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戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』① ファーム第十二研究所

のつづき




ファーム第十二研究所



ファーム第十二研究所ロビー。

舞台上、下手側に応接セット。

以下、客席からは見えないが、下手袖に出入り口に通じる廊下。

上手袖に事務所・トイレ・給湯室など。

二階に研究室・宿直室・ゲストルーム。

舞台前方、客席側は一面の大きな窓。

窓の外は広場になっている。

舞台奥、上手の袖に階段があるという設定。

下手から荷物を手にした看守に案内されミヤタ・ムラカミが入ってくる。

看守、衣服はすべて緑色で、頭頂部から植物が生えている。



看守 どうぞこちらでお待ちください。すぐに所長がまいりますので。お荷物はいったんこちらに置かせていただきますね。


看守、ミヤタとムラカミの荷物をどさりと、放り投げるように床へ置く。


ミヤタ ……ありがとうございます。

看守 では、失礼します。

 

看守、上手へはける。

ムラカミ、大きく伸びをしつつ、


 
ムラカミ あ~、しかし来るだけで疲れちまったな。何が政府指定特別生産区域だよ。どんな所かと思ったら、ただの田舎じゃねーか。政府は何でこんなもんを秘密にしてんだ?あ、あれか。人類の奇跡なんて喧伝してるベジタブルマンがこんな辺鄙な田舎で作られてるなんてカッコ悪ぃからそれで秘密にしてんのか。なぁ?そうなんだろ?


ミヤタはソファに腰をおろしている。



ミヤタ 知りませんよ。僕は。

ムラカミ お前何にも知らないんだなぁ。ホントに農務局の人間なのか?


言いながらムラカミもソファへ。


ミヤタ あの、ムラカミさん、少し気をつけてくださいよ。今どき農務局の中でベジタブルちゃんのことベジタブルマンなんて言う人間はいないんですから。

ムラカミ どっちでもいいじゃねーかそんなもん。

ミヤタ よくありませんよ。ベジタブルマンなんていったら何だか人っぽくてみんな食べる気失くしちゃうじゃないですか。

ムラカミ くだらねーよ。どんな呼び方しようが俺は食いたいと思わないね。あんなもん。

ミヤタ あんなもん?ムラカミさんはベジタブルちゃんがどういうものか知ってるんですか?

ムラカミ 知らねーよ。得体が知れねーからあんなもんっつってんだよ。限りなく人間に近い植物っつったか?俺には理解不能だね。

ミヤタ ムラカミさん、ムラカミさんが個人的にどういう考えをもってようが自由ですけどね、とにかくここでの一週間、言動にはくれぐれも気をつけてくださいよ。ムラカミさんが農務局の人間じゃないのが知れたら本当にまずいんですから。お願いしますよ!

ムラカミ わかってるよ。

ミヤタ あくまで僕たちは研修って形でここに来てるんですからね。

ムラカミ わかってるっつってんだろ?お前こそ下手打つんじゃねぇぞ。ここの奴らは全員容疑者だからな。

ミヤタ 容疑者?容疑者ってどういうことですか?

ムラカミ こういう事件は身近な人間が怪しいんだよ。

ミヤタ 事件って、ムラカミさんはカドタの失踪は事件だって考えてるんですか?

ムラカミ 他にカドタマリに消える理由があるか?将来を約束されたエリート中のエリートが蒸発しちまう理由があるかよ?

ミヤタ それをこれから調べるんじゃないですか。

ムラカミ ま、じきにわかることだ。とにかく、ここの連中に変に警戒されないように、お前はあくまで自然体でいろよ。

ミヤタ ……。

ムラカミ ところで、あれ、ふれてやった方がよかったかな?

ミヤタ え?

ムラカミ さっきの奴の。(自身の頭頂部を指し)あれ。

ミヤタ いやぁ何とも……。

ムラカミ まさかあれ、ここの制服ってことはねぇだろうな。

ミヤタ まさか、テーマパークじゃないんですから。

ムラカミ 俺やだからな、あんな恰好すんの。

ミヤタ 僕だって嫌ですよ!


 
上手袖からゴトウダの声が聞こえてくる。

看守に何やら指示をしている様子。

やや間があって、上手から所長のゴトウダ登場。
 


ゴトウダ いや~、どうもどうも。遠いところを。
 


ゴトウダ、作業着にスラックスという恰好。

ミヤタ・ムラカミ、互いに目を合わせて安堵のようすをうかべつつ立ち上がる。
 


ミヤタ あ、どうも農務局のミヤタです。すいません朝早くから。

ゴトウダ いえいえ。所長のゴトウダです。

ムラカミ ムラカミです。
 


ムラカミ、自身のネクタイの結び目にさわる。

「カシャ」というカメラのシャッター音が微かに鳴る。

 一瞬、微妙な空気が流れる。



ゴトウダ ……あ、どうぞどうぞ。

ミヤタ あ、はい。


 
一同着席。

 

ゴトウダ いやぁ道中大変だったでしょ?道は悪いですしねぇ。

ミヤタ いやぁ、スタッフの方に迎えに来ていただいて本当に助かりました。

ゴトウダ スタッフ?

ミヤタ ええ。何かずっと運転もしていただいて。

ゴトウダ ……あー!何か粗相しませんでした?

ミヤタ いえ、そんな。すごく親切にしていただいて。

ゴトウダ あ、そうですか。ちょっとにぶいところもあるんですけどね、いい子なんですよ。

ミヤタ はあ。

ムラカミ いやぁホント助かりましたよ。

ゴトウダ お役に立てたならよかったです。


 
ムラカミ、ネクタイをさわる。カメラのシャッター音。


 
ゴトウダ ……。

ムラカミ ありがとうございました。

ミヤタ あぁ~!でもホント空気もおいしくていいところですね!窓から見える景色も、何だか絵画とか写真みたいですもんね!

ゴトウダ そうですかねぇ。まぁいっとき見る分にはいいかもしれませんがね、何年もここで暮らさなきゃならない人間からしたら不便で仕方ありませんよ。


 
ゴトウダが外を見て話している間にミヤタ、声を殺しつつ、


 
ミヤタ 何やってんですか!

ムラカミ ?

ミヤタ 何やってんですか!

ムラカミ 何?

ミヤタ だから何やって――

ゴトウダ どうされました?

ミヤタ え?いえ!でもやっぱり僕たちにはうらやましいなぁ~って。こういう環境。

ゴトウダ そうですか?

ミヤタ ええ!普段汚い空気しか吸ってないんで、何か身も心も洗われるような気がしますよ!

ゴトウダ そんなもんですかね。


上手から看守、お茶を持って入ってくる。


 
看守 失礼します。どうぞ。

ミヤタ あ、ありがとうございます。

看守 どうぞ。

ムラカミ (ネクタイに触りながら)どうも。


 
シャッター音。


 
看守 ……?

ミヤタ あ、ちょっと失礼します。


 
ミヤタ、ムラカミの腕をつかんで立ち上がらせようとする。


 
ムラカミ 何だよ。

ミヤタ いいからちょっと!(ムラカミを立ち上がらせ)すいませんちょっとトイレに。


 
ミヤタ、ムラカミを下手へ連れて行こうとする。


 
ゴトウダ あ、トイレこっちですよ。

ミヤタ あ、こっちでします!


 
ミヤタ、ムラカミを連れてそのまま下手へはける。


 
ゴトウダ え、ちょっと?


 
顔を見合わせるゴトウダと看守。

ミヤタ・ムラカミすぐに戻ってくる。

ムラカミ、ノーネクタイになっている。

ミヤタのズボンのポケットからムラカミのネクタイの一部が見えている。


 
ミヤタ あ、すいませんお待たせしました。

ゴトウダ ……いえ。

ミヤタ あ、でもあれですね。こういう恵まれた環境があるから、美味しいベジタブルちゃんが育つんですね。

ゴトウダ はぁ、まぁ奴らにはいい環境なのかもしれませんねぇ。

ミヤタ いやぁホント、天気もいいし、気持ちいいなぁ。

ゴトウダ あ、そうだ今日のお昼はお二人の歓迎会にバーベキューやりますからね!

ミヤタ え、ベジタブルちゃんのバーベキューですか!?

ゴトウダ 食材はその辺にいくらでもありますから。どれでも言ってくれたら僕その場でさばきますからね!

ミヤタ え~!贅沢だなぁ!

ゴトウダ この子なんかどうですか?

ミヤタ え?

看守 え?僕ですか?


看守、目を輝かせるようにしてミヤタを見つめる。


ミヤタ ……。 

ゴトウダ ちょっと不味そうですね!ハッハッハ!

ミヤタ あ、ははは……。

ゴトウダ もうちょっと旨そうになれよ!

看守 すいません……。

ゴトウダ もう無理か!ハッハッハッハ!……はぁ~あ。


階段の方からクボとザイゼンの声が聞こえてくる。


クボ 博士~、せめて白衣だけでもちゃんと着てくださいよ~。

ザイゼン うるさいなぁ朝から細かいことを。


 
上手奥の袖からネグリジェ姿のザイゼン博士・白衣を着た助手のクボ、登場。

クボ、ザイゼンに白衣を着せながら、


 
クボ あ、おはようございます。すいません遅くなりました。

ゴトウダ あ~、おはようございます。

ザイゼン おはよーございまーす。


 
ゴトウダ立ち上がり、


 
ゴトウダ 博士またここに泊まったんですか?ちゃんと家で寝てくださいよ。

ザイゼン あー……頭痛いからあんまりおっきな声出さないで。

クボ 朝方まで飲んでたみたいで。

ゴトウダ しょうがないなぁ。あ、こちらは生物工学博士のザイゼン先生と助手のクボ君です。

ザイゼン どうも。

クボ クボです。

ゴトウダ こちらは農務局から研修にいらっしゃったミヤタさんとムラカミさん。

ミヤタ あ、どうもミヤタです。

ムラカミ ムラカミです。どうも。……どうも。


 
言いながらムラカミ、今度は腕時計に仕込んでいるカメラで、ザイゼン・クボをそれぞれ撮る。


 
一同 ……。

ムラカミ あれ、まだこんな時間だ。何かのどかな自然の中だと時間もゆっくり流れるんですねぇ。ほら、まだこんな時間ですよ。


 
と、ゴトウダの横に行き文字盤を見せる。シャッター音。


 
ゴトウダ ……。

ムラカミ ほら。


 
同じようにザイゼンに文字盤を見せる。シャッター音。


 
ザイゼン ……。

ムラカミ これ、時間合ってますよね?


クボに文字盤を見せる。シャッター音。


 
クボ ……ええ。

ムラカミ あ~、これバーベキューまでハラもつかな?ほらまだこんな時間――


 
ムラカミ、ミヤタに文字盤を見せる。

ミヤタ、時計を引きちぎってポケットにしまう。


 
ムラカミ あ!

ミヤタ いやぁ~、ベジタブルちゃんのバーベキュー、ホントに楽しみですねぇムラカミさん!

ムラカミ ……。

ゴトウダ あれ、お二人ずっと車移動で朝食まだですよね?すいません気が付きませんで!

ミヤタ あ、いえ。来る途中済ませてきましたから、お構いなく。

ゴトウダ そうですか?あ、でも軽くだったら入るでしょう?

ミヤタ はぁ。

ゴトウダ おい、あれ持ってきてくれ。

看守 あれ、といいますと?

ゴトウダ 昨日工場から届いたやつだよ。

看守 あ、はい。


 
看守、上手へはける。


 
ミヤタ すいません。実はちょっとお腹減ってたんですよ。

ゴトウダ それは良かった。ちょうど今度このファームから出す新製品のサンプルが届いたんですよ。博士とクボ君も試食してみてくださいよ。

クボ あ、うれしいな。僕も朝食べてきてないんですよ。

ザイゼン わたしはパス。ちょっとコーヒー飲んでくる。

クボ あ、僕入れましょうか?

ザイゼン あー、いい、いい。


 
ザイゼン、上手へはける。


 
ゴトウダ つれないなぁ、博士は。

クボ すいません、ザイゼン博士、朝はコーヒー飲まないと目が覚めないみたいで。

ミヤタ いえ。

ゴトウダ ああ見えて大変優秀な方なんですけどねぇ。なぜかこんな小さな施設での勤務を希望されて。

ミヤタ はぁ。あ、そういえばまだうかがってなかったんですが、この施設ではどういう研究をされているんでしょうか?

ゴトウダ 研究?そうですね。(クボに)どう言えばいいのかねぇ?

クボ そうですねぇ。

ゴトウダ まぁ、生産者の方々はベジタブルマンの品質管理には細心の注意を払ってくださっているんですが、どうしても規格にそわないベジタブルマンが一定数できてしまうんです。

ミヤタ はあ。

ムラカミ ベジタブルマンて言ってるぞ。

ミヤタ ……。

ゴトウダ 本来であればそういったベジタブルマンは他の個体への悪影響も考えられるのでただちに廃棄されてしまうんですが。この施設ではそういったベジタブルマンの中からいくつかを研究対象として隔離し、再びファームへ戻れるよう個体に合わせて様々な措置を講じているんです。

ムラカミ ファームへ、戻る?

ゴトウダ ここは、ファームの中でも特殊な場所でして。まぁ、ベジタブルマンたちの更生施設、といったところですかね。

ムラカミ 刑務所みたいなもんですか?

ゴトウダ 刑務所というと物々しいですがね。

クボ あと、ベジタブルマンの品質をより向上させるにはどういう栽培方法が効果的か、といったような実験的なことも行っています。

ムラカミ 実験。

看守 お待たせしました。


 
看守、ダンボール箱を持ってくる。


 
ゴトウダ あー、来た来た!これなかなかいけるんですよ!

ミヤタ あ……あ、すいません何かお気遣いいただいて。
 


ゴトウダ、箱から中身を取り出しながら、


 
ゴトウダ いや、朝は食べた方がいいですよ。これ新製品のベジタブルちゃんチップスのね、ミリオンコンソメ味です。


 
ゴトウダ、皆に袋を手わたす。


 
ムラカミ ベジタブルちゃんチップス?

ミヤタ ミリオンコンソメ?

ゴトウダ あ、これ開けるとき気をつけてくださいね。中身ほとんどコンソメの粉なんで。

クボ これ、開きませんね!

ゴトウダ あ、ホントだカッタい!開かないなこれ!


 
ゴトウダ・クボ、袋を開けようとしていると、研究室前広場にベジタブルマンたちがやってくる。


 
ゴトウダ あ、開いた開いた!ミヤタさんどうぞ。

ミヤタ ……いえ、やっぱりバーベキューまでお腹空かせとこうかな……。

ゴトウダ そう言わずに食べてくださいよ!ね!

ミヤタ はぁ……。


 
ミヤタ、袋から異常に粉にまみれたチップスを1枚取り出す。


 
ミヤタ あ、これ本当にすごいですね粉が……。

ゴトウダ すごいでしょう!

ミヤタ はぁ……。

ゴトウダ ムラカミさんもどうぞ!

ムラカミ いや、僕は。

ゴトウダ そう言わずに。

ムラカミ いや本当に。


 
ミヤタ、チップスを食べ、


 
ミヤタ ウマー!

ゴトウダ でしょう!

クボ 本当だ!これいけますね!

ゴトウダ だろ?

ミヤタ ムラカミさん食べてみてくださいよ!


ミヤタ、袋をムラカミに差し出す。


ムラカミ いや俺はいいから!

ミヤタ そう言わずに食べてみてくださいよ!

ムラカミ いや、いい、いい。
 


ムラカミ、立ち上がる。

ミヤタ、ムラカミを追って袋を勧めながら、


 
ミヤタ 何でそんな頑なに嫌がるんですか!せっかくなんですから……(窓の外のベジタブルマンたちに気付く)あれ、あの人たちは……?

ゴトウダ 人?誰かいます?

ミヤタ いや、あそこに……。

ゴトウダ あー!やだなぁミヤタさん、あれは研対ですよ研対!

ミヤタ けんたい?

ゴトウダ 研究対象!あれが規格からはずれた落ちこぼれベジタブルマンたちですよ!

ミヤタ え?アッハッハ!やだなぁ所長さん!ハッハッハ!

ゴトウダ・クボ ……。

ミヤタ ……え?



『ウーーーーーーーー』とサイレンの音が鳴る。


 
クボ あ、もう朝礼の時間ですね。

ゴトウダ もうそんな時間?あ、お二人もよろしければご参加ください。食べながらで結構ですから。

ミヤタ あ、はい。


 
ザイゼン、白衣に着替え、マグカップを手に戻ってきて、


 
ザイゼン その前に予防接種だけ受けていただいて。

クボ はい、博士。

ミヤタ 予防接種?

ゴトウダ 時々変な風邪が流行っちゃうんですよ。

ミヤタ あ、そうですか。

ゴトウダ ベジタブルマンたちがおかしな菌でも振りまいてるんですかねぇ?

ミヤタ ハハハ!野菜が風邪ですか?ハハハハハ!

一同 ……。


ミヤタを見つめる一同。

ミヤタ、皆の視線を感じ、


ミヤタ ハハ……え?……え?……え……。


ミヤタ、ベジタブルちゃんチップスの袋、つづいて窓の外のベジタブルマンたちを見て、



ミヤタ ええ~!?


 
音楽。
 



戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』②につづく


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