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JR上野駅公園口#読書の秋2022
子どものころは、主人公になりきって本を読んでいました。ハラハラしたりドキドキしたり。喜んだり涙したり。主人公がつらい目に合うのが、本当につらかった。
だから悲しい本に出会ったときはショックを受けました。しばらく本を読むのをやめるほど。空想の世界にひたりすぎるのは危険だと思いました。
大人になってからは、本の読み方を変えました。主人公になりきるのをやめて、本を書いた作者と話をすることにしました。
この本で、あなたが伝えたいことはなに?
知らなかった。教えてくれてありがとう。
そうだったんだ。そんなことがあったんだね。
主人公は何故そんなことをしたのだろうね。悲しいね。
こんな感じで、わたしは本を読んでいます。
『JR上野駅公園口』
作者は芥川賞作家である柳美里さん。
2020年に全米図書賞を受賞した作品です。
ネタバレになってしまうかもしれないので、まだ読んでいない方はご注意ください。
この本はすごい作品だと思いますが、読み進めていくのがとっても難しかった。
3回くらい途中で放り投げそうになりました。
メモを書きながら丁寧に読み進める必要がありました。
なぜ、こんなに読みづらくしたのだろう?
作者は始めから読者のことを煙にまきます。
一人称小説なのでひとりごとのようにつぶやいている主人公。
はじめのうちは主人公のことがよくわかりません。
男性なのか?女性なのか?
生きているのか?死んでいるのか?
過去なのか?未来なのか?
いつの時代のことを語っているのか?
ふわふわ移り変わります。
そして主人公に聞こえてくる謎の音。
プォォォン、ゴォー、ゴトゴト、ゴトゴトゴト、ゴト、ゴト、ゴットン、ゴットン、ゴ、トン、ゴ……トン、ブーン、ルゥー、ブシュウーキキ、キキ、キィ、キ……キ……キ……ゴトッ……シュー、ルルル、コト……
なぞが多すぎて、何を伝えたいのか始めはよくわかりませんでした。ストーリー展開がどうなるのかわからない。不安を覚えながら読み進めました。
すると、いきなり主人公の7人の弟や妹の名前が登場します。はる子、ふき子、英男、なお子、みち子、勝男、正男。
そして2人の子供である洋子に浩一。
一気に登場人物が増えると、わたしは名前を覚えることができません。いそいでメモをとりました。
すると二人の老女が会話をはじめます。ここでもまた、人の名前がたくさん登場しました。
ヤマザキ先生、シミズさん、トモちゃん、タケウチさん、ヤマモトさん、ソノダヨシコさん、ユミちゃん、ユウコさん、イイヤマさん、ヒロミさん、ムッちゃん、シノハラさん、フミちゃん、タケちゃん、チーちゃん、クラタさん。
いかがですか?
わけがわからなくなりませんか?
でも二人の老女は単なるエキストラでした。老女の会話で登場する人たちの名前は、今後の展開には関係がありません。とくに覚える必要はなかったのです。
作者はなぜこんなことをするのだろう?
話の流れに関係がない人たちの名前を、あえてたくさん出す必要はないのでは?
そんな風に疑問を持ちました。
でも本を読み進めていくうちに気がつきました。作者はこう言いたいのではないだろうかと。
一人一人にちゃんと名前があるんだよ。
ホームレスになった主人公はエキストラの一人なのです。大勢の人たちが目の前を通過していく。道端の主人公のことを気にする人はほとんどいない。名前を覚えてもらえないエキストラの一人なのです。
そのことに気がつくと、わたしは主人公の名前を知らないことに気がつきました。小説の中で、ほとんど出てこなかった主人公の名前……。
一文字一文字に目を通して探して、ようやく見つけることができました。
森カズさん……
この本は2014年に日本で出版されて、2020年に全米図書賞を受賞しました。なぜアメリカで賞をとったのでしょうか?
それはアメリカで極端になりつつある格差社会を描いているからではないかと思いました。
アメリカでは住宅価格が高くなりすぎて、ホームレスになる方が急増しているそうです。ネットの情報で申し訳ありませんが、カリフォルニアの家賃は安くて月に20-30万円もかかるそう。低価格の公共の住宅は足りていないそうです。
ホームレスになってもボランティアが助けてくれるので、食事にはあまり困らないようです。
それでも圧倒的な格差の前にして、やる気を失ったときに、
街のエキストラのような存在になったと感じたときに、
人はどうやって生きればいいのだろうかと自問自答するのではないかと思いました。
この本をじっくり読んで、そんなことを考えさせられました。読み進めていくのはとっても大変だったけど。
貧しい生活の中、森さんが家族のために一生懸命働いているうちに、愛する家族はバタバタと亡くなってしまいます。
浄土真宗の住職はこう諭します。
「人間のいちばん悪い癖は、どうしても死に際を考えてしまう。良い死に方だったか、悪い死に方だったかを、遺された我々が考えてしまう」
死に際を考えるよりも、どう生きたのかを考えるべきだというように、わたしは解釈しました。
しかし、単身赴任で働き続けていた森さんが家族と一緒にすごした時間は、ほんのわずかなものでした。森さんには、家族が何を考えてどう生きたのかよくわかりません。
自分のためではなく、家族のために働いて身をささげた森さん。もしかしたら、そのときからすでに、森さんは自分のことを殺してしまっていたのかもしれません。
森さんは自分が生きているのか死んでいるのかよくわかりません。ふわふわふわふわ漂いながら、家族の死に際ばかり見つめています。一緒に生きた思い出をつくることができなかった森さん。とても悲しい話でした。
難しかったけど、すごく考えさせられた本でした。おすすめです。
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