見出し画像

ヤマザキマザック美術館「レトロ・モダン・おしゃれ 杉浦非水の世界」感想とみどころ

1.概要

ヤマザキマザック美術館で開催されている「レトロ・モダン・おしゃれ 杉浦非水の世界」を観てきました。さいたま在住なのですが仕事の都合で長期名古屋に滞在することになり、前から気になっていたヤマザキマザック美術館に行ってみることにしました。

日本のグラフィックデザインの先駆者 杉浦非水(すぎうら ひすい/1876-1965)。多摩帝国美術学校(現 多摩美術大学)初代校長としても知られています。
愛媛県松山市出身の非水は東京美術学校日本画科を卒業後、師と仰いだ近代洋画の巨匠、黒田清輝(くろだ せいき)がフランスから持ち帰った1900年パリ万国博覧会の絵葉書や資料等によってアール・ヌーヴォーのデザインを知り、さらに1922-24(大正11-13)年のヨーロッパ留学によってアール・デコをはじめとするヨーロッパ美術・デザインの潮流に触れました。
非水は様々な影響を受けながらも、特徴を的確に捉える鋭い観察眼、時に繊細優美、時に大胆で力強い変幻自在な作風で、カルピスやヤマサ醤油、東京地下鉄道(現東京メトロ)、鉄道省(現JR)名古屋鉄道局などのポスター、ジャパン・ツーリスト・ビューロー(現JTB、日本交通公社)の機関誌『ツーリスト』、たばこのパッケージなど数々の名デザインを生み出し、近代化されていく日本の商業世界を彩りました。
特に三越との結びつきは強く、1908(明治41)年の入社以降1934(昭和9)年の退社まで、三越のポスターや広報誌『みつこしタイムス』『三越』などのデザインを一手に引き受け、「三越の非水か、非水の三越か」と言われたほどでした。
この展覧会では、ポスターや書籍・雑誌のデザイン、広告・商標・パッケージデザイン、写生を旨とした非水が丹精込めて制作した木版画集『非水百花譜』など数多くの作品を分野別に展観し、非水の魅力に迫ります。
また、非水の旅行鞄や滞欧日記、滞欧期スケッチ、『三越』表紙デザインを柄模様とした長襦袢、非水のポスター中の女性をほうふつとさせるレセプション・ドレスやシャネルのデイ・スーツなども合わせて展示。
非水の生きた時代と足跡を多面的にご紹介いたします。

展覧会公式HPより

2.開催概要と訪問状況

展覧会の開催概要は下記の通りです。

【開催概要】  
  会期:2023年10月27日(金)から2024年02月25日(日)
 休館日:月曜日
    ※1月8日、2月12日は開館、年末年始(12月29日~1月4日)、
     1月9日(火)、2月13日(火)
開場時間:平日 10時から17時30分(最終入館17時)
     土日祝 10時から17時(最終入館16時30分)
一般料金:一般:1,300円(10名様以上1,100円)
     小・中・高生:500円
     小学生未満:無料
 *各種障害者手帳(ミライロID可)をご提示の方とその同伴者1名は1,100円
 *音声ガイド無料サービス
 ※美術検定の合格証提示で入館料が100円引きになります。

展覧会公式HPより

訪問状況は下記の通りでした。

【アクセス】
地下鉄「新栄町」駅を出てすぐです。私は地下鉄「栄」駅から10分ほど歩いたのですが、錦通りを一直線に東に行けばいいので迷わずにすみました。むしろ栄駅から地上に出るのに苦労しました…。
    
【日時・滞在時間・混雑状況】
日曜日の13時頃訪問しました。割とすいていてゆったり見学できました。常設展もゆっくり見て回って、15時頃会場を後にしました。

【会場構成】
1Fが受付、ショップ、4Fが企画展、5Fが常設展となっていました。エレベーターで移動します。

【写真撮影】
企画展は撮影不可、常設展は一部を除き撮影可でした。

【グッズ】
企画展のカタログがありました。愛媛県美術館制作の非水の絵柄の俳句帳がありましたが、土地柄が表れてるなと思いました。

3.展示内容と感想

展示構成は下記の通りでした。

ポスター
三越広報誌等
非水百花譜
図案集
雑誌表紙(ジャパン・ツーリスト・ビューロー関係)
雑誌表紙
書籍装丁
たばこパッケージ
ラベル・広告等
絵画作品
滞欧期スケッチ・日記等

作品リストより

杉浦非水は山下裕二さんの著書「商業美術家の逆襲: もうひとつの日本美術史」で商業美術の元祖として紹介されており、興味を持っていました。会場入ってすぐの「三越呉服店 春の新柄陳列会」(1914年)からいきなり大正ロマンの世界に惹き込まれます(笑)。冒頭の広告のコーナーではパースを強調した都市の風景と急角度な文字を配した作品が印象に残り、今見てもエッジの立ったデザインだと思いました。ただ無機的な印象はなく、暖色が中心の配色もあって全体的に温かみを感じるものでした。続く三越の広報誌のセクションでは非水のデザインの多彩さを味わえました。アールヌーヴォー風の曲線が活かされたもの、浪漫主義的でアンニュイな作品なども魅力的でしたが、日本の風物をシンプルに描いたもの描いたものが多いように思いました。百貨店の高級感よりも季節感や親しみやすさを大事にしたかったのかもしれません。

「百花譜」(1929-34年)は植物をアールヌーヴォー風でなく、アールデコ風にすっきりと描いているところが印象的でした。制作されたのが牧野富太郎(朝ドラでおなじみ)が植物図鑑を制作していた時期と重なるのではないかと思うのですが、交流があったのか、またお互いの作品をどう見ていたかなど気になるところです。

エントランスより

ヨーロッパ留学中のスケッチも展示されていました。アイデアを練った広告や雑誌表紙のデザインを先に見てきた分、率直な表現が却って印象に残りました。デッサンをベースにしつつ要素の取捨選択を繰り返すことによって独自のデザインが生み出されていたのかなと、創作の秘訣を垣間見た気がしました。

最後には晩年の肉筆の絵画作品が展示されていたのですが、伸びやかな筆致が魅力的でした。デザインの仕事の第一人者である一方で、自由に絵を描ける喜びのようなものも大事にしていたのかなと思いました。

4.個人的見どころ

特に気になった作品、印象の残った作品は下記の通りです。

◆杉浦非水「東洋唯一の地下鉄道 上野浅草間開通」1927年 京都工芸繊維大学美術工芸資料館
地下鉄そのものよりも地下鉄を待つ人々をメインに描いているところに非水のセンスと人柄が表れているように思いました。乗客のわくわく感が伝わってきます。

◆杉浦非水「みつこしタイムス 第7巻第7号」1909年6月20日 ヤマザキマザック美術館
意外と和が多い「みつこしタイムス」の中でもこちらは大胆に和柄自体が描かれており、インパクトがありました。

◆杉浦非水「雨」1965年 愛媛県美術館
こちらが非水の絶筆となったそうです。灰色の影で表現された雨と煌めくように一朶に様々な色を集めた紫陽花の描写が美しく、思わず見入ってしまいました。

◆ポリフォン社製「オルゴール」1900年頃 ヤマザキマザック美術館
会場では非水の作品の合間に美術館所蔵のガレやドームの花器、ルイ・マジョレルの家具なども展示されていて、レトロな雰囲気に浸ることができました。タイミングよくオルゴールの実演も見学できたのですが、レコードのように盤を変えて曲を変更できたり複数の音色を出せてビートを強調できたりと、高性能さに驚きました。製造から100年経っても健在なことに当時の職人の技術の高さとオルゴールを受け継いだ人たちの愛情が感じられ、貴重な一時となりました。

5.長めの延長戦

今回は常設展も楽しみにしていました。ポスト印象派のコレクションが充実しているというイメージを持っていたのですが、実際に常設展を訪れて見るとロココ時代から20世紀中盤の美術まで幅広く網羅しており、コレクションの豊富さに圧倒されました。特にロココ時代の大画面の作品が並ぶ一室は迫力がありました。一人の作家の作品が並べて展示され多角的に見られるようになっており、色々と見どころの多い内容でした。

特に下記の作品が印象に残りました。

◆ルイ・ポール・アンリ・セリュジェ「ブルターニュのアンヌ女公への礼賛」1922年 ヤマザキマザック美術館
今年の4月の国立西洋美術館で開催されていた「憧憬の地 ブルターニュ」でこの作品を観たのがヤマザキマザック美術館を知ったきっかっけです。クリスマスシーズンにぴったりのポストカードがグッズになっていたので即断即決で買ってしまいました(笑)。

ルイ・ポール・アンリ・セリュジェ「ブルターニュのアンヌ女公への礼賛」1922年 ヤマザキマザック美術館
※グッズのポストカードを撮影

◆モーリス・ドニ「エウリュディケ」1906年 ヤマザキマザック美術館
◆モーリス・ドニ「聖母月」1907年 ヤマザキマザック美術館
「エウリュディケ」は人間らしさへの賛美、「聖母月」は宗教的敬虔さという、西欧の精神的土壌の微妙なニュアンスが描き分けられているように感じました。

(左)モーリス・ドニ「エウリュディケ」1906年 ヤマザキマザック美術館
(右)モーリス・ドニ「聖母月」1906年 ヤマザキマザック美術館

◆パブロ・ピカソ「マタドール」1970年 ヤマザキマザック美術館
闘牛士の中に闘牛場と闘牛そのものも内包されているように感じました。キュビズム(というには後代の作品ですが)とはモチーフを視覚的に分解するだけでなく、存在、意味の面でも再構成しているのかなと思いました。

6.まとめ

企画展、常設展ともとても楽しめました。また名古屋に来る機会があれば是非訪問したいと思います!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?