
No.1528 人間同士のよしみ
「早朝からの作業は、大変でしょう?おかげで、私達は美しい花に癒されてますけど。」
数年前に、黙々とゴミステーションの傍の花壇の手入れをしていた「花咲か爺」さん(私と同い年であることが判明!)を見かけ、そう声を掛けた時、
「いやあ、ユーチューブで好きな本の『朗読』を聴きながらやってると、結構作業は進むし、時間も忘れさせてくれます。」
ぽっちゃり系の彼は、汗を拭きながらそう答えてくれました。
昨日の朝、コラムを書いて投稿した後、二度寝しようと布団に潜り込んだのですが、なかなか寝付けません。何人かのコラムを読ませて頂いていたらnoteのクリエイター「読む聴くトク」さんの「【朗読】藪の蔭 山本周五郎」(2025年2月22日)に気付きました。
山本周五郎(1903年~1967年)の作品は随分読みました。「藪の蔭」は『小説 日本婦道記』(新潮文庫では11作品中の5番目)に収められています。「花咲か爺」さんの言葉を思い出し、イヤホンで聴き始めました。
父や兄に薦められ、祝言を挙げることになった由紀でしたが、その夜、夫となる安倍休之助が薮の蔭で誰かに襲われ、重傷を負って倒れているところを人に助けられて帰って来るという波乱の人生の船出となりました。 祝言前の、盃も交わさぬうちに起きた大事件だったのですが、由紀は嫁した者の務めと称して逃げ出さなかったばかりか、出しぬけに夫から依頼された八十金もの大金も、嫁入り道具を売さばき、不足分は実家の母に無心し、何とかして工面して差し出します。それなのに、何一つ真実を語ろうとしない不可解な夫、穏やかでつつましく、しっとりとしていたのに、別人と化した姑。 揺れる気持ちを抱えつつ、ひたすら夫と姑に尽くす由紀でした。
ある日、見知らぬ侍(瀬沼)が現れました。男は米の売買に手を出し、お納戸金を使い込む不始末を休之助に見つけられ、大藪の中で闇討ちを謀ったのでした。ところが、夫の休之助は彼に殺されそうになったのに、本人にも知られることなく彼の罪を自ら被り、大枚八十金をお納戸頭に収めたのです。親切にも程がある、信じがたい行為でした。
しかし、全ての事情を知った犯人の瀬沼が、後悔のあまりに休之助の家を訪ね詫びた時に、休之助はこう言いました。
「(略)…人間は弱いもので、欲望や誘惑にかちとおすことはむつかしい。誰にも失敗やあやまちはある、そういうときに互いに支えあい援助しあうのが人間同士のよしみだ、あのときのことは知っていて、意見をしなかった拙者にも半分の責任があると思った、そして自分にできるだけのことはしてみようと考えたのだ、それが幾らかでもそこもとの立直る力になってくれればよいと思って…」
休之助の考え方に諸手を挙げて賛成はできません。しかし、こんな私であるがゆえに、在職時に起こした失態も一再ならずありました。ここまで考えてくれる同僚や上司がいてくれたら何と心強いことだったろうかと振り返り、熱い思いになりました。
一切の妨げなく、じっと天井をにらみながら話者の声に耳を傾けました。そこには目で活字を追うのではなく、研ぎ澄まされた想像の世界の見え方感じ方がありました。没頭しました。眠るどころか逆に覚醒し、56分間しっかり聴きました。
ネットで調べてみたら「朗読 藪の蔭」は数人がユーチューブに挙げていました。私は、前述の「読む聴くトク」さんから大きな感動を与えていただきました。心よりお礼を申し上げます!
※画像は、クリエイター・Suisei_Houkiboshiさんの「洛西の竹林」の1葉をかたじけなくしました。お礼を申し上げます。