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No.816 花の命は短くて

「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
細川ガラシャ(伽羅奢・迦羅奢・Graciaは「神の恵み」とか?)の辞世の句です。

皆細川ガラシャは、1563年(永禄6年)明智光秀の娘・玉(玉子)として生まれ、15歳で細川家二代・忠興のもとに嫁いだそうです。才色兼備・戦国一の美人と謳われた女性でしたが、1582年(天正10年)、父・明智光秀が本能寺の変で織田信長を討つや、その運命は急転し、激動の人生を歩むことになりました。

「謀反人・光秀の娘」の汚名を着せられ、忠興は愛する玉をかくまいました。しかし、離婚こそされなかったといいますが、夫・忠興との間は微妙な関係になります。そんな折に心の支えとなったのがキリスト教でした。1587年(天正15年)、忠興が九州征伐に従軍し大阪不在の間に、玉は教会を訪れ、侍女を通じてガラシャの洗礼名をうけました。
 
1600年(慶長5年)、関ケ原の戦いで夫・忠興が徳川方についたことから、ガラシャは豊臣方の石田三成から人質として大坂入城を強要されました。しかし、細川邸において石田勢に取り囲まれる中、自殺のできない信者であることから、家臣の手で自らの命を絶たせたといいます。信仰に生き、信仰を守り、細川家を救ったガラシャは38歳でした。
 
3月5日、BSプレミアム・大河ドラマ「おんな太閤記」(再放送)では、女優・岡まゆみ扮する細川ガラシャのまさにその場面が放送され、不思議な縁を感じた次第です。
 
そのガラシャの辞世の句が冒頭の歌です。
「花も人も、散り時を心得てこそ美しい。花は花として、人は人として。」
時代の転換期に翻弄され、人生に翻弄され、信仰に一途にすがって強く生きた女性です。
 
画像は、3月1日、歩道を歩いていた時に見つけた小さな花壇の1葉です。花弁や葉を精一杯に伸ばして「今は春べ」と咲き誇り、咲き定まっているかのような風情に目も心も引き付けられました。この花たちも時を知り、やがて散りゆくのでしょうが、15歳のお玉が花と共に美を競っているように見えました。
 
「花の春や有の儘なる我ながら」
 加賀の千代女(1703年~1775年)