No.1319 「汗になりたい」
もう50年近く前のことです。「厚顔の微少年」だった大学生の頃、阿佐ヶ谷北の夜道を下宿に向かって帰る途中のことでした。
前方に松葉杖を突きながら足を引きずって歩く青年がいました。あまりに遅い足取りなので声を掛けると、意外にも私の下宿の近くに住んでいる若者でした。しかし、まだ1km近くあります。
「背負って行きましょうか?」
と訊いた私は、自分の口からそんな言葉がついて出たことに驚きました。ところが、初めて会った私に、
「お願いします。」
と彼は答えました。
背負ってみると、そこはやはり男性です。思っていた以上の重さがあり、ちょっと後悔しました。しかし、道中、二人でした話には、忘れがたいものがありました。
彼は、語学の専門学校生でした。昨日のLL教室(Language Laboratoryの略。今となっては、古いか?)での出来事で、急に好きになったという女の子の話をしてくれました。
「LL教室でね、先生が質問したんです。『あなたのなりたいものは何ですか?』と。」
「何人かに指名したんですが、ある女の子が『I want to be the sweat』って答えたんです。先生が『What?』と聞き返したんです。すると、『I want to be the sweat on the cheeks of those who are working hard』(一生懸命頑張っている人の頬に流れる汗になりたい。)と丁寧に答えたんです。もう感激してね、それまで何とも思っていなかった彼女のことが、一気に好きになっちゃったんです。」
7月26日に開幕したパリオリンピックは、連日、悲喜こもごもの熱戦が放映されています。サッカー、バレーボール、柔道、バスケットボール、フェンシング、バドミントン、卓球、ホッケー、水泳ほか、世界のトップレベルの選手が繰り広げる白熱した試合に、TV画面のかぶりつきで手に汗握りながら応援しています。
日本最北端の宗谷岬(北緯45度31分)より更に北に位置するパリ(北緯約48度50分)なのに、厳しい夏だそうです。当然、選手たちは汗まみれになりながらの大奮闘・激闘です。私は、選手の額や頬や首筋に流れ落ちる玉のような汗を見ながら、あの50年前の言葉を思い出しました。
冷や汗くらいしかかかなくなった老いの身の私です。全身全霊で夢を追い求め、一途に果敢に打ち込む選手たちの汗に畏れさえ感じます。
「I want to be the sweat on the cheeks of those who are working hard」
あまりにうろ覚えだったので、翻訳アプリにお手伝いしていただきました。
※画像は、クリエイター・「追究くん」さんの「パリ オリンピック2024開会式」の1葉をかたじけなくしました。熱戦は8月11日まで続きます。そして、パリパラリンピックが、8月28日から9月8日まで開催されます。美しい汗が輝きます。