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映画「ラストマイル」を見て、また宝塚のことを考えた

※ネタバレにお気をつけください。

 新作邦画を映画館で見るのはいつぶりだろう。近所の映画館で「ラストマイル」を見た。宅配物を狙った連続爆発事件の犯人とその動機を追究するという筋書きのサスペンスだが、その背景に2024年問題や労働問題が設定された群像劇である。

 主人公の舟渡エレナ(満島ひかり)が、世界的な通販サイトの関東出荷センター長として着任するところから物語は始まる。しかし、彼女が着任した直後にそのセンターから出荷された商品が顧客の手元に渡った後に爆発するという事件が起きることで、同僚の梨本孔(岡田将生)と共に「センターの利益を守るため」に奔走する。並行して配達ドライバーの苦しみも描かれる。彼らは昼休憩を削って荷物を運んでも稼ぎが十分ではないことに不満を感じつつも、半ば諦めている。

 通販会社、運送会社、配達ドライバー、そして荷物を待つ社会を大きく巻き込んでいく爆弾事件。犯人は誰なのか?中盤では舟渡エレナに疑いの目がかけられるが、彼女が犯人でないだけでなく、アメリカの本社で働いていた時に不眠症になり休職したことも明かされる。その後、山崎拓(中村倫也)という社員が以前関東センターで飛び降り自殺未遂をしたことが分かり、さらにそれが上層部によって揉み消されたことが分かる。この映画の「サスペンスの結末」としては山崎拓の恋人だった筧まりか(仁村紗和)が犯人だった、ということになるのだが、「映画自体の結末」は犯人の解明ではない。

 山崎拓が使っていたロッカーにはマジックペンで彼が書いたサインが残っていた。2.7m/s→70kg→0というそのサインは、出荷センターで秒速2.7mで動くベルトコンベアに70kgの人間が落ちたら、システム上ベルトコンベアが停止する(スピードが0になる)ことを示す。山崎はシステムを止める、つまり会社が「お客様第一」を掲げながらも結局は利益のことしか考えず、働いている人々を蔑ろにしていることに異議を唱えるためにベルトコンベアの上に身を投げたのである。しかし、ベルトコンベアは山崎がよけられてから、すぐにまた動き出した。

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 昨年、宝塚歌劇団の団員が自死した。もうすぐ1周忌になる。彼女の死をきっかけに劇団内での労働問題やパワーハラスメントが明らかになり、またそれに対する劇団の対応の粗悪さが浮かび上がってきた。彼女が特定の何かを訴えるために自死したかどうかは勿論分からないが、劇団の対応やその後の公演再開の流れは、彼女の死をほとんど無視していると言っても過言ではない。そのことを理解した上で、私は観劇を続ける決断をしたはずだったが、「ラストマイル」を見て私も共犯者の1人なのではないかと思った。

 映画では、山崎の必死の訴えにもかかわらず、会社は何もダメージを受けていないかのように振る舞った。上司は山崎に訴えを起こさない旨の契約を結ばせ、何もなかったように業務を続けた。山崎は植物状態となり、恋人の筧は「(恋愛のもつれで)お前のせいで死んだ」と周囲から責められる。ベルトコンベアを動かし続けた上司、不当な契約を結ばせ事故として処理した上層部、実は以前に筧から訴えを受けていたのに対応しなかった主人公の舟渡。彼らは山崎の死をどのように捉えていたのか。

 彼らと同じように、何食わぬ顔で観劇をしている私。「ラストマイル」を見た翌日はたまたま宝塚観劇の予定が入っていた。楽しみにしていたけれど、これまで感動していた場面でも心から楽しめない、気持ちに蓋がかかったようだった。宙組の公演も他組の公演も、お金を払っている消費者だからこそ言えることがあるのではないかと思って見てきた。でも、それも単なる甘えなのかもしれない。ある程度、複雑な感情を抱くことを覚悟して観劇した宙組公演とは違って、これまで心から楽しんでいた雪組公演にまでそんな感情を抱いたことがショックだった。自分は、彼女の死を忘れることに加担していたのではと恐ろしくなった。

 それでも雪組大劇場千秋楽での咲さんの退団挨拶を思い出した。咲さんは「決して忘れたくない人たちがいます。決して忘れられない想いがあります。」と語った。具体的な名前や事柄には触れていないが、「忘れたくない」という想いを表してくれた。大袈裟かもしれないが、私は彼女の言葉を信じたいし、彼女を支持したい。劇団からは不用意に昨年の出来事に触れないように言われているかもしれないし(このことは容易に想定できる)、誰も触れようとしてこなかったことをトップスターとして口にしたのである。

 私は今もなお宝塚の世界がなくなってほしくないと思っている。宝塚の作品を見ていて「生きててよかった」と何度も思ったことがある。この思いと、一連の出来事を忘れたくないという思いは両立するだろうか。咲さんの挨拶からは、彼女もその葛藤の中にいるのではないかということが窺えた。
まだ感情がまとまらないけれど、私も忘れません。そして宝塚を諦めません。

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