「最低賃金1500円」の件なんだが…
法定の最低賃金が上がること自体はいいことだと思う。
一日に8時間×年間で240日の労働で余裕を持って生きていけるだけの賃金をもらえるのって先進国の最低ラインだと思うので。
一方、最低賃金の法定額を上げるのであれば、それと同時に引き上げなければいけないものがある。
サービスの単価が法定価格で決められてしまっているもの、すなわち診療報酬や介護報酬、保育所への補助金など、である。
純粋な市場経済であれば、サービスの単価は需要と供給の関係で上下する。
だが、医療・介護・保育の世界では、「完全自由市場にして、適切な対価を払える人だけがサービスを受けられる」としてしまうわけにはいかない。
よって、社会保険や公費からの拠出で事業者を支える形になり、結果として「サービスへの対価の単価はお上が決める」という『準市場』となる。
介護保険サービス主体の介護事業者の例で考える。
介護サービス提供に対する単価は法定の介護報酬で決められていて、提供量(利用者の数)を無制限に増やせる業種ではないので売上の総額も天井が決まっている状態である。
その状態で最低賃金が大幅に上がるとどうなるか。
介護の業界では『東京や神奈川でも時給1000円強』という最低賃金スレスレで働いている非正規職員の比率が、業種にもよるがかなり高く、「最低賃金1500円」となったらものすごい給与アップになってしまう。
当然、『それまで時給1500円だった職員』も据え置きにするわけにはいかず(そんなことをしたら中堅どころのパートさんが怒って辞めてしまう)、人件費のコストアップの総額はけっこうすごい額になると思われる。
おそらく、数多くの事業者が堪え切れずに経営破綻もしくは自主廃業することになると思う。
さらに言うと、「どんな職種でも時給1500円はもらえる」となると、給料の割に高いスキルを要求されて神経も疲れる介護職員なんて辞めて別の仕事に移るという人が激増しそうに思う。
勤務医や看護師はさすがに「最低賃金ギリギリ」ってことはないと思うが、看護師資格を持たない看護助手職員や保育所の非正規雇用の保育職員とかだと似たような事情で『離職の大雪崩』が起こる危険はある。
なので、最低賃金を上げるのであれば、診療報酬や介護報酬も同じ比率でベースアップして事業者を支えないと、それらが絶滅してしまって日本の医療と介護が崩壊してしまうぞ、という話。
以下、余談。
「サービスへの対価の単価はお上が決める」という『準市場』の仕組みにはもう一つ欠点がある。
それは、市場経済であれば『お値段』はサービス内容に対する顧客の評価(満足度)によっても上下するのだが、公定価格だとそれがないということ。
名医がすぐに効く処方を出してくれても、ヤブ医者が効かない薬を処方しても、一回あたりの診療報酬は同じなのだ。
むしろ、「先生、治らないんですよ〜」と患者がリピーターで来てくれるヤブ医者のほうが売上総額では多くなるという逆転現象が起こる。
介護の業界でも、利用者さんの評判がいい優秀な介護職員でも、「あの人はちょっと…」とNGを出されるような問題職員でも、事業所に入る介護報酬の時間単価は同じなのだ。
さらに、全体的に見ると供給側が不足しているので、事業者側から見て常に人手不足であり、ヤブ医者や事故リピーター介護職員を『退場』させるということが難しい。
結果的に、「悪貨は良貨を駆逐する」となり、業界全体のサービスの質が下がるということにもつながっていく。
準市場における公定価格の定め方は非常に難しい、という話。