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短編小説「行く当てのない旅に出てしまったボク」

耳鳴りがするほどの静寂。

何も聞こえない。

吸い込まれるような暗闇。

もう何も見えない。

急に身体が軽くなって、すっと浮き上がった。

ヘリウムガスが少し抜けた風船のように、戸惑いながら上ってゆく。

漆黒の海の中を彷徨う。

流されているのか。

周りが流れているのかわからない。

「何処に行ってしまうのだろうか」

考えているボクがいる。

記憶のかけらが、真っ暗なスクリーンの中から映像を浮かび上がらせる。

ホームに無造作に転がっているボクのスニーカー。

「片方は何処に行ったのだろうか」

探しているボクがいる。

「もう終わった、どうでもいい」

と開き直るもう一人のボクがいる。

「何処に行ってしまうのだろうか」

考えているボクがいる。

耳鳴りがするほどの静寂。

何も聞こえない。

吸い込まれるような暗闇。

もう何も見えない。

記憶のかけらが、また一つ映像を浮かび上がらせる。

トングでつまんでゴミ袋に入れられた血まみれでボロボロになったボクのお気に入りだったTシャツ。

「カラダは何処に行ってしまったのだろうか」

探しているボクがいる。

「もう終わった、どうでもいい」

と開き直るもうひとりのボクがいる。

「それを望んでいたんだろ?」

もうひとりのボクが質問してくる。

答えようとするが、言葉が浮かばない。

耳鳴りがするほどの静寂。

何も聞こえない。

吸い込まれるような暗闇。

もう何も見えない。

ああ、何も考えられない。

何も感じない。

何も思わない。

何も、何も、何も。何もない。

ただ漆黒の海の中を彷徨っている。

やがてもうひとりのボクの声も聞こえなくなってしまった。

耳鳴りがするほどの静寂。

何も聞こえない。

吸い込まれるような暗闇。

もう何も見えない。

遠くで若い女性の引き裂くような叫び声が聞こえたような気がした。

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大河内健志
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