフットワーク軽く、自分でアクションを起こしていることでした。ファイナンシャル・インディペンデンスとリタイアメント・アーリーを実現した後、やりたいことを自分で選び取って50代後半でイタリアにシェフ修行へ行き、自分のお店をオープンする……だから、ファイナンシャル・インディペンデンスは通過点であって、人生のゴールではないんですよね。
松本:経済的な自立を手にした後、どうしたいのか。じつはそれが一番大事な気
がします。
小屋:それは長年携わってきた1つの仕事をリタイアメント・アーリーした後、どうしたいのか?という話でもありますね。僕が20代のときにロバート・キヨサキさんの「金持ち父さんと貧乏父さん」を読んで、初めてファイナンシャル・インディペンデンスという言葉を知ったときに思い描いたのは「自分のやりたい仕事を自分で選択的にやれる自由な状態」というイメージでした。やりたくない仕事をお金のためにやらなくていい。そういう意味で、お金から自由になりたいと思ったんですよね。
寺島:FIRE後はずっと自分の自由な時間……は理想的なようでいて、結局、途中で飽きてしまうと思うんですよね。特に支出を制約される自由の場合、お金のかからない趣味を楽しみ続けられる才能が必要そう。
松本:僕はまだリタイアのイメージを具体的に持てないですけど、やっぱり社会とのつながりは持ちたいと思うでしょうし、何かしら仕事をして、地域や人と関わろう、役立とうとする気がします。その「やりたいこと」がないと、FIREを達成してあまり意味がないんじゃないかなとも思えてきました。
寺島:いくらお金を貯めても不安で「もっともっと」と貯めても、「もうこの仕事がイヤだから離れたい」とギリギリFIREを目指しても、その先に本人のゴールがない状態が続いてしまうと結局、自由にはなれないんですよね。
小屋:自分の主義主張とは違うことをやらされる仕事、お金と時間を交換する仕事から自由になるための手段の1つがファイナンシャル・インディペンデンスの実現だとすると、それはお金持ちだけが達成できるものというわけではありません。たとえば、年金を月に25万円もらっていて支出はそれ以下、という人は、ある意味ファイナンシャル・インディペンデンスを達成できているわけです。そう考えると、重要なのは、その先をどう過ごしていくと本人が、家族が幸せを感じられるのか。そこをしっかり考えながら、20代、30代からステップを踏んでいこうというのが、最終的なアドバイスになるのだと思います。
松本:今日はあらためて、自分にとって幸せと感じられる生き方とはどういうものなのか?を考えるのが大事なんだなと気づきました。それが取り崩し前提のFIREや、ファイナンシャル・インディペンデンスに欠けがちな視点なのかもしれませんね。
株式会社マネーライフプランニング
代表取締役 小屋 洋一
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