人口ボーナス論(4)ー中国の資本蓄積を支える貯蓄は増えているのか?
はじめに
中国では労働増大的な技術進歩が続いていることが示された。労働力人口が減少する中、これは良いニュースである。
また一方で中国の経済成長は資本ストックの増加でもたらされている。マクロ的生産関数を見ても、効率労働1単位あたりの資本ストックの増加は順調に効率労働1単位あたりの生産を上昇させている。
資本ストックの拡大,すなわち資本蓄積を支える貯蓄をみて,人口との関係を考えてみよう。
貯蓄と投資
経済で生産が行われると所得が生み出される。その所得は消費と貯蓄に向けられる。すなわち,
$$
Y=C+S
$$
の関係が成り立つ(国内所得の分配面の関係)。一方,その所得は消費に使われ,投資財の購入にも使われる。つまり支出面では,
$$
Y=C+I
$$
の関係が成り立つ(国内所得の支出面での関係)。したがって,完全競争を前提にすれば,
$$
S=I
$$
となる。ここで,貯蓄率$${s}$$を導入すると,貯蓄$${S}$は所得の関数,
$$
S=sY
$$
として示すことができる。
中国の貯蓄率,投資率は以下のように変化している。
国内貯蓄率は,GDP(支出面)から最終消費額を引いたものを利用している。その中で,純輸出を含んだものと含まないものの両方を計算した。含まないものは純粋な国内貯蓄であり,純輸出を含むものは外貨蓄積が含まれていることになる。投資率は,全社会固定資本投資をGDP(生産面)で割ったものである(どちらも名目値から計算)。
全体的な傾向として国内貯蓄率はこの期間緩やかに上昇していることが見て取れる。つまり,旺盛な資本蓄積の源泉である貯蓄は確かに増えている。同時にこの期間,投資率も上昇しており,貯蓄→資本形成の流れが中国の旺盛な資本ストック蓄積を支えている。
貯蓄と投資のバランスを見てみると,この期間の前半は貯蓄>投資であったが,2000年代半ばから貯蓄<投資の傾向が観察される。
投資率が貯蓄率を上回ってきているのは,2000年代以降輸出主導型経済から投資主導型経済に移行し,とくに2008年のリーマンショック後の政府の4兆元に及ぶ財政支出,地方政府の融資プラットフォームを活用したインフラ整備の影響と思われる。実際2012年の習近平政権以降,過剰生産能力やレバレッジ経済(債務を利用して発展すること)の調整がたびたび指摘されており,それがこのようなマクロデータからも推察されるのである。
(完全競争市場ではないので,理論が示すように$${S=I}$$は成り立たないものの,長期的にはほぼバランスがとれているようにも見える。)
人口ボーナスの別の側面
以上の貯蓄率は,労働者1人あたりの貯蓄率とみても同じことである(分子分母を同じ労働力人口で割るので)。つまり,この期間労働者1人あたりの貯蓄率は上昇してきた。
総人口における生産年齢人口の比率とこの貯蓄率の相関係数を計算すると0.76と比較的高い(図2も参照のこと)。
働く人が増えたから貯蓄が増えるということに強い因果関係はないと思われるが,少なくとも扶養(年少,高齢)人口は消費するだけなので(貯蓄を行う所得がない),生産年齢人口の増加は所得を増加させ,その中から貯蓄に回す余裕もある。したがって労働力人口が増えている期間の貯蓄は増加しやすいのかもしれない。
人口ボーナス論でも,労働力人口増加→働き手の増加→生産の増加を第1の人口ボーナス,労働力人口増加→働く世代の貯蓄増加→投資の増加→生産の増加を第2の人口ボーナスと指摘し,強い相関係数があると主張する研究者もいる(例えば大泉(2018),「中国に人口ボーナスはあったのか?」の第2の人口ボーナスと定義は違うの注意)。
これまで見てきたように,中国の場合,労働力人口の増加がそのまま生産増加につながる第1の人口ボーナスは大きくなかった。ただし,労働力の増加から貯蓄を通じた資本ストックの拡大が経済成長を促したと言えるかもしれない。
おわりに
中国は資本ストックの拡大で経済成長をしている。それを支えたのが上昇する貯蓄率であった。
貯蓄率が上昇するには様々な要因があるので,人口と貯蓄に強い因果関係を指摘することは難しいが,少なくとも生産年齢人口増加による所得増加,それに伴う貯蓄率の上昇,投資の拡大はあったのではないかと推察される。
まだ解明すべき点が3点ある。
1点目は,生産年齢人口が減少すれば,貯蓄率は低下していくのかどうかということ。人口構成と貯蓄率の関係をライフサイクル仮説か何かしらの方法で数量的にみていく必要がある。
2点目は,貯蓄率は永遠に上昇するとも思われないため,資本ストックの拡大が永遠に続くわけではないこと。貯蓄率の上昇は裏返していえば,労働者1人あたりの消費が少なくなることを意味し,経済厚生という観点からは消費が減ると生活の豊かさは下がることになる。中国の貯蓄率は他国よりも高いので、人々が豊かさを享受するなら貯蓄率は下がることになり、資本ストックの拡大は続かなくなる。
3点目は,「第2の人口ボーナス」をどうとらえるかということ。メイソンやリーなどが指摘する第2の人口ボーナスは,高齢化が進むと退職年齢が延長され,将来的な生活を支えるために資産形成が進む。貯蓄が増加して投資が増えると考えられている。反対に大泉のような第2の人口ボーナスを前提とすると,高齢化は働く人々が減るので貯蓄率は減少し,投資が進まない可能性もある。
参考文献
大泉啓一郎(2018)「第10章 老いていくアジアー人口ボーナスから人口オーナスへ」遠藤等編『現代アジア経済論』有斐閣
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