【ノート】高等学校のスクール・ミッション策定の全国的状況に関する一考察
スクール・ミッション/スクール・ポリシー策定に関する法改正
2021年3月の学校教育法施行規則改正にて、「スクール・ミッション」(各高校に期待される社会的役割)の再定義と、「スクール・ポリシー」(①育成を目指す資質・能力 ②教育課程の編成・実施 ③入学者の受け入れ に関する三つの方針)の策定・公表が求められることになりました。
スクール・ミッション/スクール・ポリシーが求められる背景
教育機関のミッションやポリシーは、既に大学など高等教育で導入されています。2017年度に大学に関する法改正がなされ、すべての大学で
(1)ディプロマ・ポリシー(卒業認定・学位授与の方針)
(2)カリキュラム・ポリシー(教育課程編成・実施の方針)
(3)アドミッション・ポリシー(入学者受け入れの方針)
を策定することが義務づけられました。
一方、高校をめぐっては、2020年4月の文部科学大臣による中教審への諮問に「生徒の学習意欲を喚起し能力を最大限伸ばすための普通科改革など学科の在り方」が盛り込まれました。高校等進学率が99%近くに上る一方、少子化の進行で普通科に入りやすくなっているなか、生徒の多様化にどう対応するかが課題となっています。
その回答として高校WGで打ち出されたのが、スクール・ミッションの再定義と、
(1)卒業の認定に関する方針(グラデュエーション・ポリシー)
(2)教育課程の編成及び実施に関する方針(カリキュラム・ポリシー)
(3)入学者の受け入れに関する方針(アドミッション・ポリシー)
という三つのスクール・ポリシーの策定です。
(参考:http://souken.shingakunet.com/career_g/2021/05/post-421b.html)
2021年1月に中教審から出された「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)でも、高等学校の在り方の「基本的な考え方」が示され、その達成のためにスクール・ミッション/スクール・ポリシーの再定義・策定の必要性が強く示されています。
スクール・ミッション/スクール・ポリシーの一覧を公開している都道府県
47都道府県の教育委員会のHPを調べると、自治体別でのスクール・ミッション、スクール・ポリシーの公開状況をみることができます。
2021年11月時点で、7都道府県・1市でWEB上に公開されています。
■北海道 https://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/kki/76777.html
■岩手県
https://www.pref.iwate.jp/kyouikubunka/kyouiku/gakkou/koutou/1047683.html (※資料掲載の「グランドデザイン」を県立高校のスクール・ミッションとして提示(スクール・ポリシーはR4年度作成))
■長野県https://www.pref.nagano.lg.jp/kyoiku/kyogaku/kyoshokuin/shiryo/3houshin_granddesign.html (※資料掲載の「グランドデザイン」を県立高校のスクール・ミッション/ポリシーを示す全体図として公開)
■京都市 ※市内高校に対する方針/スクール・ミッションのみ掲載
https://www.city.kyoto.lg.jp/kyoiku/page/0000289750.html
■島根県
https://www.pref.shimane.lg.jp/education/kyoiku/koukoumiryoku/guranndodezainn/r4guranndodezainn.html (※資料掲載の「グランドデザイン」を県立高校のスクール・ミッション/ポリシーを示す全体図として公開)
■徳島県
https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kyoiku/gakkokyoiku/5047925 ■香川県 https://www.pref.kagawa.lg.jp/kenkyoui/kokokyoiku/koko/kaikaku/policy_r2.html ※スクール・ポリシーのみ掲載
■熊本県 ※素案として策定(R3年度中に正式策定)
https://www.pref.kumamoto.jp/site/kyouiku/110162.html
全国的傾向に関する考察
■スクール・ミッションの捉え方にかかわる多様な実態
スクールミッションは政策文書内では「各高等学校の存在意義・社会的役割等」と示されています。実際に策定されたスクール・ミッションを見てみると、多様な内容・形式で構成されていることがわかります。
*スクール・ポリシーは「育てる人物像・教育課程・求める人物像」という3つの要素が明確であるため、どの自治体でも同じ観点で作成されています。
学校にはもともと【校訓】【教育目標】【経営目標】等の方向目標が定められています。既存のものをスクール・ミッションとして整理したものもあれば、「めざす学校像」をスクール・ミッションとして読み替えたもの、柱となる教育活動とあわせたもの等、さまざまな捉え方が見て取れます。
2021年11月時点で都道府県が公開しているスクール・ミッションを見ると、おおむね以下の3点が内容となり、学校/都道府県によって要素を選択的に採用してスクール・ミッションを構成していると考えられます。
スクール・ミッションの内容となる要素(事例より抽出)
●育成したい生徒像を示すもの
●学校の目指すすがたを示すもの
●柱となる教育活動を示すもの
また熊本県のように、スクール・ミッションの意味内容を明示し、フォーマットを統一した上で策定をすすめている例もあります。
●自治体が共通のスクール・ミッションを提示
さらに別のパターンでは、京都市では「各高等学校の存在意義・社会的役割等」を広域的なものととらえ、自治体内の学校に対して共通のスクール・ミッションを提示しています。
(画像は全体の一部)
現時点での全国的傾向を【策定方針】と【内容】を軸に整理してみます。
■スクール・ミッションの策定方針について
①学校別にスクール・ミッションを策定するタイプ
例:熊本県
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/137996.pdf
②自治体が統一的なスクール・ミッションを策定するタイプ
例:岩手県、京都市
https://www.city.kyoto.lg.jp/kyoiku/page/0000289750.html
■スクール・ミッションの内容について
①意味内容を明示し、限定しているタイプ
(フォーマット統一:どの学校も同じ観点に沿っている)
例:熊本県
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/154277.pdf
②意味内容を明示し、限定していないタイプ
(フォーマット非統一:多様な形式がみられる)
例:島根県 https://www.pref.shimane.lg.jp/education/kyoiku/koukoumiryoku/guranndodezainn/r4guranndodezainn.data/tougouban3.pdf
上記の【策定方針】および【内容】の特徴を図示すると以下のようになります。
■考察
スクール・ミッションの策定のしかたについて、①学校別 と②自治体共通の2パターンについて簡単な利点/弱点を挙げてみます。
①学校別にスクール・ミッションを策定する場合
【メリット】
・学校ごとの特色を出しやすい
・学校個別最適化されたものになるため、生徒、教員や地域等を巻き込んで議論していく場合は適合的と思われる
・解釈の幅が広がり、独創性の高いスクール・ミッションを定義することができる(関係者の納得やモチベーションを引き出す潜在性がある)
【デメリット】
・学校ごとの負担が大きい
・スクール・ミッションの意味内容が明示されていないと、既存の教育目標との整理の仕方に混乱が起きる可能性がある
・スクール・ミッションの文言内に教育目標と手段が混在した場合、教育手段の変更をかえって難しくしてしまう可能性がある
②自治体共通でスクール・ミッションを策定する場合
【メリット】
・各校ごとに策定し直す過程を省けるため、スクール・ミッションの定義に充てる労力を別に振り分けることができる
・スクール・ミッション自体は抽象度の高い方向目標となるため、具体的なスクール・ポリシーを検討する点において学校の特色を出すことができると思われる
【デメリット】
・自治体最適化された内容となるため、学校の実態にあわないものになる可能性がある(→それを避けるため抽象度が高くなる)
・策定段階で、学校外の多様な他者を巻き込んだ議論を行うことが難しい可能性がある
■今後:策定プロセスと見直しのメカニズムへ着目
また、言わずもがな、スクール・ミッションは策定すること自体が目的ではなく、関係者が納得できる共有ビジョンとなることが必要です。
策定プロセスに誰が参加し、どのような議論を経て策定されたのかや、見直しのメカニズムが組み込まれているかが、制度の成否を分けるポイントになると思われます。この点については識者から既に指摘されています。
■策定プロセスを開くこと
どのようなスクールミッション/ポリシーが仕上がったか、と言う側面以上に、作成のプロセスが重要となる。
(中略)スクール・ミッション/スクール・ポリシーは、学校が一方的に宣言して生徒や関係者に理解を求める(生徒や関係者を縛る)ものではない。
■見直しのメカニズムを組み込むこと
スクールミッション/ポリシーは「作りこみすぎない」こと、適宜見直しを図ることが重要ということである。管理職は、つい完成度の高いスクールミッション/ポリシーを作り込む、作りきることを意識しがちになるが、中長期的に各関係者の我がこと意識を喚起し続けるには、完成品を周知させる(押し付ける)よりも、 定期的な見直し、改善のプロセスを組み込み、そこに多くの学校内外の関係者を巻き込むことこそが大切と言える。作り込む、作りきるエネルギーを、継続的な見直しを図るようなシステム作りや、継続的にアンテナを張り、対話をする柔軟な姿勢を保つことに振り向けたほうが、より良い効果を生むと考えられるのである。
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川上泰彦「スクールミッション/スクールポリシーとは」
月刊高校教育 54(7), 22-25, 2021-06 学事出版
上記のような理想を達成するには、学校管理職による高いマネジメント力とセンスが求められます。実際には多くの学校において課題を抱えながら策定が進むと考えられ、現場においてどんな壁があり、どのような支援が必要かを明らかにすることが必要です。
スクール・ミッション/スクール・ポリシーの再定義および明確化は、各設置者が適切なタイミングをはかって行われるものとされています。
それぞれの自治体内で順次策定がすすみ、公開されていく予定です。
公開事例が増えてくれば、上記の仮説は変更されていくと思われるため、全国的傾向を今後も確認していきたいと思います。
*考察ノートとして書きましたので、ご意見等ありましたらぜひお気軽にコメントください*
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参考資料:
・文部科学省「学校教育法施行規則等の一部を改正する省令等の公布について(通知)」https://www.mext.go.jp/content/20210407-mxt_koukou01-000013541_01.pdf
・中央教育審議会「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/sonota/1412985_00002.htm
・川上泰彦「スクールミッション/スクールポリシーとは」 月刊高校教育 54(7), 22-25, 2021-06 学事出版
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