『スカイフック』第14話 この国に未来はない
校庭で国武中将が式台に上がって挨拶をされるのを想定して、左手側に撃墜した機体の残骸を並べることにした。
機首の部分は、横倒しではしまりが悪いので、それを立てることにした。
何本もの縄を使って、棟上げ式のようになった。
起こしてみると、見上げるような大きな鳥かごのような祠が出来上がった。
しかし、機体に書かれた半裸の女性の絵があまりにも不謹慎なので、また皆で力を合わせて半回転して、裏側にして見えないようにした。
それでも、兵隊たちは、にやにや笑いながら裏側に回ってその絵を見に来るものだから、最後には墨で塗りつぶして見えなくしてしまった。
誰かが大きなしめ縄を持ってきて巻き付けた。
見栄えのする祠が出来上がった。
そして、その傍らに、2名の敵兵の遺体を後ろ手に括り立てた板を背にして座らせた。
それは、日本軍が銃殺刑にするやり方と全く一緒だった。
唯一の違いは、顔に黒い布を被せるか被せないかの違いだった。彼らは、被せられなかった。晒し者にされたのである。それでも、何とか見栄えのする展示物が出来上がった。
暫くすると、高級将校専用車が校庭に滑り込んできた。後に続いて続々と車両が入ってきた。中には、荷台に何故はいくつもの四斗樽が積み込んである車両もあった。
実は、国武中将一行は、ここに来る前に鶴舞高射砲分隊に立ち寄っていたのだった。ここで皆のものを集めて激を飛ばした。
「諸君、今回は夜間の攻撃にも関わらず、見事敵大型戦略爆撃機を撃墜出来たということは、実にお見事だ。日頃の訓練の賜物である。諸君の功績によって、国の宝である軍需工場、その他の施設が救われた。この功績は大きい。大いに賞賛すべきことだと思う。この度の米田兵曹長のたった一発の砲撃が、何故敵機に命中させることが出来たか、分かるか?私には、分かる。彼は全身全霊最後の一発に命を懸けて集中したからである。彼は、最後の敵機に真っ向勝負を掛けたのです。彼は、決して諦めなかった。絶対に当てるぞとの強い信念を持って発射した。だから当てることが出来た。ただそれだけです。敵を倒すという信念だけを貫けば、何事もできるのです。そのためには、日々の血のにじむような鍛錬が必要です。諸君も、これまで以上に精進し、国防の一役を担うようお願いする」
そもそも階級も間違っているし、話している内容はすべて間違っている。米田上等兵は嘆いた。全てが間違った方向に進んでいると思った。
加藤分隊長も、国武中将の言葉を苦々しく聞いていた。何か誤解をされているようだ。米田上等兵と共同で作成した昨夜の砲撃の報告書を読んでいただいて、正しく理解して頂いて、今後の高射砲の射撃のマニュアルに役立ててもらおうとしていた。
国武中将らは、挨拶だけ済ますと、そそくさと車に乗り込もうとした。何やら、先を急いでいるように見えた。慌てて、加藤分隊長は、国武中将に声を掛けた。
「国武中将、本日はお越しいただきまして、誠にありがとうございます。ここに、先般の米田上等兵の撃墜しました際の砲撃方法と今後の高射砲防衛策をここに報告書としてまとめました。一読して頂けませんでしょうか」
国武中将は呼び止められて振り返った。その顔は明らかに不機嫌そうだった。そして、加藤分隊長から手渡された報告書を手に取って読みだした。最初の二、三頁だけは、目を通したが、後はただページをパラパラとめくるだけだった。最後のページをめくり終わると国武中将は、その報告書の厚みを見て、増々渋い顔になった。そして、視線を加藤分隊長の顔を睨めつけるように見て、視線を彼の肩に付けてある階級章に落とした。
「加藤中尉、出身は?」
「帝大、理工学部です」
「道理でそんなことだと思った。出身はと、聞かれたら普通は、陸大何期までと言わないでも、士官学校何期と答えるのだ。それ以外は、答えなくてもいい。だから、こんな下らん報告書しか書けんのだ。先程の話を聞かなかったのか?こんなもの書く暇があったら、訓練にいそしめ。それ以外必要なし」
報告書を手ではたいて、投げ返えされた。
国武中将らは、すぐさま車に乗り込んだ。そして、砂埃を立てながら走り去った。加藤分隊長は、その場に立ち尽くしたままで呆然としていた。
加藤は、砂埃のせいか鼻の奥が乾いて、つんと突き上げる感じがしていた。全身の力が抜けたようだった。
この国の未来は、ないなと思った。
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