三冠王落合博満をデートに利用した話

学生時代、平和台球場の近くの西公園に住んでいた。ナイターの時は、アパートのカーテンのない窓が明々と輝き、応援や鳴り物が聞こえてきた。

野球観戦のきっかけは、ロッテ時代の落合博満だ。その頃、落合の3度目の三冠王が話題になっていて、達成すれば王とバースを抜いて史上初の大快挙ということだった。

そこで思いついたのが、先日映画館でナンパしたイラストレーター女子だ。電話をかけて野球観戦のことは伏せたまま、彼女の仕事帰りに会うことで話はついた。その夜は「ロッテオリオンズvs南海ホークス」、落合博満をデートに利用しようとしたわけだ。

天神での待ち合わせに、彼女は大きなトートバッグ、黒のポロシャツ、ホワイトジーンズにスニーカーの姿で現れた。

「イラストレーターっていうよりスポーツ用品店のスタッフみたいやね」と言うと、彼女は「あのね、イラスト描くんって、スポーツと同じなんよ」とこともなげに返したが、足先に向かってキュッと引き締まった長い脚だから説得力があった。

舞鶴方面へ歩きながら、彼女は「えっ!これからナイターに行くん!? やったあ!!」と大はしゃぎ。聞けば、西武ライオンズの秋山幸二と同郷らしく大ファンとのこと。だから西武戦は欠かさず観ているとのこと。

なんだ私よりも野球通なんだな。

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内野席のチケットは完売で外野席を買った。まわりの野球ファンの話では、いつもはガラガラの内野席がこんなに埋まるのは珍しく、やはり落合効果ということだった。外野スタンドの年季の入った木製の長椅子に座り、初夏の生暖かい夜風にビールを飲みながらくつろいだ。

私はナイター初経験だった。いささか興奮していたと思う。照明に強く照らされた芝生のグラウンドは、あの世で見るような綺麗な光景だった。その照り返しで彼女の首もとの細いネックレスが汗ばむ肌に艶かしい。

肝心の落合博満だが、打席に立つだけで大歓声。トレードマークといわれる神主(かんぬし)打法の構えをすると、球場全体が期待と興奮でどよめいた。でも相手バッテリーは敬遠を選んだ。球場のあちこちから怒声が響いた。

この夜、落合はホームランこそなかったが、ヒットを2本打った。落合はスターのような華やかさはなかったが、どっしりとしたそれでいて淡々とした存在感があった。

さて、目論見通り、彼女とはこの夜を境につきあうことになった。彼女が言うには、私が持参したリンゴを果物ナイフでむいてあげたこと&持参したバナナの皮も丁寧にむいてあげたことが可笑しくて気に入ったそうだ。
そこかよ。


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