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No.1265 わが父、我が息子

「丹頂チック」(TANCHO TIQUE)をご存知ですか?
1933年(昭和8年)に日本の化粧品メーカー「マンダム」から発売され、現在まで販売され続けている男性化粧品です。「mandom」は「 Human&Freedom」の合成語で、「人間尊重と自由闊達な風土の中で豊かな創造性が発揮される人間集団」を意味するそうです。
 
明治以降、日本国内で流通していたびん付け油の代用品として、1900年の初めごろフランスから「チック」(ポマード同様、蝋などを添加して硬度を増し棒状に仕上げた化粧品)が輸入され始めました。そんな中、日本国産品であり、しかも、手を汚さずに持ったままで髪に塗り、形を整えられたことから、広く男性諸氏に愛される商品になったと言います。
 
1921年(大正10年)生まれの父・懿は、ド田舎の百姓の長男でしたが、戦後復員して教壇に立ちました。農家の生まれには似合わぬ、比較的オシャレな人で、背広もネクタイも物持ちでした。朝の出勤前には、鏡を見ながら「丹頂チック」を薄くなった髪に丁寧に塗り付け、何度も櫛で整え、男前を1枚上げるのが日課でした。おそらく、父が50歳前後の頃のことだったと思うのですが、あのポマードのプンとする化粧臭は忘れません。
 
小さな残像が、それこそ幼稚園の頃に先生方に見せて貰った「幻灯機」に映し出された記憶のように蘇ります。60年以上も前のささやかなスライドですが、不思議なことに思い出せるのです。ついさっきの出来事でさえ忘れてしまうようになったこの身でも…。
 
その次男坊の私は、実の親には似ぬ「着た切りスズメ」であり、化粧っけなく、髪はツバキ(?)油で後ろに掻き上げて終わりです。鏡、用なしの「所要時間10秒」で整ってしまいます。要するに、「お手入れ」が「面倒くさい」(「加齢臭い」ではありませんぞ!)という「ものぐさ」な性分これありです。
 
かつて、我がボサボサの髪型に「引き気味」のクラスの生徒たちからの不評に対し、
「臭くない むさいだけです あの頭!」
と抗議(?)援護(?)揶揄(?)の五七五をカミさんが作ったので、学級通信で見せびらかしました。「良くできたカミさんです!」とは口が裂けても言えず、長く心にしまっています。
 
ところが、私の息子は、我が薫陶よろしきを得ることなく、メンズのファッションを楽しむ余裕があり、そのセンスにも恐れ入るばかりです。ナウい、オシャレな2児のパパです。
 
もしかして、ひょっとしたら、いわゆる「隔世遺伝」なのでしょうか?今年50回忌の亡き父の目じりを下げた笑顔が、なんだかおぼろに浮かんで来るのです。
 
「狼の遺伝子牙に犬眠る」
 愛媛県南宇和郡 川村栄
「HAIKU日本2021 冬の句大賞」より


※画像は、2023年に90周年を迎えた「丹頂チック」(「マンダム」PRTIMESより)の1937頃の宣伝キャラバンの1葉をかたじけなくしました。