絶滅危惧種「火道具」を救えるか──香道具ファンドの一年間を振り返る
こんにちは、京都より200年の系譜をもつ香木・香道具店 「麻布 香雅堂」 代表の山田悠介と申します。「オープン・フェア・スロー」をキーワードにお香の世界に関わっています。
早いもので、「香道具ファンド」の活動がちょうど1年を迎えました。香道具ファンドは、香道具を販売した売上の一部を必ず次の香道具の生産&販売に使用することで、絶滅危惧種としての香道具を守る試みです。
今回は1年の振り返りということで、簡単な活動報告(明るいニュース!)と、状況の変化(暗いニュース……)、そして、未来を少しでも明るくする今後のアクションについて書いてみたいと思います。
香道具ファンド初年度の経過報告ー明るいニュースー
まずは明るいニュースから。大変嬉しいことに、思っていた以上にたくさんの方から、香道具ファンド対象商品をお求めいただくことができました。その売上は総額にして約260万円。原価などを差し引いても、次の1年にまた香道具についてのアクションをすることができる数字になりました。
たくさんの方にお求めいただいたことにも驚きましたが、50万円前後の高価かつ専門的な香道具をご購入される方が多かったことにもびっくりしました。香道具への根強い愛情と需要を感じ、少しでもこの活動を大きなものにしていかなければ……!という責任感も、いままで以上に強くなりました。
「香席」では、月毎の造花を床の間に飾ります。造花であれば、お香の香りを邪魔しないからです。写真の「挿朶及挿朶嚢」は、再制作の目途が立たず、いまは在庫が1点あるだけ。
職人さんの相次ぐ引退ー暗いニュースー
しかし、明るいニュースばかりではありません。暗いニュースとして、このわずか1年の間に、これまで香雅堂の香道具を制作してくださっていた職人の方が3人も引退するという衝撃的なニュースがありました。職人の方々の高齢化が進んでいることは気にしていましたが、あまりに急な出来事です。
引退なさったのは、お香を炷く際に道具を拡げて置く正絹製の敷物「打敷」をつくる方、香道具を載せるお盆や棚「指物」をつくる方、そして最後に香木や香炉の灰などを準備する「火道具」の道具一式をつくる方の3人。
和裁の職人が仕立てる「打敷」
ただ、「打敷」は着物の業界でもつくっていますし、「指物」はお茶道具や家具の世界に近い方がいらっしゃいます。この2つについては、新たな職人さんを探すことができるかもしれません。
問題は「火道具」です。火道具は、ほかの業界で似たような道具がありません。そのうえ、香道のどんな流派であっても必ず用いるもので、しかもお稽古を始めてすぐに必要になるのです。そのため、これまで特に頑張ってつくっていただいていたものでした。
そのおかげか、皆様からも「香道具のなかでも、特に火道具は香雅堂さんのものがいい!」というありがたいお声もたくさんあったのです。しかし、職人さんが引退されてしまったことで、今後の状況が最も心配な香道具になってしまいました。
※※※2021年10月26日追記※※※
(なんと、)引退された職人さんから、若手の職人さんに技術を継承できるかもしれないというお話をいただきました。まだ不確定な部分も大きく、また価格が大幅に上がってしまうことは間違いないとのことなのですが、とてもうれしい驚きです。詳細が分かり次第、あらためてお知らせさせていただきます。
※※※2021年10月26日追記※※※
香道の必需品「火道具」、「七つ道具」とも呼ばれます
香道具ファンドのこれからの1年
このような状況を受けて、2年目の香道具ファンドのテーマは、香雅堂の「火道具」を復興すること、そのための足掛かりをつくることとしました。
具体的に言えば、それは新しい作り手と出会い、信頼関係を築き、どのような条件なら制作できるか話し合うこと。そして、試作品づくりを重ね、完成品までのプロセスを一歩一歩踏んでいくことです。
そこで、早速ですがお願いがございます。それは、「火道具の製作」ひいては「香道具ファンドの活動」に少しでも興味・関心をお持ちかも知れない方に、このnote記事をお知らせいただきたい、ということです。
※もし少しでも火道具の製作・香道具ファンドの活動にご興味をお持ちの方は、こちらのお問い合わせフォームからご連絡いただけますと幸いです。
いわゆる職人の方でなくても構いません。たとえば、3Dプリンターのような新しい技術をはじめ、コストを抑え、供給を安定させる従来にない手法の導入もありうると思っています。なぜなら、香道を始める方にとって必須の道具でもあるため「香道を始めたいので入門用の道具を揃えてみたいけど、いきなり10万円はちょっと……」といったことになってはいけないと考えているからです。
ものづくりは本当に難しいもので、ぴったり適任の方がすぐに見つかることはほとんどありません。だからこそ、興味を持ってくださる方が多ければ多いほど、その確率は高まっていくはず……。
なにぶん、私たちだけでは拡散も影響力も小さいものですから、どうか皆様のお力添えをいただければと存じます。
火道具を使って香木の純粋な香りを聞く
※ これまでの火道具の製作手法について
・持ち手の部分と金属の部分とを分業し、金属サイドで結合
・持ち手:箸の職人が木材を加工(材料は「黒檀」「桑」「象牙」など)
・金属:金工の職人が金型や旋盤を使用して加工(材料は「真鍮」「クロムメッキ」「銀」など)
・火道具全体:上記のような手法で各道具を各50個ずつ一度に製作していた
おわりに──中・長期的な課題に向き合う
火道具をはじめ、3つの分野で香道具の製作が難しくなってしまった状況。それによって、この1年を通して、私たちは今までにない非常に強い危機感をもつようになりました。
短期的には、まずは火道具の復興を推し進めなければなりません。しかしその一方で、香道具全体を絶滅から守るためにやるべきことを考えなければならないと思うようになりました。
そのためには、香雅堂だけでやっていても限界があります。ご協力いただける方、こうした取り組みかかわる方の数を増やしていくことが必須です。次の1年は、そんな仲間づくりの取り組みにも着手していきます。
【連載】お香と100年、生きてみる
オープン・フェア・スローをキーワードに活動する香木・香道具店「麻布 香雅堂」の代表・山田悠介が書くnote。謎に包まれた和の香りの世界のことを、様々な切り口から紹介させていただきます。既にお香が好きな方に、潜在的にお香を必要としている方に、この連載を通じて少しずつご興味をお持ちいただけたら嬉しいです。
【プロフィール】山田悠介
香雅堂代表。1986年、東京の麻布十番に生まれる。「悠さんのランドセルは香りでわかる」と言われる様に和の香りと共に育ち、約10年前から香雅堂に関わる。テニスを中心としたスポーツ・村上春樹さんをこよなく愛する、2児の父。家業・家庭・自分の時間、細く長くバランスよく、中庸に100年生きることを目指しています。