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中国の人口ボーナスーNTAから

はじめに

メイソンら(Mason et.al. 2022)はこれまでのデータ分析から以下を主張する。

  • 世界経済の成長鈍化: 世界のGDP成長率は、人口増加率よりも大幅に低下し、年間約1%ポイント減速する可能性がある。

  • サブサハラアフリカへのGDPシフト: 人口動向が示唆する以上に、GDPはサブサハラアフリカ地域にシフトする。

  • 現役世代の生活水準圧迫: 子供と高齢者への高額な支出により、現役世代の生活水準が圧迫される可能性がある。

  • 低所得国における生活水準向上: 人口年齢構成の変化により、多くの低所得国では生活水準が向上する。

  • 高所得国における経済的影響増幅: 経済ライフサイクルの変化により、多くの高所得国では人口高齢化の経済的影響が増幅される。

  • 公的債務、民間資産、生産性の増加: 人口高齢化は、公的債務、民間資産、そしておそらく生産性を押し上げる。

これらの主張のベースにあるのは彼らが推計したNational Transfer Accounts (NTA)のデータベースである。

本稿ではこのデータベースから中国の長期的な人口ボーナスを紹介し、データベースを評価したい。ちなみに日本のNTAプロジェクトはこちら

人口ボーナスの定義

人口ボーナス(Population bonus)は、どちらかといえば人口的配当(Demographic Dividend)という言葉を使われることが多い。どちらも人口動態変化が経済発展に好ましい影響を与えることを指す。ただ、日本語でボーナスというと一時的に大きな報酬がもられるようなイメージだが、どちらかといえば株式などの金融商品の運用を経済成長に例え、その時に配当が人口から生み出されたという感じだ。そのため筆者は人口的配当という言葉が好きなのだが、日本国内では人口ボーナスが一般的なので、それに従う。

第1の人口ボーナスは、生産年齢人口増加が与えるものである。1人あたりの所得の成長率は、1人あたりの生産と人口に占める生産年齢人口比率の二つに分解される。

$$
gr[Y/N]=gr[Y/L]+gr[L/N]   (1)
$$

したがって、gr[L/N]という人口に占める生産年齢人口比率の変化率が純粋な人口動態変化による部分である。これが第1の人口ボーナスと定義され、扶養率(SR:Support Ratio)と呼ぶ。

第2の人口ボーナスは、労働生産性の向上である。ここでは資本蓄積が進めば進むほど、つまり労働者に対して機械などの資本が多くなればなるほど生産性が向上すると考えられる。人口が高齢化すれば、若い世代からの所得移転あるいは若いうちからの資産形成(あるいは国による強制的年金の徴収)が進む。所得移転は労働の生産性に影響を与えないが、資産形成は開放経済でないとすれば資本蓄積の原資となり、労働生産性を向上させる。

1人あたりの生産は、1人あたりの資本ストックで決まる。コブダグラス型生産関数でその成長率の関係をみると、

$$
gr[Y/L]=(\frac{\alpha}{1 - \alpha})gr[K/Y]
$$

詳細は省くが、このgr[K]という資本ストックの成長率とgr[W]という資産の成長率がほぼ同じと仮定し、また資本分配率αを1/3と設定すると、(1)式は

$$
gr[Y/N]=gr[L/N]+0.5gr[W/Y]   (2)
$$

となる。右辺第2項が第2の人口ボーナスであり、所得の成長に伴う資産形成、およびその資本蓄積によるものと定義される。

1人あたりの所得の変化率=第1の人口ボーナスの変化率+第2の人口ボーナスの変化率

となる。

データ分析

人口ボーナスの分析

NTA Network(2020)から中国のデータをダウンロードし、第1の人口ボーナス、第2の人口ボーナスの変化率をみたものが下の図である。(人口動態のデータは国連の中位推計による。)


図1 中国の人口ボーナス

これによると、中国の第1のボーナスは1971年からはじまり、2011年で終了している。第1の人口ボーナス期間は40年続いたことになる。第2の人口ボーナスは第1の人口ボーナスから遅れて始まるのが一般的なので、1986年から本格的に始まり、2011年にピークを迎え、その後は2091年頃まで続いている。この意味で,メイソンらは,第2の人口ボーナスは遅れてやってきてかなりの長い間続くと主張している。

人口ボーナス全体を見てみると、その形状はほぼ第1の人口ボーナスに相似していること、2041年に人口ボーナスは終了することがわかる。

第2の人口ボーナス

上記では第2の人口ボーナスの測定をかなり単純化して計測している。メイソンらは第2の人口ボーナスを考えるにあたって,二つの重要な指標を提示している。

1つは超長期的な扶養率(LSR:longitudinal support rate)である。扶養率(SR)が人口に占める生産年齢労働力数であったが,これは簡単に言ってしまうと,消費者人口に占める労働力人口でもある(失業は考えない)。超長期的扶養率とは,今後労働ができるであろうという労働の見込み期間と今後リタイアしてもずっと消費するであろう見込みの消費期間の比率である。

LSR=有効労働年数/有効消費者年数

つまりある年代の残りの生涯における予想労働年数と予想消費年数を比較ししている。この指標は残りの消費する生涯のうちどれだけの部分が労働に充てられるかを示す。寿命が長くなるほど(退職期間が長くなるため)LSRは低くなる。メイソンらは,年金資産の需要を考えており、45歳以上のすべての高齢者(LSR45)のLSRに重点を置いている。

もう1つは総所得に占める同じく45歳以上の年金資産(Lifecycle Pension Wealth)である。これらは個人で老後を見据えて年金積み立てを行う個人的年金資産と,政府によって給与等から強制的に天引き・積立する公的年金資産の合計である。この資産WPを総所得YLで割ったもの,すなわち

WP/YL

を重要な指標として採用している。


図2 LSRとWP/YL

中国では1990年代から2030年代頃まで比較的LSRの低下が大きい。寿命が延び,高齢化が進むことで予想労働年数は予想消費年数よりも短くなっていくことの反映である。

資産については2000年あたりから2060年頃まで順調に増加していく。

おわりに

全世界かつもっと幅広い人口と経済の関係に関する分析は、Mason et.al. (2022)に譲るとして、中国のデータ分析からこのデータベースを評価してみたい。

  1. 第1の人口ボーナスは非常にシンプルであり、全消費者数に占める全労働者数(彼らはもっと丁寧に推計しており、SR(扶養率)=有効労働者/有効消費者)の変化である。これはまったくもって理論的にも問題ない。

  2. 第2の人口ボーナスは、かなり仮定が強い。人々の資産形成が経済の資本蓄積に向かうのは確かではあるが、高齢者が多くなればなるほど資産形成は進むのか、家計ベースでは不明瞭だが、公的部門で見て実際そうなのかどうかは確認する必要がある。

  3. ライフサイクルの所得と消費の推計が最も重要である。年代別の消費額、所得額の推計は難易度が高いが、現状は2000年度が基準になっているようである。これを彼らの手法にそって、一度再推計する必要があろう。

参考文献

Andrew Mason, Ronald Lee, and members of the NTA network (2022) Six Ways Population Change is Affecting the Global Economy. Population and Development Review.(https://doi.org/10.1111/padr.12469)
Mason, Andrew, Ronald Lee, Michael Abrigo, and Sang-Hyop Lee (2017). Support Ratios and Demographic Dividends: Estimates for the World. Technical Paper No. 2017/1. New York: United Nations Department of Economic and Social Affairs, Population Division.(https://www.un.org/development/desa/pd/content/support-ratios-and-demographic-dividends-estimates-world
NTA Network (2020) NTA Indicators accessed on 20 Sep. 2024, (www.ntaccounts.org.)


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