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15時間マニラ漂流記



19:17
 オーストラリアの旅も終わり僕は今、マニラはニノイ・アキノ空港にいる。クロワッサンとキャパオーバーなコーヒーを買って紅の豚を見てる。成田への便は明日の8時。booking timeも6:45から。つまりあと11時間はこの空港でダラダラしなきゃならないのだ。充電器は1つ。スマホだってずっと触ってるわけにもいかない。現代っ子のわたしにとってこの11時間はちょっとした冒険だ。このカフェから見えるマニラの夜景はどうだ。飛行機が邪魔で全く見えないじゃないか。フリーWi-Fiだって全く機能しないし、ラウンジはどこもいっぱいだし空いてるとこもビジネスクラス専用ときてる。マニラが用意できるのは長すぎる待ち時間とほとんど見えない夜景だけなのか。私は早々にラウンジは諦めてカフェを梯子する作戦に移った。ここはもう10時近くまで居座ってやる。こうなったら図太くなってやるのだ。住めば都、座ればラウンジなのだ。こっちにはぽんぽこもあれば伯山のラジオ20本もあるんだ。ある程度覚悟も固まった。折角なのでここまでの経緯を書いてみようと思う。



僕はPR212を降りるとその蒸し暑さに驚いた。暑い。いや熱い。北半球に帰ってきた実感が湧く。前にいる白人の爺さんがずっと孫をあやそうと声高にあやしてる。たぶんだけどあんたのせいで泣いてるんだよその赤子。ここにあと15時間。なんだかワクワクする。
 セキュリティ通過も済ませ、僕はまずゲート7近くのラウンジに向かった。
「席、空いてますか?」
「ごめんね。全部埋まっちゃってるよ。あっちのラウンジならまだ入れるかも。」
「ありがとう。」
 僕は向かいのラウンジに向かった。
「席、空いてますか?」
「空いてるよ」
「おお!カード使えます?」
「もちろん。ただ4時間だけだよ。ずっとは使えない。」
「あらぁ。」
「あったのラウンジいってみたら?」
「あっち埋まってるんです。」
「あぁ、そう。まぁ頑張ってね。」
「ありがとう。」
 僕はさっそく路頭に迷った。

 いったんそこら辺の道端に座り、オーストラリアの叔父叔母夫婦と母にこの状況を知らせ、叔父からカフェはしごのアドバイスをもらった。スタバがあったのでカフェラテを買った。


 そうこうしてるうちに辛うじて使えてたフリーWi-Fiがうんともすんとも言わなくなった。
 1時間ほど居座って4階のラウンジに向かった。
「席、あります?」
「あるけど、まず航空券見せて。」
「はい、これ。」
「あぁ。残念。ここ、ビジネスクラス専用なんだよ。ここ行ったら?」
3時間32ドルのラウンジを紹介された。
「うわぁ高い。」
「まぁがんばってね。ありがとね。」
「ありがとう。」
 僕は再び路頭に迷った。どうしようもなく空港内をさまよい、届かないラインをうち、この窓の真ん前に飛行機が居座るカフェに流れ着いた。



これをゆっくり書いてもまだ8時にはならない。いまだWi-Fiはまったく回復していない。コーヒーは苦いし、クロワッサンは食い終わって下げられた。まいったなぁ。座ればラウンジと胸を張ったところでここはやっぱりカフェの一席でしかない。


21:28
 カフェを出て叔父から貸してもらったビザカードを試してみる。
「カード、どう?」
「使えないよ。」
「パスワードあるんだけど。」
「パスワード?いや、使えないんだよ。」
「パスワードは?」
「はぁ?使えないって。現金ないの?」
「あるけど。パスワード?」
「だから使えないって。ほら現金。」
「、、、はい。」
「はいどーも。」
 使えなかった。なんだか頭がぼーっとしてきた。体調を崩したのかと思ったが単純に苦いコーヒーで気持ち悪くなっただけだこれ。     
 その時Wi-Fiが回復した。すごいメール来てる。どうやらパスワード間違えすぎてロックがかかっちゃったらしい。ATMで使えば治るからお金を引き出してときている。わたしはドギマギしながら10000ペソ引き出した。引き出してから気づいた。これ、30000円くらいあるじゃん。やっちゃった。それでも叔父は全部使っていいよとか言ってくれる。すごい太っ腹。とりあえずラウンジに行くことした。
「ここ、3時間限定だけど大丈夫?」
「3時間後にもう一回払ったら?」
「ダメ。3時間オンリー。」
「まぁわかった。ちょっと待って。」
叔父に連絡してみた。3時間限定だけど追い出されるまで居座れというアドバイスを受けた。よし!やってみよう!
「大丈夫!入れて!」
「航空券、OK?」
「ここに。」
「はーい。どーぞ。」
 ラウンジに侵入した。粥とご飯と肉を食って腹がいっぱいになったら眠くなってきた。

0:27
 booking timeまであと6時間。僕は今、生涯一のベッドの上で寝っ転がっている。順を追って説明しよう。


 30分前、僕はソワソワしていた。このまま叔父の言っていたように追い出されるまでここに居座り続けようか、それとも新たなラウンジを目指してここを出ようか。トイレに行って戻ってくる時、こう思った。
「罪悪感でメンタルがやられるのなら、それくらい弱い自分だと受け入れて出てくべきなんじゃないか。」
 僕は荷物を片付けてその場を後にした。最後の未練で、カウンターの人に聞いてみた。
「あの、あと3時間だけここに入れませんか?」
「あぁ、いいですよ。」
「ええええ!!?」
「お金、払ってくださいね。」
「いや!もちろんもちろん!なんかできないのかなとおもってました。」
「いや、できますよ。航空券見せてください。」
「あ、これ。」
「なんなら、6時までできますけど。」
「おおお!ぜひ!ありがとうございます!」
「お金、払ってくださいね。」
「あぁ、もちろんもちろん。」
「シャワー浴びます?」
「はい!」
「じゃあちょっとこっちきて。」
 着いていくと個室があった。一つしかない個室だ。まさか
「え?ここ?いいの?」
「もちろん。あ!タオルと枕持ってきます!」
「ありがとう!!ほんとに!」
 彼はじきにタオルと枕をもってきた。
「ほんとにありがとう!」
「いえいえ、おやすみなさい。」
 彼は颯爽とカウンターへと戻っていった。なんなんだこれ。ビビるくらい親切で優しいぞ。裏があるのか?朝起きたら、有金全部抜かれてるのか?なんにせよありがとう!
 僕は冷水しか出ないシャワーを独り言だらけで入り、いすを二つ横につなげた。日本から持ってきたjapanese手拭いを顔にかけてアラームをセットした。眠くなってきた。なんだか具合も良くなってきた。おやすみ!マニラ。

5:30
 ようやくあと1時間と15分。長い夜が終わり、向こうの空が赤らんできた。フィッシュマンズが合う。

 長いようで本当に長い夜だった。とても楽しかった。何かを得た感覚も失った感覚もない。ただ疲れた。この疲れがとても心地良い。東京に帰ったらぐっすり寝て起きて銭湯にでも行こう。

8:03
 本来ならもう上空にいるのだが、未だマニラにいる。機材の関係で1時間10分出発が遅れているのだ。最後まで気が抜けない。

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