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No.1095 1300年前の「心」

「万葉集の防人(さきもり)の歌が心に染みるから。」
防人たちが聞いたらさぞ喜んでくれそうな女性が古典の勉強仲間に加わったのは、もう5年も前のことです。

防人とは、九州北岸の外敵からの侵入防備の為に、東国から徴兵され、三年で交替し、手弁当という苦役です。本土防衛にあたりながら、農業に従事したともいわれます。貧しさ故に、任期後、故郷に帰り着けなかった者もいたそうです。
 
そんな防人の歌の中には、
「父母が頭掻き撫で幸(さ)くあれて言ひし言葉(けとば)ぜ忘れかねつる」
『万葉集』巻20・4346番・丈部稲麻呂(はせべのいなまろ)・駿河国
(父や母が、かわるがわるこの頭を掻き撫でて、「達者でな」と言ったあの言葉が忘れられないよ。)
 
「葦垣の隈処(くまど)に立ちて我妹子(わぎもこ)が袖もしほほに泣きしそ思ふ」
『万葉集』巻20・4357番・刑部直千国(さかべのあたいちくに)・上総国市原
(葦垣の物陰に立って、愛しい妻が袖も涙に濡れていたのが思い出されるよ。)

「天地(あめつち)のいづれの神を祈らばか愛(うつく)し母にまた言とはむ」
『万葉集』巻20・4392番・大伴部麻与佐(おおともべのまさよ)・下総国埴生郡
(天地の神々の、どちらの神に祈ったら、愛しい母にまた言葉をかけられるだろうか。)

「防人に行くは誰が背(夫)と問ふ人を見るが羨(とも)しさ物思ひもせず」
『万葉集』巻20・4425番・夫を防人にとられた女性の歌
(「防人に行くのは誰のご主人?」と問う人を見ると羨ましいよ。物思いもしないで。)
など、思わず泣けてきそうな歌が多く並びます。

防人は20歳から60歳までの男性が選ばれたようですが、4346番は若者の歌でしょう。また、4425番のように夫を防人としてとられた女性の悲しみの歌もあります。

更には、悲憤慷慨するこんな歌もあります。
「ふたほ(布多富)がみ 悪(あし)け人なりあたゆまひ我がする時に防人にさす」
『万葉集』巻20・4382番・大伴部広成(おおともべのひろなり)・下野国那須
(布多富の里長は、たちの悪い奴だ。急病で苦しんでいる俺を防人に指名しやがって!)
わかっていて任命したとは、報復人事でしょうか?昔も今も、さもしき役人(上役?)のいたことが知られます。

防人の歌でも、天平感宝元年(749年)の歌だそうで、今から1274年も前の日本人の心の表情をうかがい知ることができるのです。


※画像は、クリエイター・晴海通りさんの「奈良の大仏様」の1葉をかたじけなくしました。防人の歌とは、ほぼ同時代かと思われます。お礼申し上げます。