パスポート
木造の建屋の前に、長い列ができていた。どうやらパスポートを申請する人たちのようだった。
「パスポートかぁ。あったら何かに使えるかも。申請してみようかな。」
軽い気持ちで列に並ぶ。
行儀のよい列が少し前に進むと、ちぎれたネックレスのビーズのように何人かが散らばって帰っていく。
気づいたら自分の番になっていた。
「あなたの担当エリアはここよ。電話して、どういう手順を踏むか聞いたら次の窓口に行って頂戴。」
ふくよかな窓口の女性に一枚のプリントを渡された。
プリントには都道府県それぞれの窓口の電話番号が並んでいて、その一つに赤い丸が付けられている。
先に並んでいた人を見ると、スマホで担当エリアに掛けたのだろう。段取りを聞いてしきりにメモを取っていた。
「二階の、ええ、ええ、ははあ、なるほど。左の階段を?」
どうやら進むルートも指定があるようだ。
「電話面倒くさいですよね。」
声をかけて来たのはさらりとした黒髪の女の子で、高校生くらいかな?と思った。
「そうだね。私は特に今必要なわけではないからここまででいいかな。あなたはパスポートを取って、どこかへ行く予定なの?」
「今度試合があって」
へえ、どこで、と聞こうとした時、ジリリリリ!とベルの音が響いた。
「パスポートの申請は15時で締め切りです。」
時計を見上げると、あと10分ほどで15時になるところだった。
黒髪の少女は他人事みたいに毛先をくるくるともてあそんでいる。
「あなた、のんびりしてる場合じゃないじゃない!早く電話をして、パスポート取っちゃわないと。」
少女の顔を見て驚いたご婦人が慌てた様子で声をかけて来た。
「この子、代表選手でしょ?早く早く。試合に出られなくなってしまうじゃない。」
えっ、代表選手?それは大変だ。
私は少女の手を引いて、窓口に急いで手配してもらえるよう頼みに走り出した。
そこで目が覚めた。