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No.1112 歳取るも良し

今の時代にそぐわないことわざとなってしまった一つに、
「女房と畳は新しい方がよい」
があります。「若妻と新しい畳の清々しくて気分がよいこと」を男性目線で評した前時代的で封建的な、今となっては時代錯誤的な言葉なのでしょう。
 
畳は、古くは奈良時代や平安時代にさかのぼるようですが、鎌倉時代以降に「書院造」が生まれ、部屋全体に畳が敷かれるようになったといいます。庶民にも普及するのは江戸時代中期以降のことだそうで、さらに明治時代に入って畳の柄等の規制も無くなり、一気に一般社会に広がっていったことを知りました。
 
「女房と鍋釜は古いほど良い」
という反対のようなことわざもあります。「女房は長年連れ添って気心が知れているほうがよく、鍋や釜も使い慣れたもののほうがよいこと」をいうのだそうです。
 
「女性とワインは古い方がいい」
というフランスのことわざもあります。若い頃には十分でなかったエレガントさや教養などが身について、女性の美しさが増してくるという魅力をいっているのでしょうか。とても深みや味わいのある言葉のように思われます。
 
「ものみなは 新しき良し 正しくも 人は旧(ふ)りゆく よろしかるべし」
「物皆者 新吉 唯 人者旧之 応宜」
『万葉集』(巻十・1885番)の歌です。
「すべて物は新しいのが良い。ただ、人間だけは、老人がよろしいだろう。」
という意味でしょう。
 
奈良県立万葉文化館・中西進名誉館長は、
「確かに物は新品の方がいいのに決まっている。でも人間には品物と違って経験がある。人間は成長するにつれて考えも深くなり、物を見る目も正しくなり、心に感じたことが豊かに蓄えられていく。子どもたちは、この目や心の成長を目指して立派な大人になろうとする。やたらに年を取るだけでなく、思いやりが深く、心の豊かな大人になりたいものだ。」
という分かり易い解説をされていました。
 
 「一人の老人の死は、一つの図書館がなくなるのと同じ」
という格言があるということを20年近くも前にオスマン・サンコン(ギニア人)さんの講演で聴いたことがあります。アフリカのことわざだそうですが、経験値のある老人への敬意がよくあらわれています。
 
奇しくも万葉人の発想と重なっているようで大変面白く伺いました。無為に年取るだけでなく、思いやり深く心豊かにあらねばと思い返した次第です。


※画像は、クリエイター・のぶさんの、タイトル「写真で振り返る2019年(訪れた国編)」の1葉をかたじけなくしました。アメリカでの撮影のようです。お互いが心と体の杖となっているようなメッセージを受けました。お礼申し上げます。