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戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』③ 疑心


疑心


 
ファーム第十二研究所の敷地内、建物からは離れた場所、

ミヤタ、一人で座っている。

ムラカミ、フランクフルトの載った紙皿を持って上手からやってくる。
 


ムラカミ こんなところにいたのか。

ミヤタ すいません。ちょっと旅の疲れが出ちゃいました。

ムラカミ そうか。
 


ムラカミ、腰を下ろしてフランクフルトを食べる。
 


ムラカミ うん、うめぇ。

ミヤタ ……。


ムラカミのフランクフルトをじっと見るミヤタ。



ムラカミ ブタだよ。ブタのソーセージ。

ミヤタ (特に気にしてないというように)そうですか。

ムラカミ 所長が心配してたぞ。

ミヤタ え?

ムラカミ 農務局から来る人間は、たいてい事前にある程度ベジタブルマンについての情報を与えられてから来るんだと。だから俺たちがベジタブルマンのことをまったく知らないとは思いもしなかったそうだ。

ミヤタ 僕は、別に……。
 


ムラカミ、紙皿をミヤタに差し出し、
 


ムラカミ ほら、お前も食っとけ。何も食ってねぇだろ。

ミヤタ いえ、僕は。

ムラカミ こっからの一週間は体力仕事だ。そんなんじゃもたねぇぞ。仕事だと思って食え。(フランクフルトをミヤタの口元に突き出す)

ミヤタ いや、ホントに。

ムラカミ いいから食え!

ミヤタ ……(一口かじる)

ムラカミ うめぇか。

ミヤタ 何で一切触れないんでしょうね。ここの人たちは。

ムラカミ ん?

ミヤタ カドタのこと……。

ムラカミ ああ。

ミヤタ 普通話題になりませんか?一緒に働いている人間が消えちゃったんですよ?

ムラカミ むこうも同じことを思ってたのかもしれないがな。

ミヤタ え?

ムラカミ いろんなことを考え過ぎると、人間動けなくなるものだ。

ミヤタ いろんなことって?

ムラカミ ほら、もっと食え。

ミヤタ いや、もうホントに。

ムラカミ いいから食え!

ミヤタ ……(一口かじる)

ムラカミ お前もいろいろ考え過ぎて自分からカドタのこと話題にできなかったんじゃないのか?

ミヤタ それは……。

ムラカミ ここの連中もお前も自然とタブーを生んじまう体質になってるのさ。自分でも気付かない間に。

ミヤタ でも、それってやましいところがあるってことなんじゃないんですか?

ムラカミ そうとも限らねえだろ。

ミヤタ いや、もしかしたらここの人たちはカドタが今どうなっているのかすべて知っているのかもしれませんよ。だから僕たちに聞く必要もないし、話題にすることを避けてるんじゃ……。

ムラカミ 逆にやましい部分がないからカドタの話題に触れずにいられた、とも考えられるだろ?

ミヤタ え?

ムラカミ ほら。(フランクフルトを突き出す)

ミヤタ いや、結構です。

ムラカミ いいから食え!

ミヤタ ……(一口かじる)

ムラカミ 仮にカドタの失踪理由を彼らが知っていた、もしくは直接的に関わっていたとして、それを俺たちに感づかれたくないと思ったら、普通心配している素振りを見せるだろ?同僚として。

ミヤタ ……。

ムラカミ 今のお前は違うことで彼らに猜疑心をもっている。

ミヤタ 猜疑心なんてもってませんよ!僕はただ事実を――

ムラカミ ショックだったんだろ?ベジタブルマンのこと。

ミヤタ ……。

ムラカミ だがその感情は調査には持ち込むな。じゃないと事実を見落とすことになる。

ミヤタ ……。

ムラカミ ほら。

ミヤタ いえ、もうホントに。

ムラカミ いいから食え!


 
ミヤタ、すぐにかじる。


 
ムラカミ めんどくせーから一回目で食えよ!
 


小さく会釈するミヤタ。
 


ムラカミ っていうか自分で食えよ!(棒ごと差し出す)

ミヤタ いえ、僕は。

ムラカミ いいから食えよ!

ミヤタ ウス。(棒ごと受けとる)

ムラカミ 食ったらさっさと行くぞ。(立ち上がり)あと小一時間ほどベジタブルマンたちの自由時間らしい。ここの連中がバーベキューに興じてる間に、ベジタブルマンから何か有益な情報を得られるかもしれない。

ミヤタ なるほど。僕を捜しに行くと言って、うまくあの人たちから離れたわけですね。

ムラカミ 俺たちには一週間しかないんだ。こっからはガンガン動くぞ。

ミヤタ 朝から動いてるじゃないですか。ムラカミさんは。

ムラカミ ん?

ミヤタ わざとでしょう?

ムラカミ 何がだ?

ミヤタ 朝、研究室で写真撮りまくってたの。

ムラカミ あれか。こんなタイミングで農務局から研修だなんて誰もカドタマリの失踪と無関係だとは思わないだろう。多かれ少なかれ警戒心は抱いたはずだ。問題はその度合いだよ。

ミヤタ 適度な緊張感は相手の集中力を高めてしまう恐れがある。

ムラカミ 農務局から来た人間があんなバカな奴らだと思えば、少なからずほっとするだろう。

ミヤタ 所長が来る直前に僕にここの人たちが怪しいとか、気を引き締めろとか言ってきたのも、僕が隣で本気で慌てていたらムラカミさんのお芝居がよりリアルになるからですね。

ムラカミ 農務局に入るエリートだけあって最低限頭は回るようだな。

ミヤタ (立ち上がりながら)僕のお芝居、合格ラインでしたか?

ムラカミ ……どこからが芝居だったんだ?

ミヤタ じゃあ、大丈夫だったってことですね。

ムラカミ ……。

ミヤタ ……ムラカミさん。

ムラカミ 何だ?

ミヤタ それ、もう食べないんですか?


とミヤタ、ムラカミの食べかけのフランクフルトを指す。



ムラカミ え?あ、これ?ああ、食えよ。

ミヤタ ウス。(フランクフルトを受け取る)じゃ、行きましょう!どっちですか?

ムラカミ あの森の向こうだ。

ミヤタ 結構ありますねぇ。
 


ミヤタ、上手へはける。
 


ムラカミ オオハラの旦那、人見る目がないんじゃないの?あんな面白い坊やを、「場合によっては消せ」――なんてよ。
 


音楽。

ムラカミ、上手へ。
 
○VTR

スクリーンに広大なファームの景色が映し出される。
移動中のミヤタとムラカミの声。


 
ミヤタ それにしても……無駄に広いですねここは。

ムラカミ ファームの中の小さな研究施設の敷地でこれだからな。ファーム全体に調査範囲が及ばないことを祈るよ。

ミヤタ 本当ですね……。

ムラカミ しかしお前、本当に何も知らなかったんだな。ベジタブルマンのこと。

ミヤタ 知るわけないじゃないですか。ベジタブルマンはファームから出るときは必ず、加工された食品か、医療用の臓器として出荷されるんですから。

ムラカミ お前どういうものを想像してたんだよ。限りなく人間に近い植物って何だ?人間に移植できる臓器のある植物って何だ?

ミヤタ それは……。
 


スクリーンにはミヤタのイメージが映し出される。

① 人の形をした大根・にんじん。
② 木に生っている臓器。
③ 半分に切ったメロンは中の空洞部に脳みそが詰まっている。
④ 畑から掘ったサツマイモ。イモに紛れて臓器。

など。
 


ムラカミ しかし人間ってのはいつから自分の食ってるもんに興味をなくしちまったのかねぇ。
 


暗転。
 



戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』④につづく


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