短編小説『いのちの交差点』
お葬式の最中に私は、崩れ落ちそうになっていました。
ずっと泣いていました。
「最後のお別れになります。皆さま、ご霊前にお花を添えられまして、お別れのご挨拶をお願いします」
私は立てませんでした。
貴島さんの亡骸にご挨拶をしたかったけど、身体中の力が抜けてしまって立てませんでした。
そんな私を娘のカンナさんが、見つけてくれました。
お父さんのお葬式の時のお姉ちゃんのように、抱きかかえて、棺の前まで連れてきてもらいました。
祭壇に飾られてある白い菊を一輪抜きました。
お父さんの時と同じ、鼻の奥に悲しみが突き抜けるような香りがしました。
花弁が落ちそうになるくらいに白い菊が揺れています。
涙の向こう側に貴島さんの顔が見えました。菊の花を貴島さんの顔の近くにもって行きました。
花弁が貴島さんの頬を細かくたたきます。
それでも目を閉じたままの貴島さん。瞼一つも動かしません。止まったままの貴島さん。
外すことのない仮面を被ったままの貴島さん。
貴島さんは、何処に行ってしまったの?
オトーサンはいなくなったの?
そして、私のお父さんの思い出はどうしたら良いの?
過去が、過去がなくなってしまう。
過去がなくなってしまうと、未来に生きることが出来なくなってしまう。
私は私でなくなる。
「オトーサン、お父さん」
私は、声の限りに叫びました。
それでも、貴島さんのつけている仮面は、ピクリとも動きません。
泣きました。大声で泣きました。
棺にとりすがって、泣き崩れました。
涙が頬を伝って流れ落ちます。
棺に手を掛けている手に熱いものを感じました。
いつの間にか私の右手は、誰かにしっかりと握りしめられています。
貴島さんの奥様でした。奥様は私の右手をしっかりと包み込んで握りしめています。
その甲の上に、奥様の流された涙のしずくが、とめどもなく流れています。
ふと、やさしかった頃のお母さんの姿を思い出しました。
思わず大声で叫びました。
「お母さん」
それからは、何も覚えていません。
気が付くとあのホームに立っていました。
もうこれ以上生きていられないと思っていました。
何のためらいもなしに、滑り込むようにホームを通過する特急電車に飛び込もうとしていました。
迫ってくる特急電車の鼓動が高鳴り、あと三歩だけ踏み込めばよいだけでした。
「忘れ物ですよ」
突然、貴島さんの声がしました。
背中に貴島さんの気配を感じました。
後ろを振り返りました。
何もありません。誰もいません。
その瞬間、突風にあおられました。
宙に浮きました。
私の身体は、吸い込まれるようにチャコールグレーの制服の胸元に抱え込まれました。
目の前に「池田」と書かれた名札がありました。
私は、池田と言う駅員さんに助けられたのです。
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