【フリー台本】天満月の泉のほとりで
※台本ご利用の前に必ず利用規約をお読み下さい。
※有料記事になっていますが、無料で全文読めます。
【概要】
あらすじ
満月の夜に汲めば全てを癒す薬に、その他の時に飲めば毒となる、天満月の泉。
その泉の水を そうとは知らずに誤って飲んでしまった生物学者は、泉を管理する守人に助けられた。
生物学者はだんだんと守人に心を開いて、自分の事情を打ち明け始める。
極秘である『天使』の研究について。その天使への憎しみも。
情報
声劇台本
性別不問 二人用
上演時間 約40分
<>内はト書き。地の文として読み上げても、セリフのみ読んでもどちらでもOK
登場人物
<キーリー> 性別不問
生物学者。
研究所を壊して逃亡した『天使』と呼ぶ実験生物を探す旅に出ている。
天使を憎み、見つけたら殺したい。
<泉の守人> 性別不問
「天満月の泉」という不思議な泉を管理している、魔術師。
誤って毒性のある泉の水を飲んでしまったキーリーを助け、看病している。
なぜか、ずっと顔を隠している。
【本文】
キーリー
「……え? あれ?」
泉の守人
「あ、気が付きましたか」
キーリー
「え……と。私は確か……」
<目覚めたキーリーは、自分がベッドの上にいることに気がついた>
<しかしそれは、自分にとってはおかしな話だった。当然のように、眠ってしまう前のことも 全く思い出せない。>
泉の守人
「泉のほとりで倒れていらっしゃったんですよ。泉の水を、飲んでしまったようで」
キーリー
「あの水は、飲んではいけなかったのですか」
泉の守人
「命を落としてしまった人を何度も見てきましたよ。あなたは運がいい」
キーリー
「慣れない長旅で、なかなか水を得ることができず……。まさか毒のある泉だったとは」
泉の守人
「……天満月の泉と知らず、あの水を口にしたのですか?」
キーリー
「天満月の……
え? あれが、あの有名な、あらゆる病や傷を癒すという水だったのですか?」
泉の守人
「ええ。あの有名な」
キーリー
「しかし、それならばなぜ私は、ベッドに横になる事態となっているのでしょう?」
泉の守人
「望む効力を発揮するには、ただただ、いつでも水を汲めば良いというわけではないからです。なかなかに扱いが難しいのですよ。だから、私のような者がいる」
キーリー
「そうだ。あなたは?」
泉の守人
「魔術師で、天満月の泉の守人です」
キーリー
「ああ、聞いたことがあります。かの泉には、それを管理している人がいると。しかし……思っていたよりもずいぶんとお若いような?」
泉の守人
「あなたの思う泉の守人は、私の師匠でしょう。私にとっては親のような存在でしたが……。彼は、先日亡くなりました」
キーリー
「そ……そうだったのですか……それは、あの……」
泉の守人
「もう歳でしたし、天寿を全うしたと思っておりますよ。ですから、まだ未熟ではありますが、守人は私が継がせてもらっています」
キーリー
「ともかく私は、間抜けなことに無知のまま神聖な泉の水を飲み、死ぬところをあなたに助けていただいたということですね?」
泉の守人
「そういうことになります」
キーリー
「なんとお礼を言ったらいいか……」
泉の守人
「これも、私の仕事のうちですから。あ、まだ起き上がれないと思いますよ。どうぞ、毒素が抜けるまでゆっくり過ごしてください」
キーリー
「本当だ……身体がうまく動かせない……」
泉の守人
「しばらく、かかりますよ。では、私はいちど席をはずしますね」
キーリー
「あの! あと二つほど聞きたいことが! しばらくとは、どのくらいでしょう? 急いでいて」
泉の守人
「なんとも言えませんが、少なくともあと一週間ほどはご覚悟ください」
キーリー
「あと一週間……。え? ひょっとして、すでに何日か?」
泉の守人
「三日、目を覚ましませんでしたよ」
キーリー
「そんな……もう三日も?」
泉の守人
「急ぎの用よりも、命が助かっただけいいでしょう。もう一つの質問は?」
キーリー
「ええっと……どうして、顔を隠しているんですか」
泉の守人
「……あなたにお見せできる顔ではありませんので」
キーリー
「あ……いえ、無神経なことを聞きました。ごめんなさい」
泉の守人
「では、どうぞ身体を休めていてください。
ああそれと、私からも ひとつ。そちらがひと回り以上歳上なのですし、気負わず話してくださって結構ですよ。キーリーさん」
<それから三日が経った朝。守人とキーリーは朝食の席についていた。>
泉の守人
「キーリーさん、どうです、身体の調子は?」
キーリー
「かなり良いよ。普通に動けるようになってきたし、気分も悪くない」
泉の守人
「食欲も出てきたようですね。目を覚ましてから三日、順調に回復しているようでよかった」
キーリー
「そういえば、この三日間、守人さんしか見かけていないような気がするけど、ここには一人だけ?」
泉の守人
「ええ。私 一人しかいませんよ」
キーリー
「じゃあ本当に、今までの看病もこの朝食も何もかも、守人さんにお世話になりっぱなしだったんだ。すいません……」
泉の守人
「お気になさらずに。私も久々の人との交流が、ちょっと楽しいんです」
キーリー
「それなら……ちょっと気が楽だけど……」
泉の守人
「だから恐縮しすぎないでください」
キーリー
「うん。でも、本当にありがとう」
<キーリーはそう言いながらも 眉根を寄せて、深く、ため息をついた。>
泉の守人
「……よく、その難しいお顔をしますね。不安と焦燥と怒りと罪悪感と、そんなようなものが入り混じったような」
キーリー
「鋭いなぁ。守人さんは。魔術師って、人の心も読めてしまうの?」
泉の守人
「さあ? どうでしょう? そうかもしれないですね」
キーリー
「本当なら、こんなにのんびりとなど、していたくない。かといって、じゃあ焦ったところでさして意味はないのかもしれない……そんなことをちょっと、考えてました」
泉の守人
「お話して楽になることでしたら、聞き役くらいにはなりますよ。ひょっとしたら、お役に立てることもあるかもしれません」
キーリー
「そうだな……吐き出せば一時的にはきっと気が楽になるんだろうね。けれど本来、秘匿すべき事柄だから」
泉の守人
「私には、言いふらすような人付き合いもありませんよ。それに、相談事を請け負うことが多い魔術師が 口が軽くてどうしますか」
キーリー
「……それじゃあ、お言葉に甘えて……。とはいえ、どこから話せばいいか……」
泉の守人
「では、お急ぎの用事についてなど、どうですか?」
キーリー
「用事というか……私が成さねばならないことは……。野放しになっている、憎き怪物を殺すことです」
泉の守人
「憎き……怪物?」
キーリー
「宇宙って知ってます? 夜になると現れる、星々や月の浮かんでいる空間のことをそう呼ぶんだけど」
泉の守人
「なんだか話が飛びましたね」
キーリー
「いや、これが始まりの話なんだ」
泉の守人
「なるほど。宇宙は、夜空とは違うのですか?」
キーリー
「空よりもさらに向こうにあって……そうだな、夜空というのは宇宙を覗き見ているものと、そのごく一部が目に映っているものと いうところかな」
泉の守人
「へぇ……なんとなくわかりました。それで、その宇宙がどうしました?」
キーリー
「星っていうのは、たまにさっと流れるように動くことがあって、それがさらにたまに、空から落ちてくることがある」
泉の守人
「ああ、流れ星なら なんども見たことがありますよ」
キーリー
「そう、その宇宙から落ちてきた流れ星にね、ある時……とっても信じられないことだろうけど……」
泉の守人
「そんな不安そうな顔をしなくても、ちゃんと聞きますし誰にも言いませんよ」
キーリー
「── 十数年前。とても大きな星が落ちてきた。
地面が大きくえぐれ、周囲に地震がおこるほどの衝撃だったけれど、幸い、そこは人が住むところではなくて、犠牲や被害はなかった。けれど、そんな場所だというのに……」
「人が……人間の子供のような姿をしたモノが二人、落ちてきた星のすぐそばに眠っているのが見つかった」
泉の守人
「それは、どういうことなんです?」
キーリー
「つまり、宇宙から星にのってやってきたとしか、思えない状況だったということです」
泉の守人
「そんなまさか」
キーリー
「そんなまさかと、私も含め、誰もが思ったよ。だから、兄に呼び寄せられて私も現地に急いだ」
泉の守人
「好奇心で、ということですか?」
キーリー
「それも間違いではないけど。私と兄は生物学の学者で、動物はもちろん魔獣やキメラに至るまで、様々な生物を研究していたから、その関係でね」
泉の守人
「失礼ながら、学者さんには見えませんね?」
キーリー
「そう? 今は旅人の風貌だからかな?」
泉の守人
「しかし確かに言われてみれば、旅人らしい たくましい身体つきという印象ではないですね」
キーリー
「基本的には研究室にひきこもってたからね」
泉の守人
「それで、未知の生物かもしれない二人を確認に行った、と。」
キーリー
「そうですね。長くなるから かいつまんで話すけど……。その人間の双子のような幼い二人は、私の研究室に連れ帰り、研究対象となったんだ。いや、なるはずだった。結果的にひとりだけが私どものところにきた。
空から降ってきたということで、私たちが『天使』と呼んだそいつには衣食住と教育を与えた。そして、この地に棲む生物との違いや、未知の力を持っていないかなど
──まあ、このあたりの詳しい研究内容は置いておいて、ともかく……」
泉の守人
「ひょっとして、あなたのいた研究所は先日、瓦礫と化してしまった?」
キーリー
「え?」
泉の守人
「違いますか?」
キーリー
「知ってたんだ……」
泉の守人
「とても大きな事故でしたからね。こんな場所にまでも知らせがきましたよ」
キーリー
「そうか。でも、それならば話は早い。私はその時、所用で研究所を離れていたから無事だった。けれど、研究所の建物は崩壊。研究生物も研究員たちも、そして兄も、みな……犠牲となった」
泉の守人
「大変不幸な……事故でしたね」
キーリー
「あれは、本当は事故なんかじゃない……。『天使』の……! あの、怪物が、全てをぶち壊したんだ。まず兄を狂わせた。研究所の皆もおかしくなった。挙句、全てを破壊して、あいつは逃げ出したっ!!」
<キーリーは やにわに身体を丸めると、胸を押さえて 苦しげな息を漏らした。>
キーリー
「──うっぐぅっ……」
泉の守人
「あ! まだ、あまり興奮してはだめです! 治りきっていないんですから!」
キーリー
「はぁ……。大丈夫。私は、ちゃんと、冷静だから」
泉の守人
「また、お話聞かせて下さい。食べ終えたら、横になりましょう」
キーリー
「本当なら、寝てる暇なんてないんだ……のうのうと逃げ延びている天使を、はやく見つけないと」
泉の守人
「見つけたら、殺す、と?」
キーリー
「もちろん。 野放しにしているのは危険なんだ」
泉の守人
「居場所に、当てはあるんですか」
キーリー
「正直、見当もついていない」
泉の守人
「それならなおさら。ほんの数日早く動いたからって何が変わるんです? 待てば海路の日和あり。果報は寝て待て。あと何があったかな?
ともかく、今あなたがやるべきことは、体調を万全にすることですよ」
キーリー
「おっしゃる通りではあるんだけど、そんなのんきにも構えられなくてね……」
泉の守人
「もう少しすれば月も満ちます。今度こそ正しく天満月の水をいただけば、回復もはやいですよ」
<また数日が経った。キーリーは変わらず守人のもとに留まっていた。>
泉の守人
「すみません、手伝ってもらっちゃって。洗濯物干しなんて、私一人で十分なのに」
キーリー
「二人でやったほうが早いからね。ずっと横になってばかりも身体が鈍りきってしまうし。動かしていたいんだ」
泉の守人
「本当、助かっています。色々と手を貸してくださって、ありがとうございます」
キーリー
「お礼を言わないといけないのはこっちなんだから。命を助けてもらっただけでなく、本当に親切にしてもらって」
泉の守人
「ここでの生活が、少しでも心穏やかなものになるなら……そう思ってのことですよ」
キーリー
「本当、聖人のようなお人だ。お返しできるのが家事や雑事の手伝いだけっていうのが、申し訳ないよ」
泉の守人
「私はこうして、キーリーさんと打ち解けることができて嬉しいですよ。表情もずいぶん穏やかになりましたし」
キーリー
「え、そう?」
泉の守人
「はじめは本当に、怖いくらいでしたよ。いつも緊張していて、眉間にしわが寄っていて」
キーリー
「うわぁ。ブサイクだったろうなぁ」
泉の守人
「いえいえ、そんなことはないです。もちろん、今のように笑っていらっしゃる方が魅力的ですけど」
キーリー
「……守人さんの顔も、見てみたいな」
泉の守人
「ははは。あなたにお見せできる顔じゃないって、言ったでしょう?」
キーリー
「絶対にそんなことない。とても素敵なお顔をしているって想像ができるよ。
それは顔の造形が素晴らしいだろうとか、そう言うことではなくて。人柄からにじみ出てくるものっていうかな。
どうしてそんなに頑なに隠すのかわからないけれど、もし、たとえば大きな傷があったとしても、大勢が醜いと評価を下す顔だったとしても、きっとそれすらも守人さんの魅力になっていると思うんだ」
泉の守人
「そんな嬉しいことを言ってもらっても、絆されませんからね」
キーリー
「必死に口説いたのになぁ」
泉の守人
「でも、私が寝ている間に勝手に見るようなことはしていないみたいなので、その点は安心しました」
キーリー
「そうか、しまった。その手があったか」
泉の守人
「では、今夜からは用心して、寝室に鍵をかけておきますね」
キーリー
「本当、頑なですね」
泉の守人
「見なければよかったと、きっと後悔しますよ」
キーリー
「後悔なんてするわけないよ」
泉の守人
「まあまあ。そうやって軽口が叩けるくらい元気になられたのは、よかったです」
キーリー
「うーん……。事態を考えれば、本来はこうやって和んでいるわけにもいかないんだけど……」
泉の守人
「和んでいて、大丈夫ですよ」
キーリー
「でも私は、使命を果たさないと」
泉の守人
「そんなに、危険なのですか? 天使というのは」
キーリー
「ああ……。
いや、もうこんなにしゃべっておいて機密もなにもないな。天使に興味がある?」
泉の守人
「はい。キーリーさんにそんなに怖い顔をさせる怪物が、どのようなものなのか気になって」
キーリー
「『天使』は、宇宙からやってきたからというのがその名の由来だけれど、その容姿もたいそう美しくて、文字通り“天使と見紛う”子供だった。
人間のように、一目見てわかるような生物学的な性別の特徴はなかったから、男か女かはわからない。
頭が良く、我々の言葉は程なく覚えた。はじめは他の研究生物と同じような檻に入っていたけれど、見た目も振る舞いも人間とほとんど変わらないので、やがては人間用の個室に移され、そこで生活させた」
泉の守人
「そこで、天使は何不自由なく暮らしていた、ということですか?」
キーリー
「ああ。何不自由なく与えていたよ。 とはいえ、生活全てが実験の場でもある。
食べるもの、睡眠、運動、あそび、知識の習得具合、その他全てが監視対象だったし、日によって条件も変えながら。 意味のない日は一日もなかった。それで、大体の生態を把握した」
泉の守人
「まるで人間のよう、と言いながらも、実験動物ではあったのですね」
キーリー
「それはそうだよ。そのために捕まえたのだから。 はじめは子供に対して気がひける……と実験を躊躇する研究員もいたけれど、すぐに順応してくれたよ」
キーリー
「一番注目されたのは、魔法の力だった。我が国では……いや世界を見たって人間では到底扱えないようなエネルギーを、天使は扱うことができた。
それは年月が過ぎるにつれ、どんどんと強大になっていった。それが、身体が成長したからなのか、私たちの日々の研究の成果が出ていたからなのか、そこはまあ、どちらもなんじゃないかと自負はしているけれど。
ともかく、とてつもない力を持った存在が、出来上がりつつあったんだ」
泉の守人
「なんだか……途方もない話ですね……」
キーリー
「そう。途方もない。 だから、研究所の皆や、この機密を知る一部の権力者は、だんだんとおかしくなっていった。私の兄も含めてね。強大な力は魅力的だ。うまく使えば世界を掌握すらできるかもしれない。
これが爆弾のような無機質なものだったらよかったのに……。相手は感覚も感情もある、まるで人間のような『天使』だ。
誰もがその強大な力を、天使を、手中におさめたいとやっきになった。 天使は天使で、それをわかって人間関係や信頼関係、色恋沙汰なんかまで利用して私ども人間たちをとりまく状況を、引っかき回した。
誰の手にも渡るまいという足掻きだろうね。
その都度、天使には厳しい処置をとってなんとかかんとか、研究所に縛り付けていたけれど……天使はなかなか人間の思う通りには動いてくれなかった」
泉の守人
「キーリーさん自身は、その……おかしくはならなかったのですか? まるで他人事のようですけど」
キーリー
「私は、天使の研究には熱心だったけど、不思議と自分のものにしたいとは思わなかったからなぁ。その当時は」
泉の守人
「その当時は?」
キーリー
「もう、私しかその存在を知らない、その力を知らない。ずっと研究室で管理されていた実験生物が逃げ出して、今後どのような被害をもたらすかわからない。力に気づいたどこかの誰かに利用されるかもしれない。
だから……今は、はやく手中に収めなければと、こんなところです」
泉の守人
「……ああ、なるほど。わかったように思います。
けれど……なんとなく、言葉の選び方が柔らかかったようにも感じましたけれど」
キーリー
「生々しく伝える必要もないでしょう。生物研究所というのは、なかなか世間様からは風当たりが強いし、言葉を選ぶのはクセのようなものだ」
泉の守人
「けれど、天使が逃げたしたのはつまり、その環境に耐えられなかったからでしょう?」
キーリー
「私から見れば心外だな。愛をもって、丁寧に取り扱っていたのに……その恩も忘れて、何もかもをめちゃくちゃにして……!
建物が崩壊しなくたって、とっくに“中”は破壊されていた。私から全てを奪ったあの憎き天使は、自分の手で殺してやらなければ、気が済まない……!」
泉の守人
「怖い表情にもなるわけですね」
キーリー
「天使のことは、一応、他言無用でお願いするよ。守人さんが言いふらすとも思わないし、自分はきちんとヤツを始末するつもりではあるけど」
泉の守人
「そこは 信頼してください。
……洗濯物、干し終えてしまいますね。
──あ、どうぞ先に部屋に戻っていてください。今日は、風が強いから、すぐに乾いてくれそうです」
<守人は少し顔を伏せる。その隠された顔を手で覆ったように見えた。それから、雫が落ちたようにも。>
キーリー
「守人、さん……?」
泉の守人
「……いえ。今の風で目にゴミが入っただけですよ。そんな、隙あらばと まじまじと見ないでくださいって」
キーリー
「ああ、ごめん! 顔を見てやろうとかそんなつもりはなくて! じゃ、先に部屋もどってるよ」
<それからしばらくの時が経った満月の夜。>
<何やら道具を持ち、出かける支度をした守人は キーリーに声をかけた。>
泉の守人
「今夜は満月ですので、これから天満月の泉の水を汲みに行こうと思いますが、ご一緒しますか?」
キーリー
「行きます! それはそれは幻想的で綺麗な光景だと聞いたことがあって、一度見てみたかったんだ。ええっと、『天満月浮かぶ鏡面の水面は月光を呑み込むがごとく……』でしたっけ? 有名な一節」
泉の守人
「ええ。まるで、地上と夜空に二つの月が浮かんだような……。言葉ではあの美しさをどう表現すればいいか。一見の価値はありますよ。では、一緒に向かいましょう」
<満月を水面に映す天満月の泉に到着すると、キーリーは思わず息を飲んだ。>
<自分がその水を飲んでしまった時とは比べ物にならないような美しい光景が 眼前には広がっていた。>
キーリー
「わぁ……。すごい。聞いていた通りでかつ、想像以上だ。月夜の倍は明るくて、本当……言葉にならないな」
泉の守人
「さて。私は仕事をしましょう。どうぞ、よかったら近くにいてもらっても」
キーリー
「とても長い柄杓を使うんだね」
泉の守人
「はい。生身が触れて水を穢さないように、気をつけなければいけません。特に満月の夜の水はね。
月の映る箇所から水をすくいあげて、水瓶に入れたらすぐに蓋をします」
キーリー
「すくいあげた水が、まるで光を発しているように見える」
泉の守人
「実際に光っていますよ。光っている間は、癒しの効力を発揮します。だいたい五日間くらいでしょうか?」
キーリー
「なるほど、貴重なわけだ。大抵は運んでいる間にダメになってしまうんだろうな」
泉の守人
「その通りです。なので通常はちょっと魔法の力を加えて、少し効力は落ちるけれど長持ちするように加工します」
キーリー
「へええ」
泉の守人
「はい、どうぞ。あなたが今、飲む分です」
キーリー
「ありがとう。いただきます」
<守人はカップに汲んだ輝く水を手渡し、キーリーはそれを飲み下した。>
キーリー
「──この、守人さんが正しく汲んだ泉の水であれば、身体の不調はもうすべてなくなるんだよね?」
泉の守人
「そうですね」
キーリー
「いよいよ、出発できるわけだ」
泉の守人
「……ええ」
キーリー
「どうしました?」
泉の守人
「──……そのこと、なんですけど……。あの、出発は急がなくても、大丈夫ですよ」
キーリー
「どうせ居場所がわからないから、急ぐことにさほど意味がないって言うんでしょ? でも私はもう、休み過ぎるほど休んだんだから。あとはできるだけ早くと思うんだけれど?」
泉の守人
「いいえ、そうではなくて」
キーリー
「じゃあ、どうして?」
泉の守人
「──『天使』は、どうやら死んでしまったようです」
キーリー
「え……? ──は?」
泉の守人
「もとより衰弱していた、みたいですね」
キーリー
「いやいや。え? なんで? なんで、そんなことを守人さんが知ってるんだ?」
泉の守人
「不思議がることですか?」
キーリー
「だって居場所もなにもわからないはずなのに。人里に紛れれば人間と区別もつかないのに。いまや、私以外にヤツの顔も存在も、知るものはいないのに。どうしてそれで、死んだことがわかるっていうんだ!」
泉の守人
「身元不明の死者にしぼって調査すれば、そう難しくもないでしょう?」
キーリー
「ならばその調査を誰がした? 天使の研究は極秘で行われていたものだ。守人さんは、誰から聞いたんだ? 天使が死んだことを」
泉の守人
「実際は、誰かから聞いたのではないんです。私が魔術師だから、知ることができた。──ということで納得していただけたらな、と」
キーリー
「占いみたいなもの、ということ?」
泉の守人
「それでいいですよ。それよりももっと、確かなものだけれど」
キーリー
「でも……信じるにはあまりに……。それに、そんなことができるなら、はじめっからヤツの居場所を教えてくれたらよかったのに……!」
泉の守人
「どこにいるかまではわからないんですよ。申し訳ないけれど。
私にわかるのは、ただ『死んだ』ということだけ」
キーリー
「なんだ……それ……」
<はからずも脚の力がぬけて、キーリーはその場にへたりこんだ。>
泉の守人
「大丈夫ですか?」
キーリー
「なんだか、拍子抜け……してしまって……」
泉の守人
「信じてはくれるんですね?」
キーリー
「そんなタチの悪い冗談を言う方ではないってことは、短い間だけど一緒に過ごしていて、わかっているから」
泉の守人
「信頼してくださって嬉しいです」
キーリー
「けれど……はぁ……なんだよ、衰弱死って……。私は……この、この憎悪や、悔恨や、いたたまれないこの、ああ……どう消化すればいい?
自分の手で殺すこともできず、何が起こったわけでもなく、ただ、ただ死んでしまっただって……?」
泉の守人
「キーリーさん……」
キーリー
「ごめん、なんだか、気分、悪い……」
泉の守人
「そのうち、泉の水の効果がでてきますよ」
<守人は心配そうに、まるでキーリーを気遣うように腰を落として言った。>
キーリー
「いや、この気分の悪さはそういうものじゃなくて……ん?
──……あれ?」
泉の守人
「どうしました?」
キーリー
「いま、あなたが屈んだ時にチラと、顔が見えたんだけど」
泉の守人
「……見ないでくださいよ。油断も隙もないなぁ」
キーリー
「何も隠すことなんてない、とても綺麗な顔をしているじゃないですか」
泉の守人
「……ありがとうございます」
キーリー
「そう……まるで“天使と見紛う”ような……」
泉の守人
「褒めすぎです」
キーリー
「ねえ、ちゃんと顔見せてよ」
泉の守人
「後悔すると言いませんでした?」
キーリー
「見せろ!」
泉の守人
「……っ! うわ! ちょっと!」
<キーリーは強引に 守人の顔を覆っているものを引き剥がした。>
キーリー
「……天使……!」
泉の守人
「はぁ……。強引に見るなんて、酷いで──」
<皆まで聞かぬまま、キーリーは衝動的に守り人の首に手をかける。そしてぐぅっと力を込めた。>
泉の守人
「……うっぐぅ……首、苦し……」
キーリー
「親切なフリをして今のいままで、ずっと私を騙していた? いつから? ……まあ、初めからだろうな。
それで、天使が死んだなどと言って、ていよく追跡をあきらめさせようとでもしたか? それとも、復讐の計画でも練って機会をうかがっていたか? それとも……」
泉の守人
「は……はなし……おち……つい……う、あぁ……あ」
キーリー
「そうだな。このまま絞め殺すなんて、そんな勿体無いこともできない」
泉の守人
「……はぁ、はぁ……」
<キーリーの手から解放された守り人は、息 絶え絶えに、言葉を発した。>
泉の守人
「キーリーさんの言い分は……半分正解、半分不正解……と、いうところです」
キーリー
「……へぇ?」
泉の守人
「天使が死んだのは、本当です。あなたが知る天使が、ね」
キーリー
「それなら……お前は、なんだ?」
泉の守人
「天使の片割れですよ。落ちた流星の近くには双子のような幼い二人がいたと、ご自分でも言っていたでしょう?」
キーリー
「ま……まさか。だって、あの時……」
泉の守人
「死んだはず? まあ、こまかい顛末は置いておいて、先代の泉の守人に助けていただいて、ずっとここで生きていたんですよ」
キーリー
「それは……想定外だ。 想定外の……嬉しい知らせだ!
さっきの無礼は詫びるよ。守人さん、あなたについて詳しく知りたい!」
泉の守人
「はははっ。なんだか、好奇心いっぱいの学者の目になりましたね。天使は、殺したいほど憎いんじゃなかったんですか?」
キーリー
「憎いのは、あの個体だ。守人さんはアレとは違う」
泉の守人
「相変わらず、扱いが酷いなぁ。
私の事が詳しく知りたい? それなら、お話して差し上げましょう。ちょっと、長くなるよ?」
キーリー
「ああ、ぜひ知りたい」
泉の守人
「私は、あなたたちが天使と呼んで虐げていた、その片方です。
私は 自身の事はなにもわかっていないし、きっと生態とやらは あなたの方が詳しいくらいなんでしょう。けれど、これは知らないのでは? 実はね、私と『天使』は感覚や感情がほとんど共有されているんですよ。
私たちは対となる存在で、おそらくそもそもは、二人で一人というのが正しい形だったのだろうと思います。
だからね……。『天使』が、私の片割れが、とても悲惨な目に遭っているのだろうということは、身をもって想像ができていました。
私は、ただただ、この場所で生きているだけなのに、痛かった。苦しかった。
苦しかった苦しかった苦しかった!! それはもう想像を絶する、永遠にも感じる、地獄だ。 同時に憎悪や恐怖や、あらゆる負の感情が流れ込んできて、頭もおかしくなりそうだった!
先代の守人にその苦痛を緩和してもらえてなかったら……私も片割れも、とても耐えきれていないだろうね。
いや、それが、さらに結果的には片割れの苦しみを長引かせていたのかもしれないけど……それでも……弱い私にはどうしても必要だったから……。
天使が死んだとわかったのは……ぷつりと、繋がりが絶たれた感覚がしたからだ。そして半身が失われたようなね。
可哀想に……せっかく解放されたのに、幸せな日々を送ることもないまま、苦しみの中にいるまま死んでしまうなんて……」
キーリー
「それが本当なら、なぜ……私を助けた……?」
泉の守人
「泉のほとりで倒れていたあなたを見た時、言いようのない憎悪が湧き上がってね。
ああ、コイツが片割れを酷い目に合わせたやつなんだと、直感的にわかったよ。
そのまま捨ておこうかとも思ったけれど、どうしても、片割れが何に苦しめられていたのか、知りたかった。
だから親切にして、信頼してもらって、聞き出したかったんですよ。
片割れに一体何が起こっていたのか知って、知った上で……あなたを、殺したかった」
キーリー
「な……!」
泉の守人
「天使が憎い? どの口が言う? 自業自得、因果応報じゃないですか。学者さんなのに、バカだなぁ」
キーリー
「ち……ちょっと、ちょっと待ってよ……!
感覚や感情が繋がっていたって? 二人で一人の対だったって? そうか! しまったなぁ。その着眼点はなかった! ああ、悔やんでも悔やみきれない。あの時、あきらめずにちゃんと二人とも連れ帰っていたら……!」
泉の守人
「……は?」
キーリー
「もっと、もっと教えてよ。その時のことを詳しく!
感覚が共有されるってどんな感じ? それを緩和するって、どういうしくみになっているんだろう? 身体に受けた傷は? そのまま同じように現れるの? それとも痛みだけ?」
泉の守人
「頭、どうかしてるんじゃないですか?」
キーリー
「ああ、そうかもしれない! 今、こんなにも憎悪を殺意を向けられているのに、天使のこともあんなに憎んでいたはずなのに、好奇心が、探究心が抑えられない!」
泉の守人
「あんたって、本当、狂ってる……!」
<守人は力一杯にキーリーを突き飛ばした。>
キーリー
「うわぁ!! ちょ、何をする!」
<ドボンと大きな音をたてて、キーリーは泉に落ちる。ともかく浮かびあがろうと、岸に手を着こうと、必死に水面から顔を出した。>
泉の守人
「何をする? 白々しい! 私は はじめからこうやって、満月の日の泉にあんたを落とすつもりだった。そのために、ここまで連れてきたんだから」
キーリー
「溺死でもさせるつもりか?」
泉の守人
「そんな生ぬるいこと、するものですか。
ねぇ、泉の伝承の有名な一節、これもご存知じゃないですか? 『飲めば全てを癒すが、沈めば地獄。』
穢れを嫌う泉に沈めば、その身体が、精神が、魂が、どうなってしまうのか想像もつきません。それはきっと安寧とは程遠い……。簡単に死ぬことも這い上がることもできませんよ」
キーリー
「そんな……なにもそこまで……」
泉の守人
「……地獄に、沈め」
END
【台本のPDF】
縦書きのPDFファイルを用意しております。
ご入用の方はこの先の有料記事をご購入ください。
メンバーシップの方はメンバー特典でご利用いただけます。
(ランチタイム以上)
※有料記事部分にはPDFファイルしかありません。
※PDFをご購入頂かなくても、無料で台本はご利用いただけます。
お間違えのないようご注意ください。
PDFサンプル
ここから先は
サポートは、記事ごとにちゃりん✨とクリエイターを応援できる機能です。 記事や作品がお気に召しましたらちゃりん✨としていただけたら大変 励みになります🎁 活動資金として大切に使わせていただきます。