No.1118 書き初め
今から35年前の1989年(平成元年)1月17日発行の「国語科通信第7号」(私的に始めた手書きの国語科教員交流新聞。当時、私は36歳でした。)のコラムリレーで、大先輩のS先生(55歳、教頭)がこんな文章を寄せてくれました。
桃太郎が桃から生まれたなら、S先生は口から生まれたと言っても過言ではなく、理論派であり、雄弁家でありました。「正義感」と「プライド」の二刀流で、容赦ない物言いをします。正論を誰はばかることなく堂々と述べるので、職場で同僚に煙たがられ、家で子どもたちに煙たがられました。換言すれば、一途であり信念の人物でした。そして、人に厳しく、自分にも厳しい御仁でした。隙が無いので好きになれない、そんな印象もありました。
S先生は、その28年後の2017年1月に82歳で病没されました。
息子さんは、若いころ、そんな父親にひどく反駁していたそうです。なにしろ家で君臨する頑固で問答無用の親父です。多情多感な若者には、横暴の権化のように思われたことでしょう。やることなすこと、父親とは反対の世界を目指したのではないでしょうか。
今年の1月にお参りに伺ったのですが、S家はご不在でした。夜になって奥様から礼の電話を頂戴したときに、S家の壁の「書き初め」が今はどうなっているのかを尋ねると、
「あれほど父親を憎んでいた息子ですが、思い出したんでしょうね。夫が残してあった龍に関する言葉を探し出して来て、家族で一字ずつ書いた軸を掛けています。」
と答えてくれました。S先生の遺志が生きていました。伝わっていました。お話を伺いながら、心が温かくなってゆくのがわかりました。
家族が寄り添って一幅の書を書き上げます。それは、そこに健やかに在ることの証であり、和やかな笑いを生み、結束力を高める家族の年間行事の証でもあるのでしょう。確かに、同心円が描かれていました。S先生は良いものを遺されたな、流石だなと思いました。
※画像は、クリエイター・Kaniemon|写真作家さんの「書き初め」の1葉です。初めの一字のうち込みの静かな緊張感を切り取っています。お礼を申し上げます。