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No.1358 ささやかな願い

ぼーっと生きている私ですが、古歌が胸に食い込んでくることもあります。
 
『万葉集』巻七は、「雑歌」・「譬喩歌」・「挽歌」から成っており、作者不明なものが多く載せられています。その1411番は、次のような挽歌です。
「福 何有人香 黒髪之 白成左右 妹之音乎聞」
「幸(さきは)ひの いかなる人か 黒髪の 白くなるまで 妹が声を聞く」
この歌の解釈として、
「こんなに白髪になるまで、妻が寄り添い声を出して悲しんでくれるとは、なんて幸せな人であろう。」
という解釈もあるようですが、妻を亡くしたのは歌の作者であり、夫婦健在な他人を羨みながらその悲しみを述べた歌として解釈して、
「自分は恋しい妻を亡くしてしまったが、白髪になるまで二人とも健やかで、妻の声を聞くことができる人は何と幸せな人か。羨ましいことだ。」
という口語訳を支持したいと思います。

『寿命図鑑』(いろは出版、2016年)によると時代別の日本人の平均寿命は
 旧石器時代から縄文時代で15歳
 弥生時代、古墳時代が20代前半
 飛鳥・奈良時代が28歳~33歳
 平安時代が30歳(貴族の寿命)
 鎌倉時代が24歳
 室町時代は15歳(戦のため?)
 安土桃山時代には30代に戻る
 江戸時代は32歳~44歳
 明治時代が44歳
 大正時代が43歳
 戦時中の昭和20年が31歳
 平成時代は81歳
だそうですから、正直言って驚きです。日本史に登場する人々の年齢と大きくかけ離れているからです。

この1411番歌の作者は、早くに妻を亡くした人物だったのでしょう。飛鳥・奈良時代の人々の平均寿命が28歳~33歳だったという試算は、貧しい食生活、厳しい労働、乏しい医療等々、彼らを取り巻く環境を考えると、共白髪になるまで連れ添える夫婦が、そんなにいたとは到底思えません。それでも、羨ましさがこみあげるような存在を目の当たりにして詠んだ歌だったのだと推測します。己の叶わなかった人生への嘆きや溜め息が、漏れて伝わってくるようです。年を取るにつれ、いよいよ現実味を帯びて胸に響いてくるのです。

日本人が長寿の時代を迎えられたのは、戦後の高度成長と食生活の豊かさ医療技術や薬品の向上、更には健康志向の運動の意識が高まったからかも知れません。

しかし、人生は不条理・不可解です。一体、何が(誰が?)人生を左右するのでしょうか?偶然?必然?はたまた?

もちろん、夫婦が長年共にいるから、必ずしも幸せとも言いきれないと思います。それでも、叶うなら互いの白髪に目を細められる生き方ができればなと願うこのごろです。


※画像は、クリエイター・大藏達雄さんの「菊の節供(重陽の節供) … 9月9日」の1葉をかたじけなくしました。「菊酒」、いいですね!お礼を申し上げます。「六日の菖蒲十日の菊」となってしまいましたが…。