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タータンチェックのスリッパ(『天国へ届け、この歌を』より)
「お父さん、ただいま」
声には出さないけれど、いつもそんな気持ちでインターフォンを押す。
「誰かと一緒に住んでいるの?」
オトーサン、黙っていてね。オトーサンが初めてワタシの部屋に入るオトコの人なのだから。本当は、お父さんとこんな場面を迎えたかった。それはかなわないからオトーサンでも。今は幸せ。
「一人暮らしです。ドアフォーンを鳴らすのは、オマジナイみたいなものです。ドロボウが入っていれば、気がついて逃げてくれるし、悪い人がつけてきても、中にだれかいるのかと思ってケイエンすると思って。オマジナイみたいなものです」
実は、オトーサンに似合いそうな柄のスリッパを買って準備していました。
玄関に入ったとたん、お父さんのニオイがよみがえってきた。あれほど嫌っていたニオイが、今なつかしく思う。オトーサンのニオイに満たされて、私は幸福を感じる。
「ピンポーン」
軽やかなインターフォンのベルが鳴った。香田さんは、一番奥の部屋のインターフォンのベルを鳴らしたのだ。
「誰かと一緒に住んでいるの?」
思わず聞いてしまった。
彼女は、人差し指を口元に立てて、声を出さないでほしい合図をした。「なんだ一人暮らしじゃないんだ」期待外れの部分もあるが、なぜかほっとした。
香田さんは、徐にキーを差し込んで、ドアを開けた。
暗闇の中に突き落とされたように中に入る。
入ると、カンナの部屋と同じ匂いがした。明かりがつくと同時に香田さんの表情も、表情も明るくなった。
「一人暮らしです。ドアフォーンを鳴らすのは、おまじないみたいなものです。泥棒が入っていれば、気が付いて逃げてくれるし、悪い人がつけてきても、中に誰かいるのかと思って敬遠すると思って。おまじないみたいなものです」
真新しいブルーを基調としたタータンチェックの紳士物のスリッパがきちっと並べてあって、私は歓迎されている来訪者なのだと実感した。
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![大河内健志](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/27400490/profile_1bebda7d579530b3683516761469cf22.jpg?width=600&crop=1:1,smart)