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No.572 事実は短歌よりも奇なり

今日、7月6日と言えば、何と言っても歌人俵万智さんの、
「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」
の歌を思い浮かべるのは、私だけではないでしょう。1987年(昭和62年)に発表した第1歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)でしたが、5月8日が発売記念日でした。
 
さて、初版の発行部数は3,000部だったそうですが、口語短歌のホープとして刊行前から話題となっていたそうで、出版されるや280万部という驚異のベストセラーとなりました。角川短歌賞や現代歌人協会賞を受賞するなど、新しい現代短歌の旗手のような存在として、多くの若者に影響を与えたそうです。
 
私は、「実話」「恋人」「7月6日」「サラダ」「何気ない日常の幸せ記念日」等々、勝手な解釈をしていたのでしたが、事実は、全く違うものだったことを、それから27年後に、ご本人のツイート記事によって知ることになるのです。
 
2014年(平成26年)7月6日の10時15分~10時50分にかけて、俵万智さん本人が「サラダ記念日」誕生秘話を「連続ツイート」の形式であげていました。私には、ものすごい衝撃でした。以下、その記事を掲げてみます。
 
 「愛読している茂木健一郎さんの『連続ツイート』を真似して、サラダ記念日記念・連続ツイートをしてみます。
 
 1 おととい名桜大学の学生さんに話をする機会があって、そのおり「なぜサラダ記念日は七月六日なんですか?」という質問が出た。実際に七月六日だったわけでも、サラダだったわけでもない。
 
 2 鶏の唐揚げを、ちょっと工夫してカレー味にしたら「お、これいいな」とボーイフレンドに褒められて嬉しかった。そんなささやかなことがきっかけで、こういう気持ちを短歌にしたいと思いました。
 
 3 でも、鶏の唐揚げじゃヘビー。もう少し軽やかなものがいいいかなと思いサラダが浮上。豪華なメインディッシュが美味しいのは当たり前だから、そうでないサイドのもの、という点も大事。
 
 4 次に記念日の制定に入るわけですが(笑)サラダが美味しいのは、野菜に元気が出る初夏。六月か七月か。サラダのS音との響きあいを考えて、月は「七月」に決定。
 
 5 では七月何日にしようかというときに、まず思いついたのが七夕。でも七夕やバレンタインやクリスマスは、多くの恋人たちにとっても記念日。そうでなく、普通のなんでもない日をこそ記念日って思える歌にしたい。で、一日前の普通の日、六日になりました。
 
 6 そんなわけでの七月六日でしたが、丸谷才一先生に初めてお会いしたとき「あれは芭蕉ですね」と言われ、はっとしました。
 
 7 『文月や六日もつねの夜には似ず』という句が松尾芭蕉にあるのです。文月は七月。つまりこの日は、やはり七夕の前日ということで普通の夜とはちょっと違うというような意味。
 
 8 またあるとき、小田島雄志先生にお会いしたら『あれはシェークスピアですね』と言われました。英語でサラダデイズという慣用的な表現(そのもとがシェークスピア)があって、我が青春の日々とか未熟だったあのころみたいな意味だそうです。
 
 9 教養のある人に読んでもらって、歌が立派に見えてきました(笑)短歌は短いものですが、読者に出会うことによって、その世界を広げてもらったり深めてもらったりします。
 
 10 新聞記者のかたに『これ、昭和何年の七月六日ですか? その日の記事にあたってみたいんで教えてください』と言われたことも。
 
 11 うしろから息子が『まだ書くの?』とツッコミを入れてきました。そろそろ終わります。なんでもない日として七月六日を選んだのに、なんだか特別な日になってしまいました。みなさん、よいサラダ記念日を!(^^)」
 
えっ?皆さん方には、先刻ご承知のお話だったのでしょうか?私は、この誕生秘話を読んで、私の勝手な解釈が、「本当に勝手だったんだなぁ。」ということを思い知りました。歌人の創作意図を考えると、事実と虚構の乖離は、芸術(文学)作品誕生のためには致し方のないことなのでしょう。作品は、生まれ落ちるとともに一人歩きを始めます。私のように誤った鑑賞をされる運命を背負っているともいえなくありません。

事実を知ったからと言ってその歌の評価が変わるわけではありません。ただ、私の場合、「誕生の秘話」が「感情の悲話」として認識されることもあるんだなと思った次第です。

私にとって7月6日は、「心の中は、まっさらだ」記念日です。