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祖父のお仕事 1
あかりは亡くなった祖父の部屋の、どうしてもあかない小さなドアの鍵を探すことにした。
しかし数日かけて遺品を整理したが、部屋からそれらしい鍵は見つからなかった。
からっとした夏の午後、祖父の部屋で途方に暮れていると、祖父の友人という男が訪ねてきた。
「ああ、君が孫のあかり君か。跡を継いだかい?」
あかりは首をひねった。何のことか分からない。
「いえ、祖父からは何も。」
男は驚いた顔をした。
「参ったな。まさか跡目を作らず逝ったのか。」
頭をボリボリと掻いて、あかりの困惑した顔を見てから、部屋の北側にある小さなドアをちらりと見る。
「ああ、祖父のお知り合いならあのドアのこと、ご存知ですか?鍵がかかってて開かないんです。」
あかりは思い切って尋ねてみた。男はこの質問にぱっと表情を明るくし、そうか、そうかと何度か頷いて見せた。
「しかし残念だが僕には鍵のことは分からない。烏団地の大家だったら何か知ってると思うね。あいつは君のお爺さんとかなり親しかったからね。」
それじゃあそのうちまた来るよ、といって男は去った。
跡目がなんなのか、ドアがなんなのかは質問させてくれなかったけれど、とにかくその大家に会いに行けば何か分かるかもしれない。
ひとりで烏団地に向かうのは不安だったので、ユキを誘った。
木々に囲まれ雑草も多い給水塔脇の小路を抜け、こまかいヒビが走るいかにも年季の入った灰色の壁のアパートへ向かう。
「すげーとこだね。」
ユキが苦笑いしている。
大家の部屋は二階の一番奥だった。安っぽい今にも剥がれそうな木目がプリントされたドアを3回ノックしてこんにちはと声をかける。
「おはいりよ。」
こちらが誰かも確認せず、声が中へ招いた。
部屋の中は外観とは広さも雰囲気もまるで違った。
南側はすべて窓になっていて、青空がまぶしい。空は眩しいのに部屋の中は薄暗く、高い天井に届く本棚やアンティークの調度品の輪郭をぼかしている。あかりとユキはぐるぐると部屋を見回して圧倒されていた。
大家はヒリヒリする感じのする若い男だった。何かモヤモヤしたものに似ている、とあかりは思った。モヤモヤが何なのかは言語化できずモヤモヤする。
大家はカップのお茶を上品に飲んでから、
「用事は何です?」
と尋ねた。
あかりは自分の名前と祖父の名前を伝え、部屋のドアの鍵についてあなたに聞いてみるようアドバイスされたことを話した。
大家はじっとあかりを見ていたが、書斎机の引き出しをゆっくり開いて、1本の鍵を取り出した。
鍵は暗い部屋の中のわずかな光を反射して、鈍く光っている。
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