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No.873 『天草本 伊曾保物語』ご一緒しませんか?

「ツチクッテ ムシクッテ シブーイ(土食って虫食って渋ーい)」
4月20日前後のごろから学校の傍でツバメを見かけるようになりました。ツバメと言えば、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』(1888年初版)の感動的で悲しい話を思い出します。でも、今日お話ししたいのは、イソップ童話の中で語られたツバメのことです。
 
ヘッダー画像は、戦国時代の1593年(文禄2年)に、天草にあったイエズス会から発刊された『ESOPONO FABVLAS』(『天草本 伊曾保物語』)の「燕と緒鳥のこと」というお話の冒頭部です。よーくご覧ください。

実はぜーんぜん外国語ではなくて、ポルトガル式ローマ字で書かれています。ローマ字ですから、私たちにおなじみです。ただ、今では使われていない文字もありますから、「謎解き」のつもりで、一緒に数行だけ読んでみませんか?私的に、漢字を当ててみました。
 
「 燕と諸鳥のこと
ある人 麻の 種を まく ところを 見て,つば-
め これを 悲しみょうた: 日を 経て 次第に 苗に
生いづれば, いよいよ つばめ これを 悲しゅうだ ところ
で, 諸鳥 これを 見て 笑うて 言うは: なぜに つばめ
は 悲しむぞと 問えば, つばめ 答えて 言うは: (略)」
 
ほら、読めたでしょう?面白いでしょう?楽しい de show?
この全文を口語訳すると、
「燕と諸鳥の事
 ある人が麻の種を蒔いているところを見て、ツバメが悲しんだ。日が経ち、だんだんと苗に成長するので、ますますツバメがこれを悲しんだところ、他の鳥たちがそれを見て、笑って言った。『なぜツバメさんは、悲しむんだい?』と問うので、ツバメがこたえて言うには、『この麻が成長して罠となり網となったら、我々が命を落とすきっかけになるのじゃ。それを思うと、嘆き悲しむばかりだ。みんなも、この苗が小さい時に、全て引き抜いて捨ててしまいなされ。』と勧めたが、鳥たちは、むしろ嘲笑するので、ツバメは、『私は、今後、あなた方の味方はいたしますまい。ひたすら人間と昵懇の仲になろう。』と言って、ツバメだけが人の家の中に巣をかけ、子孫を育てるものとなったのじゃ。」
という内容です。
 
さて、この話の後には「したごころ」(下心=真意)といって、短い「教訓」が付けられています。
「したごころ(下心)
遠慮の ない 者は 必ず 近い 憂いが ある
ものじゃ: 少しの 火を 消さねば 猛火の 災い
が でき, 少しの 誤りを 防がねば 大きな と
が(咎)を する もの じゃ」
「教訓
 遠い先のことまで考えない者には、近いうちに必ず困ったことが起こるものだ。小火(ぼや)であっても消さなかったら猛火の災いがうまれ、少しばかりの過ちであっても(早いうちに)防いでおかなければ、大きな失敗や罪を招くものである。」
 
これは、今の世の中でも十分通用する教えです。イエズス会の宣教師たちは、『伊曾保物語(イソップ物語)』を用いて、日本人に短くて分かり易い教訓話を説き、布教活動を広めていたようです。今から430年前の日本人も、同じ話を聴いていたのですね。
 
このお話の中で「ツバメ」がどうして民家に住み着くようになったかの理由も述べられていました。知恵者であり、正論を吐いたツバメでしたが、一般(諸鳥)大衆に意見を受け入れられませんでした。そこで人間寄りに舵を切ったのですね。賢い選択でした。
 
みなさんの所にも、ツバメは訪れているでしょうか?
 
この原文(大英博物館所蔵本)については、次のような本があります。ご参考まで。
『ESOPONO FABVLAS』今泉忠義編著、桜楓社、1959年(昭和34年)3月初版
『天草本 伊曾保物語』勉誠社、大英博物館所蔵本、1976年(昭和51年)3月第1刷