No.1369 畏友M先生
私が、旧同僚の一人M先生の話をPTA新聞に投稿したのは、2002年(平成14年)10月のことでした。
尊敬するM先生は保健体育の担当であり、剣道部の顧問でした。その彼は、早朝の7時前から校内を竹箒で清掃します。薄暗くて寒い冬の朝も、蒸し暑い夏の朝も休みません。
たしか、ご自宅にリリィという名のコリー犬を飼っており、小一時間の早朝散歩は欠かさないと聞いたことがありますから、その後、朝食をとり、出勤して7時前から校舎内の掃き掃除をしていたことになります。
豪雨の翌日の幾つも出来た水溜まりや、台風や暴風雨で飛び散った無数の木の葉も、時には捨て去られたり置き忘れたりされたジュースの紙コップや空き缶もM先生が毎朝きれいに片付け、掃いてくれます。そんなことを知っている人は、ほとんどいなかったでしょう。
1999年から黙々と早朝清掃を続けておられるM先生に、なぜそんなことを始めたのか訊いたことがあります。すると、
「人とある約束をして、心に決めたことがあるんですよ。」
とだけ教えてくれました。その思いが満願成就する日は来るのでしょうか。
私が出勤して、一番先に言葉を交わすのがこのM先生ですが、人に知られぬことを善しとしてひたすらに励んでいます。
「人知らずして慍(うら)みず、亦た君子ならずや。」
私たちが学生の頃は「慍(いきどほ)らず」と習いましたっけ?人に気付かれなくても不平不満を託たぬ徳のある彼は、剣の道を追い求める偉丈夫でもありました。
そのM先生は、私の2年後の2017年(平成29年)3月に定年退職しましたから、18年間も続けていたことになります。損得をはばからぬ、実におそるべき同僚でした。
その彼は、定年退職の数年後から、なぜだか私の誕生日にメールでお祝いをくれるようになりました。年に一度も会えなくなってしまった私の無聊を慰めようとしてでしょうか。ささやかな心の繋がりとなる有り難い年中行事の一つになっています。しかも、早い時は午前4時半、遅くても6時前には届きます。幾つになっても、彼の生活のリズムは変わっていないようです。そのことがまた、畏友と思う理由でもあります。
数年前から、私も彼の誕生日を人に教えて貰って、早朝メールを送り続けています。短い文面のやり取りでも、通い合う心を感じる得難い365分の1日の早朝のひと時です。彼の誕生日は、祈りと復興を願う3月11日です。
※画像は、クリエイター・Emiko(シモハタエミコ)さんの「稲穂と彼岸花」の1葉をかたじけなくしました。時宜を得た写真のお礼を申し上げます。