東京都美術館「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」感想
東京都美術館で開催されている「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」を観てきました。シーレといえば中学生の時に美術の教科書で「死と乙女」を見てあまりのドラマティックさに衝撃を受けた記憶があります。
【訪問状況】
日時:日曜日午前
滞在時間:11:00~13:30
混雑状況:悪天候にも関わらずかなり混んでいました。
感染症対策:手指の消毒
写真撮影:第9章のみ可
展示構成は下記の通りでした。
今回の展示はシーレの初期から晩年の作品まで網羅して展示するとともにクリムトらウィーン分離派の作品も展示されており、全14章と非常にボリュームがありました。ウィーン分離派のセクションの最後にシーレの作品が展示されていたりシーレの作品の合間に同世代の作家のセクションが挟まれていたりと、シーレが先人からどんな影響を受けていたか、またシーレの作品のどこに独自性があるのか感じられる構成になっていました。
シーレの作品は主に「自画像」、「女性像」、「風景画」、「裸体」といったテーマに分けて紹介されていました。画題は異なっても一貫して「死」と「性」がテーマとして存在したように思います。シーレは15歳の時に父を亡くし、その体験から「死」と「性」というものに恐怖を感じて育ったそうです。「死」と「性」を絵に描いて形を与えることで克服しようとしたのか、あるいは作品として発表することで自分の傷口を敢えて見せつけようとしたのか、いずれにしても本人が抱える生きづらさが作品に全面に出ているように思いました。一方でアクロバティックなポーズの女性を描いた素描からはいかに一瞬の難しいポーズを捉えるかに情熱を傾けていたことが感じられれ、シーレが絵を描くという行為自体を楽しんでいたことが伝わってきました。絵を描くことに対する苦悩と喜びの振り幅の大きさが「若き天才」と称される由縁なのかなと思いました。
シーレの作品では特に下記が印象に残りました。
◆エゴン・シーレ「装飾的な背景の前に置かれた様式化された花」1908年 レオポルド美術館蔵
◆エゴン・シーレ「菊」1910年 レオポルド美術館蔵
「装飾的な背景の前に置かれた様式化された花」は一見したところ植物だとは分からない塊(どうしてもエヴァ初号機を連想してしまう…)が描かれているのですが、このボリューム感の表現がシーレの特徴なのかなと思いました。背景の銀は箔を貼ったかのように格子状に区切って塗られていて、実物を見ると意外にも和の趣に通じるものも感じられました。隣に展示されていた「菊」はさらに平面的な描写で、血を吸ったかのような菊の鮮烈な赤が強く印象に残りました。背景は逆に血を吸われたかのように赤から黒のグラデーションがかかっており、不穏な緊張感に満ちた一作でした。
◆エゴン・シーレ「自分を見つめる人II(死と男)」1911年 レオポルド美術館蔵
手前の人物がシーレ自身、背後からのしかかっているような存在は死の象徴とのことです。死とは背後から引きずり込まれるようなものというシーレの死生観が表れている一作だと思いました。
◆エゴン・シーレ「小さな街 III」1913年 レオポルド美術館蔵
こちらを向いている家の面がなぜか顔のように見えます…。この頃シーレはウィーンを離れ田舎町に住居を構えるも近隣住民と諍いを起こしていたそうですが、折り合いの悪い町に対して人格のようなものを見ていたのかもしれません。その割に絵としての印象は可愛らしいのですが。
◆エゴン・シーレ「毛皮の襟巻をした芸術家の母(マリー・シーレ)の肖像」1907年 レオポルド美術館蔵
◆エゴン・シーレ「第49回ウィーン分離派展」1918年 レオポルド美術館蔵
「毛皮の襟巻をした芸術家の母(マリー・シーレ)の肖像」はシーレが17歳の時に母を描いたものですが、実際にそこにいるかのような存在感でした。描写力の高さもさることながら、若いシーレの母への愛情、信頼が伝わる作品でした。一方の「第49回ウィーン分離派展」はウィーン分離派展のポスターで、シーレが亡くなる年に描かれたものです。下に描かれた空の椅子は直前に亡くなった師匠・クリムトの席を意味するそうで、師匠への純粋な追慕の念が感じられる作品でした。過激な作品や会場内に散りばめられた強気な発言から傲岸不遜なキャラクターを想像してしまいますが、内心は人とのつながりを求めていたのかなとも感じました。
シーレの作品以外にも先輩格に当たるウィーン分離派の作品も多数展示されていて、こちらも魅力的な作品ばかりでした。
◆カール・モル「ハイリゲンシュタットの聖ミヒャエル教会」1902年 レオポルド美術館
◆カール・モル「冬のホーエ・ヴァルテ」1912/14年 レオポルド美術館
今回展示されていたウィーン分離派の作品の中で、特に印象に残ったのが風景画です。中でもカール・モルの作品に魅力を感じました。「ハイリゲンシュタットの聖ミヒャエル教会」は日本の新版画を連想させる木版画で、淡い色彩と装飾的な樹木の描き方に抒情性がありました。「冬のホーエ・ヴァルテ」は冬の森の光景を描いた油彩画で、水色に輝く雪の描写が古都の神聖な空気が感じられました。
◆コロマン・モーザー「キンセンカ」1909年 レオポルド美術館蔵
コロマン・モーザーはシャープなデザインのポスターが好きで興味を持っていたのですが、グラフィックデザインだけでなく油彩画も手掛けていたようで、「万能の芸術家」と紹介されていました。確かに作風の幅広さを感じるラインナップで、特に「キンセンカ」は画面全体が引き立てあうような配色で論理的な志向が窺えました。
◆アトリエ・ドーラ(ドーラ・カルムス)「顎に手を当てるグスタフ・クリムトの肖像写真」1907年 レオポルド美術館寄託(ARGEコレクション・グスタフ・クリムト蔵)
クリムトというと隠者のような格好のイメージが強いのですが、スーツ着ることもあったんだと変なところに驚いてしまいました…。
改めて考えると先日観に行ったマリー・ローランサンとエゴン・シーレは活躍した期間が重なるところがあります。ローランサンは1920年代に入ってより女性的でエレガントな方向に作風を変えていきましたが、シーレが1920年代に生きていたらどんな絵を描いただろうと気になりました。色々と想像を膨らませられる展覧会でした!
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