ポッドキャスト番組「沖縄音楽情報交換所」 Episode 1 「沖縄芸能部門初の人間国宝・照喜名朝一」(テキストバージョン)
はいさい!ぐすーよー!
いよいよ始まりましたポッドキャスト番組「沖縄音楽情報交換所」、記念すべき第1回目、Episode 1 のスタートです!
この番組は、その名の通り、沖縄の音楽に関する情報や楽曲をジャンルや沖縄県内県外問わずご紹介したり情報をお寄せいただいたりする番組です。
沖縄民謡・沖縄ポップスはもちろんのこと琉球古典音楽やロック・レゲエ・ヒップホップ・テクノ・フォーク、その他いろいろ、とにかくジャンルに縛りを設けず、メジャー・インディーズ問わず、沖縄に関係する音楽を現役ミュージシャンである僕の視点で分析したり曲にまつわるエピソードを交えてお話したりしながら独断と偏見たっぷりに進めていこうと思います。
お届けするのは、東京在住の沖縄出身シンガーソングライター・作詞作曲家・編曲家・音楽プロデューサー・三線奏者・ボイストレーナーの岡村聡士です。肩書き長いっす!
とにかく、これからどうぞよろしくお願いします。
さあ、第一回ということで。
どなたを取り上げてご紹介しようか、とても迷い・・・・・・ませんでした。
迷わず第1回目はこの方だと決めてました。
記念すべき第一回目にご紹介するのは、昨年9月に残念ながらお亡くなりになられました琉球古典音楽の三線奏者で、沖縄の芸能部門で初めて重要無形文化財「琉球古典音楽」の保持者、いわゆる人間国宝に認定されました、照喜名朝一さんです!
実は僕は5年前から朝一先生の息子さんの照喜名朝國先生に師事して琉球古典音楽を学んでいるので、孫弟子にあたるんですね。
なので、ここでも朝一先生と呼ばせていただきます。
僕は朝一先生との直接の関わりはほんの少ししかないので、こうして語るのは大変おこがましいことなんですけれども、長年に渡る沖縄の伝統芸能に対する多大な貢献に尊敬と感謝の思いを込めて、ご紹介させてもらいます。
まずは簡単にですけれども、朝一先生のプロフィールをご紹介します。
1932年(昭和7年)4月15日生まれ。沖縄県島尻郡知念村、現在の南城市出身の三線奏者です。
幼い頃から三線に親しみ、村芝居の地謡(じかた・じうてー)などで活躍されていたそうです。
25歳で琉球古典音楽安冨祖流師範の宮里春行先生に師事し、本格的に琉球古典音楽の道を歩み始めます。
那覇市東町にある朝一先生の稽古場にはこの宮里春行先生の銅像が鎮座してますね。
1979年に文化庁芸術祭で優秀賞を受賞。1986年に国指定重要無形文化財「組踊」保持者に認定。そして2000年には沖縄の芸能部門で初の人間国宝に認定されました。
安冨祖流絃聲会会長や名誉会長を務め、県内国内のみならずアメリカなど海外にもにたくさんの門下生をもち、後進の指導にも尽力され琉球古典音楽の普及に多大な貢献をされました。
そんな朝一先生ですが、残念ながら昨年2022年9月10日に那覇市の自宅でお亡くなりになりました。享年90歳でございました。
まあ、お聴きいただいているみなさんの中には琉球古典音楽には馴染みが無いという方が多いかもしれませんし、僕自身も学んでいる最中なわけですが、ざっくりお伝えすると琉球古典音楽とは琉球王朝時代に宮廷音楽として演奏されていた音楽です。主に中国からの冊封使や薩摩藩・江戸幕府に対する接遇として披露されていたようです。その曲数は200曲余りと言われてまして、現在でも琉球舞踊や組踊、沖縄芝居などの楽曲として用いられ親しまれています。
琉球王国が無くなったあと、野に下った士族たちとともに三線が沖縄各地に広がって、各地の農耕歌とかわらべ歌などと結びついたり毛遊び(もーあしびー)と呼ばれる現在でいう合コンみたいな場で歌い継がれたりする中から、沖縄民謡・琉球民謡と呼ばれる曲の数々が生まれ発展していくわけです。
この辺の話をするとどんどん長くなってしまいそうなので、とりあえずこれくらいにして、まずは1曲聴いていただこうと思います。
朝一先生といえばその類まれな音域と声量で多くの人々を魅了したわけですが、その魅力が如実に現れる曲といえばやはりこれだと思います。
古典曲の一つ「仲風節」。
「誠一つの浮世さめ のよでい言葉の あはぬおきゆが」
(まくとぅふぃとぅつぃぬ うちゆさみ ぬゆでぃいくとぅばぬ あわんうちゅが)
誠実であることがこの世の中で最も大切なことである。
誠実な心で語る言葉が、相手に伝わらないはずはない。
そういう教訓的な歌詞のこの曲、三線の中弦(なかじる)真ん中の弦を一音上げる二揚げ(にあぎ)と呼ばれる調弦で演奏されますけれども、「干瀬節(ふぃしぶし)」「子持節(くゎむちゃーぶし)」「散山節(さんやまぶし)」「述懐節(しゅっくぇーぶし)」とともに情節(じょうぶし)と呼ばれる情感溢れる曲想で、独唱曲として歌われることの多い1曲です。
朝一先生の葬儀には僕も急遽沖縄に帰って参列したんですけれども、その際、息子さんの朝國先生が挨拶の最後に突然アカペラでこの「仲風節」の一節を歌ったんですよ。
感謝とかこれからの覚悟とかきっといろんな思いが込められていたと思うんですけれども、その歌が本当に素晴らしくて、心にとてもググッと響きました。
では、お聴きいただきましょう。
照喜名朝一先生で「仲風節」。
はい、照喜名朝一先生で「仲風節」お聴きいただきました。
いかがだったでしょうか?
この艶やかな声の伸びと、力強さ・柔らかさを併せ持つ豊かな表現力はやはり素晴らしいですね。
すでにお伝えしてますが、僕は東京の教室で息子の朝國先生から指導を受けているので、朝一先生との直接の関わりはほんの少しだけなんですよ。
初めてお目にかかったのは4年半くらい前、琉球新報社主催の琉球古典芸能コンクール安冨祖流三線新人部門に挑戦した時でした。
県外や海外からもたくさんの門下生がコンクールの数日前に沖縄入りして、毎日那覇市東町の稽古場に通って稽古するんですけれども、本番前日とかに兄弟子から「じゃあ、順番にハッピールームに行って」とか言われるんですよ。
当時、稽古場が1階、朝一先生のお住まいが2階にありまして、その2階の朝一先生のお部屋に伺って、コンクールの課題曲を演奏し聴いてもらい最終チェックをしてもらうんですけれども、それが「ハッピールーム」って呼ばれてたんですよ。
いつも那覇で稽古していて朝一先生とお会いする機会がある弟子たちはまだしも、県外や海外から来た駆け出しの門下生たちにとってはですね、人間国宝の目の前で演奏するなんて確かに光栄で幸せなことなんですけれども、ハッピーなんていうよりもただただ緊張と恐怖の時間なんですね。
今となっては本当に貴重でハッピーな時間だったと心から思いますけれども、当時は「ハッピールーム」なんて陽気で軽い感じじゃなかったですね、ぶっちゃけ(笑)。
そこで最終チェックとアドバイスをいただいて翌日のコンクール本番に挑むわけですけれども、その本番の時も舞台の袖までいらしてくれて、ひとりひとりの三線の調弦をチェックして本番に送り出してくれるんですね。
僕にも「昨日と同じようにやりなさいよ~」と優しく声をかけてくださって、舞台へ向かう直前には背中に手を当ててパワーを注入してくれて、送り出してくれました。
お陰様でその時の新人部門には無事合格して、3年後の一昨年は優秀部門にも合格しました。
ただ、コロナ禍だったのでね、その年のコンクールには東京からリモートで審査受けたんですね。なのでハッピールームには行けなくて残念でした。
あと、2019年には朝一先生の米寿のお祝いにということでアメリカ・ハワイの門下生たちが企画したニューヨーク・カーネギーホールでの「TOBE! Uta Sanshin in NY 」という公演にも付いていく形で参加しましたね。
歴史あるカーネギーホールで紋付袴を来てたくさんの門下生たちと「伊野波節(ぬふぁぶし)」という曲をね、斉唱させてもらいました。
その翌日には一緒にニューヨーク市内を観光したり、とてもいい思い出ですね。
もしあれが1年後だったらコロナが始まってしまって実現できなっただろうなあと想像すると、本当にあのタイミングでご一緒できて良かったと思います。
朝一会USA支部のみなさんに感謝ですね。
さあ、ここでまた1曲お聴きいただこうと思いますが、今度は舞踊曲としても大変愛されている曲「浜千鳥節(ちぢゅやー)」です。
「浜千鳥」と書いて「ちぢゅやー」と呼ばれます。
こちらも二揚げの調弦で、旅先から離れた親や愛する人を思い浮かべる望郷・郷愁の思いの詰まった曲です。
昨年NHKで放送されていました朝ドラ「ちむどんどん」の最終回で、上白石萌歌さん演じる比嘉歌子の唄三線に合わせて、お母さん優子役の仲間由紀恵さんが舞踊を披露するというシーンがこの「浜千鳥」でした。
僕にとってはこのドラマで一番好きなシーンで、歌子(上白石萌歌)さんの唄三線もとても素晴らしかったんですが、その時の印象がですね「ん?朝一先生の浜千鳥っぽいな~」だったんです。
もしかしたら、朝一先生の音源を参考にして練習したのでは?なんて思っちゃいましたが、あくまでも僕の勝手な想像なので事実はわかりません。
今回ね、録画していたそのシーンを改めて確認してみましたんですけれども、ん~、やっぱりちょっと違うかな?
って、どっちなの!?って感じですけれど、まあもしその回の録画をお持ちの方は、比較して聴いてみるのも面白いかもしれませんよ。
それでは、お聴きいただきましょう。
照喜名朝一先生で「浜千鳥(ちぢゅやー)」です。
どうぞ。
はい、照喜名朝一先生で「浜千鳥(ちぢゅやー)」お聴きいただきました。
このポッドキャスト番組でご紹介できる音源は音楽配信サービスSpotifyで配信されている音源に限られるので、正直なところ今現在お届けできる朝一先生の音源はごくわずかです。
古典曲はもちろん舞踊曲もオリジナル曲も聴いていただきたい音源はたくさんあるので、今後ぜひこういったサブスク配信もしてもらってもっともっと多くの方々に聴いていただけるように僕の方からも働きかけていきたいな~なんて思っています。
古典曲の中には1曲で10何分もかかる曲もあって、普通のラジオではまあまずフルで流すことはできないと思うんですけれども・・・放送時間の制約がありますからね・・・こういうポッドキャスト番組だったらそれを気にせずご紹介できな~と思っています。
ただ、睡眠薬的な感じになってしまう可能性は否定できませんがww
もし、今後新たな音源をご紹介できる環境ができましたら、また改めて朝一先生の特集回を設けたいと思います。
さて、今回ご紹介しました朝一先生の意思を継いでこれからも稽古に励む朝國先生以下我々門下生ですけれども、実はその照喜名朝一・朝國研究所東京教室が昨年開設10周年を迎えました。
コロナ禍がなければ本当は昨年開催する予定だった10周年記念公演が今月1月21日(土)に東京都江東区にございます深川江戸資料館小劇場にて開催されます。
っつーか、もう今週末なんですね!
最寄駅は都営大江戸線・東京メトロ半蔵門線の清澄白河駅になりますね。
古典の斉唱や独唱はもちろんのこと、琉球舞踊やお琴・笛・太鼓の賛助出演のみなさんのお力をお借りして、普段の稽古の成果をご覧いただきたいと思いますます。
もちろん僕も舞踊の地謡(じかた)と独唱で出演する予定です。
普段、個人で行っているオリジナル曲中心のライブとは全く違う姿をお届けできると思いますよ(笑)。
僕の直接の師匠であります照喜名朝國先生の演目もございます♪
この配信をお聴きになるタイミングにもよりますが、もし公演を観たい!興味ある!という方がいらっしゃいましたら、この回の概要欄に僕のオフィシャルサイトと東京教室のサイトのリンクを貼っておきますので、どうぞご連絡ください。
よろしくお願いします。
【岡村聡士オフシャルサイト/公演詳細】
【照喜名朝一・朝國研究所東京教室HP】
それでは、もう1曲お届けします。
その公演でも兄弟子たちが演奏します舞踊曲「汀間とー(てぃーまとぅー)」です。
雑踊り(ぞうおどり・ぞううどぅい)の大変人気のある演目で「汀間とー節(てぃーまとぅーぶし)」と「月の夜節(ちちぬゆーぶし)」の2曲で成り立っています。
朝一先生のこういった雑踊りの唄三線もホント素敵で、音源の時期などによって歌い方もいろんなバリエーションがあるんですけれども、それがまさに唄三線を自由に楽しんでいる感じが本当に凄いなあと痛感させられます。
それでは、お聴きください。
照喜名朝一先生で「汀間とー(てぃーまとぅー)」。
はい、照喜名朝一先生で「汀間とー(てぃーまとぅー)」お届けしました。
ポッドキャスト番組「沖縄音楽情報交換所」の記念すべき第1回目・Episode 1、我が大師匠・照喜名朝一先生をご紹介しましたが、いかがだったでしょうか?
まだまだ探り探りですが、こんな感じで試行錯誤しながらこれからもできれば週1ペースくらいで続けていきたいな~と思っています。
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概要欄にリンクを貼っておきますね。
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よろしくお願いします。
それでは、「沖縄音楽情報交換所」Episode 1「沖縄芸能部門初の人間国宝・照喜名朝一」、最後までお聴きいただき、ありがとうございました!
第2回目もどうぞよろしくお願いします!