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私は何者か、622
結局、ピンチヒッターであった。呼ばれて、応じて、こなす。全くわからぬ進展具合のものを、少しずつ解いて、なんとか形にして、自ずからのスイッチを切った。一日も早くここをお暇しようと。まず、最初に、そう、カウンターパンチを食らい、足元がふらついた。今まで、わたしの考えていたことはすべて夢のなかの出来事だったのか。当たり前に過ごしてきたことは、あれは、なんだったのか。ふらつく自分を立て直すべく、その日から、鋭い観察者になろうとした。目を合わさず、名前も呼ばず、話しかけるひと。誰彼の言葉尻から人生の偏差値を勝手に決めるひと。母国語なのに通訳が必要な会話。そして、通訳など要らぬ噂話。
カウンターパンチ。または、ある種の細胞のように、じわじわ、執拗なボディブロー。どちらにせよ、ゴングがならないのである。いわゆる出口がない。
ゴングの代わりに、スイッチを切った。
ゴングを待てなかったのは、恥ずべきことかもしれない。
しかし、
約束が微塵も守られなかったということも、恥ずべきことであるはずだ。
侵され続けることなど、わたしは許さない。
仕事を辞めた。
壊れるまえに。
それでも、なかなか、まだ心と身体がチグハグなようで、すこし、のんびりしようと思う。
世間はほんとうに広い。そう思った。わたしはいままで幸せでこられたのだなと。
退職手続きの封筒が届いた。返信用の封筒に貼ってある切手は一度破れたものを継ぎ足してあった。その継ぎ足した部分と、3枚目の10円切手が郵便局までのどこかで、欠落したようで、慌てて探した。件の10円切手は、郵便局のまえのアスファルトの上に落ちて、ぴたりと留まっていた。わたしにはまだ少しだけ運が残っていたようだ。
永遠にゴングはならない。
税金をこんなふうにして、扱うところでもある。
救われるわけなどない。
今朝のパンは、美味しそうに焼けた。
朝陽が美しい。
笑え、わたし。
わたしは何者か。